リミットⅡ 21 【最後の勝負】

21 【最後の勝負】

7月、季節は夏に突入し、夏休みの予約などで旅行代理店は忙しい日々が続いている。

あれだけ長いと思っていた深見の中国勤務も、残り1ヶ月とちょっとになっていた。


「深見! 明日、プレゼン出来ることになったぞ」

「……エ」

「ヘイロンチーフからは嫌がられた企画だったけど、もう一度検討させてもらいたいって、
連絡が入ったらしい……」

「本当ですか?」


深見がずっと取り組んできた企画が、NGとなったのは、今年の春だった。

それでも諦めることなく、最後まで完成させ、チャンスをうかがっていた二人。


「これで通れば、逆転ホームランだな」

「はい……」


その報告は早速咲にメールで届けられていた。2年という月日をかけて、

深見が頑張ってきた仕事だけに、内心はなんとか形になって欲しかったのだ。



『神様……深見さんが笑顔で戻って来られますように……』



休憩室で携帯を開けながら、咲はいつもそう願っていた。





「……嬉しそうだね、利香……」

「エ? そう?」


咲は一緒に食事に来ていた寺内と、思わず顔を見合わせた。秋山が利香に告白し、

もらったプレゼントのブレスレットをランチを待つ間、いつもいじっている利香。


「秋山さん、主任試験受かったから、次の春には転勤じゃないの?」

「……そうだね……」

「……そこなんだよね、問題は……」


利香は二人の方を向き、少し大きくため息をつく。


「咲みたいにさ、もう結婚決めて追いかけて行くほど、話しは進んでないし、
でも、今までずっと一緒の職場だったから、なんだか離れちゃうのは不安なんだよね……」

「希望は聞いてもらえるって、深見さん、言ってたけど?」


咲はメニューを見ながらウエイトレスを呼ぶ。


「一応ね、まぁ、中国に2年! なんてことはないから、日本国内ならどうだってなるけど。
ねぇ、咲。よく頑張れたね、2年も」

「そうよね、私も聞いてビックリしちゃった」


寺内は咲の方を向き、利香の意見に同意する。咲は少しだけ照れ笑いをする。


「頑張ったのかな……。泣いたり、怒ったり、グダグダ言いながら……。
利香や秋山さんにも支えてもらったし……」


里塚や田舎にいる義成。そして母。色々な人に支えてもらっていた2年という月日。


「遠距離恋愛もいいけど、出来たら一緒にいた方がいい……って、前にね、
バスツアーに出かけたとき、隣に座った女の人に言われたことがあるんだ」

「……」

「今は、本当にその通りだと思ってる。やっぱりそばにいられるなら、いた方がいいよ」

「……咲……」

「私にとって、何よりも大事なものがなんなのか、それはこの2年で、
イヤダっていうほどよくわかったけどね」


咲のその言葉に、利香も寺内も納得するようにうなずいていた。





それから10日後、最後の勝負と望んだプレゼンで、企画が通ったことを知らせるメールが

入ってきた。ヘイロンチーフからはNGを出されたものの、

『中国へ客を引っ張るべきだ』という深見達の意見が通り、企画は採用されることとなった。


「おめでとう、深見さん……」

「ありがとう……。石原さんや長谷部達のおかげだよ。あれから必死になって、
道を見つけてくれたから。俺一人だったら、ヘイロンチーフとやりあうだけで、
別の方向から話しを持って行くところまで、気がつかなかったかもしれない。それと……」

「……」

「ここまで心配して来てくれた、咲の力が一番大きかったかな」


思いがけない言葉に、少しだけ微笑み、嬉しくなる咲。


「とりあえずこれで日本へ帰れるって気になった……」

「はい……」


いつもなら、電話口で聞こえるタマの声が聞こえてこない。

咲はタマのことを深見に問いかけた。


「タマはスタッフさんに引き取ってもらった。ここで産まれたネコなんだ。
こっちに残してやるのがいいと思って。それに……日本に帰ったら、
そばにいてくれる人がいるだろ」


わかっていても、あらためてそう言われると、心の中がふわりとあたたかくなる。


「なぁ、咲。タマって見つけた時、君に見えたんだ。だから、そばに置いた」

「エ?」

「たぬきからネコになったぞ」

「あ……」



『女の子に似ているっていうなら、たぬきよりうさぎとかネコとかじゃないですか……』



ゲームセンターで獲ったたぬきのぬいぐるみに似ていると言った深見に、

咲はふくれっ面でそう返していた。そんなことを、覚えていたなんて……。


「……もうすぐ帰るから、待っていて」

「……はい……待ってます……」


穏やかに、その日を待つ、二人だった。





季節は8月に入り、咲は席に座り社内報を読んでいた。トップの記事は、

中国へ行った深見達のもので、来年の春から開始される『北京支社』についてのものだった。

そして、採用された企画内容がいくつか並んでいる。



『深見亮介』



メンバーの中に書かれている深見の名前をじっと見つめる。選ばれる事への不安から、

始めは断ると言っていた中国行き。そして、誕生日に倒れた咲を心配しながら旅立ったこと。

思い通りにならなくなる咲の状況を、悩みながらも戻れなかった日々。プロポーズ、

そして、深見のトラブル。この2年間の出来事が浮かんでは消えていた。


「乾杯!」


いよいよあさってが帰国という日。メンバー10人で最後の打ち上げをする深見達。

それぞれの苦労をねぎらいながらも、心はすでに帰国をしているような気分だった。


「やっと帰れるな」

「はい……」


石原は深見に右手を差し出した。深見もすぐに右手を出し、ガッチリと握手する。


「また、一緒にやりたいな……お前と……」

「はい」

「京都に来いよ、あの……タマちゃんと……」

「咲です!」

「わかってるって、咲ちゃんと……」


石原のこの明るさと、全員を引っ張れるリーダーシップがあったからこそ、

メンバーがまとまって来れたことを、深見は一番よくわかっていた。

始めは優秀なメンバーと競うことが不安だったが、来てよかったんだということを再確認する。


「はい、深見君……」

「ありがとう」


祥子は皿に料理を取り、深見に手渡す。


「あなたともう一度仕事が出来て、嬉しかった……本音よ、これ」

「俺も……。7年前に君を本社に行かせたことが間違いじゃなかったって、自信が持てたよ」

「……」

「海外営業部の方へ、行くんだろ?」


祥子は小さく何度か頷き、笑っている。


「また婚期が遅れるわ、私」


その言葉に深見も思わず口元がゆるむ。


「ねぇ、一つ言ってもいい?」

「何?」

「早瀬さんって、私が思うに、実はすごくこの仕事に向いている人だと思うんだけど……
本当は深見君、そう思ってない?」

「……」

「企画力、実行力、ほんの少しの間だけど、一緒に仕事をしてそう思った……」


深見は持っていた皿をテーブルに置き、グラスの酒を一口だけ飲んだ。


「さすが長谷部さん、相変わらず鋭いな……」


祥子はやっぱり……という顔で、深見の方を見る。


「もし俺が、咲の上司だったとしたら、彼女をなんとか残したいと思うだろうな。
咲には、他の人が持ってない魅力と運があるんだ。でも、それは言わない」

「……」

「一生黙っておくことにする。そんなこと言ったら、生涯別居生活になりかねないよ」

「……クスッ……」

「笑うなよ……、あ、言うなよ、咲に!」

「言わないわよ。早瀬さんの代わりに企画部に入る人間はいても、
深見君の隣に立てる人は彼女しかいないんだから……」


そして、その夜、咲へ電話をする深見。


「FAX届いた?」

「届きましたよ、深見さんが気に入っているなら、私はそこで構いませんし……」

「本当はな、もっと見て回りたいのもあるんだけど、とりあえず今決めないと、
何日もホテル住まいも出来ないからさ。じゃぁ、その部屋にして荷物入れることにするよ」

「はい……」

「咲……」

「はい……」

「検査の結果が、どういうものであっても、絶対に仙台に来るんだぞ……」


深見が戻ってすぐに、咲には『最後の勝負』が待っていた。

2年間、頑張り続けてきた検査の結果が出ることになっている。


「行きますよ、必ず……」

「待ってるからな……」

「はい……」





中国から深見達が帰国し、1週間が過ぎた日。咲はゆっくりと病院への坂を登っていた。

先日撮ったレントゲンなどの資料を見て、2年間の検査が終了する。このまま後遺症として

ずっと背負っていくものなのか、貧血というもので区別されるものなのか……。

どんな結果が出ても、自分は咲を受け入れる……。そう宣言した深見は、

その日も仙台支店営業部で仕事をこなしていた。ポケットから携帯電話を机に出し、

咲からの連絡を待っている。


「早瀬さん、診察室へ……」


咲は椅子に座り、医師が貼り付けるレントゲンを見つめていた。

何がどこがどうなっているのか……見ただけでは何もわからない。


「長い間、ご苦労様」

「……いえ、こちらこそありがとうございました」

「顔色もいいね、体調もいいんじゃない?」

「はい……」


咲はしっかりと医師の方を向き、頷いた。


「……ここを見て欲しいんだ」


PCに向かっていた深見の携帯が揺れ始め、深見は咲からだと思いすぐに取る。


「……もしもし……」

「あ、深見さん! 俺です、秋山です!」

「あ……」

「あれ? 深見さん……」

「……何かな? 秋山君」


力が抜け、椅子の背もたれに寄りかかる深見。


「……なんか、まずかったですか? 今電話をするのって。明らかにトーン下がってません?」

「すぐに切ってくれれば、我慢する!」


そんな秋山からの電話を切った後、深見は咲の名前を確認し、急いで受話器をあげる。


「もしもし……」

「……深見さん?」


どうだった? と聞くのは、何かを期待しているようでイヤだった深見は、

何も言えずに、黙っている。咲は、一度大きく深呼吸をすると、ゆっくり話し出した。


「もう大丈夫だって言われました。2年前と検査結果は変わっていないそうです。
後遺症ではないという判断をもらいました。でも、貧血は気をつけないとだめですけど……」

「……そうか……」

「長い間、心配かけてすみません……」


咲の声が少し涙混じりに変わり出す。


「……いや……」

「……」

「咲……」

「はい……」

「よかったな……」


あの事故から、咲が本当に解放された瞬間だった。





「咲! 仙台でも頑張れ!」


秋山と利香と寺内が、咲の送別会を開いてくれていた。もちろん支店でも開いてはくれたが、

仲間だけの小さなこのあたたかい会が、咲にとっては一番嬉しいプレゼントになる。


「もう、引っ越しの準備は終えたの?」

「後は、荷物を送り出すだけです。弟が来てくれるので……。冷蔵庫なんかは、
弟の友達が欲しがってくれて、みんなあげちゃいました」

「そう……」


歌い終えた利香が、咲の隣にピッタリと寄り添い座る。入社してから、ずっと友達で、

色んな事を一緒に乗り越えてきた。


「咲……」

「利香、もっと歌えばいいのに。もう、聴けないのかと思うと、ちょっぴり寂しいね……」

「……うそ、寂しくなんてないでしょ。大好きな深見さんのところに行くんだもん。
泣きべそかいてるのは、私だけじゃない……」

「……寂しいよ、私だって……」


寺内は二人の会話を微笑ましく聞いている。


「寂しい? 本当にそう思う?」

「うん……」

「じゃぁ、私とカラオケ行くのと、深見さんと一緒にいるのと……どっち選ぶ?」

「深見さん!」

「即答するな!」


利香は咲を抱きしめ、ついに泣き出してしまった。


「利香、バカなこと聞くからだよ。そう望んでいたのはお前だろうが……」

「……そうだけど……」


ポケットの携帯が鳴り出し、慌てて部屋から出て行く秋山。

利香はいなくなったことを確認すると、ハンカチで涙を拭きながらつぶやいた。


「ねぇ、咲。私、来年秋山さんがどこに赴任しても、ついていくことにした……」

「エ……」

「まだ、何も言ってないけどね」


咲はその利香の決断を、笑顔で受け、何度も頷いていた。『そばにいること……』が、

何よりも大事なことだと言うことは、自分が一番わかっているから。

テーブルに置かれていた咲の携帯が鳴り出した。深見であることを確認し、取ろうとした瞬間、

先に手を出したのは利香だった。すぐに受話器をあげる。


「もしもし……宮本です! 咲は今、取り込み中につき、あなたの電話に出られません。
後ほどおかけ直し下さい!」

「……利香!」


それだけ告げると、利香は電話を切ってしまった。

寺内はその利香の行動に大きな声を出して笑い始める。


「早瀬さん、宮本さん嫉妬してるのよ、深見さんに……」


利香は携帯を咲に渡すと、またマイクを持って、曲を探し始める。


「知らないよ……仙台に来るな! って言われるかも……」

「いいの! これから深見さん、咲を一人占めなんだから! 今日はいいの!」


大好きな仲間との最後の夜は、涙と笑顔の入り交じった忘れられないものとなった。

                                    …………まで、あと393日





やっぱり深見だよね……

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嬉しいです……

ナイショさん、こんばんは!

こちらこそ、初めまして。
サークルからずっと、読んでくださっていたんですね。
しかもⅠから読み直してもらえて、
とっても嬉しいです。

咲の亮介に対する口調は、上司と部下だったところからきているのですが、
それがそのまま、尊敬の気持ちになって繋がっています。

チビちゃんが加わった深見家を、また、何かの形でお見せできたらと思っていますので、
のぞいてみてくださいね。

レス、ありがとう!
たくさんのパワーになります!