29 同じ願い

29 同じ願い



田ノ倉さんと一緒に、夜の街を走る。

いつも電車から見える景色も、どこか違って見えた。

車は高速に乗り、都心からだんだんと離れていく。


「どこに行くんですか?」

「海が見えるところです」

「海ですか」


どこだっていい……本音はそうだった。

こうして一緒にいられるだけで、同じ空気を吸っているだけで、

横にいてくれるだけで、おなかがいっぱいになるくらい。





「あはは……それはすごいですね」

「ですよね、僕も驚きましたよ。3時間もポージングばかり取らされて」

「アイデア満載の漫画家さんたちも、詰まることがあるんですね」

「そうでしょうね、才能の世界って厳しいですから」


田ノ倉さんは、ある漫画家さんがヒロインの相手役に悩んだとき、

そのポーズを取ってくれと頼まれた話をしてくれた。

その後『TVドラマ化』の話が出たが、結局まとまらなかったという。


「先生から直接、僕が出ないかと本気で電話がかかってきて、
そんなことは出来ないと断りました。カメラの前で仕事をするタレントとも、
何人か会ったことはありますし、仕事をしている場所に行ったこともあります。
だからこそ、自分には無理だと思いますし、考えられないですから」

「うーん……見てみたかった気もします、田ノ倉さんの演技」

「また……人をからかうようなことを言って。
本気ではないでしょ? 飯島さん」

「いえ、本当です。田ノ倉さんだったら、ファンクラブだって出来るかもしれませんよ」



もし、出来るのなら、『第一号に立候補』しますけど。



「そんな贅沢は望みません」

「贅沢?」

「大勢の人に好かれたいなんて気持ち、僕にはありませんから。
僕は、好きな人にだけ愛してもらえたら……それでいいです」





……好きな人





「好きな人にだけ、そばで笑ってもらえたら……それで……」





なんだろう、心がキュンとなった。

これだけ素敵な人でも、『王子様』だなんて言われるような境遇の田ノ倉さんでも、

思っていることは、私と一緒。


「そうですよね……私もそう思います」

「はい」

「思います……」


そこからしばらく、心地よい静かな時間が流れた。

カーステレオから聞こえてくるのは、FMのクラシック。

ピアノの調べが、私の耳に優しく届く。

どうしよう、これだけおなかがいっぱいで、私、食べられるのかな。


「さて、もうすぐです。新鮮な魚介類が食べられますから、期待してください」

「はい!」



あれ? 思い切り元気な返事。

まぁ、いいか、田ノ倉さん、笑っているし……





本当に海の音が聴こえだすと、俄然、食べる気持ちがわいて来るし。





私たちが訪れたのは、夜の海が見えるレストランだった。

灯台の明かりが海を照らし、海岸線に沿った道にあるライトが、眩しく光る。


「うわぁ、このエビ、美味しいです」

「高級ホテルのレストランもいいですけれど、
産地へ出向くのは、もっと贅沢ですよね」

「はい……」


あぁ……幸せ。

お酒が飲めたらもっと幸せ気分かもしれないけれど。


「僕に気を遣わずに、ワインでも飲みますか?」

「いえ、今日は食事を楽しませてもらいます。本当に美味しいから」

「……よかったです。飯島さんの笑顔を見ることが出来て」


いえ、私こそ、田ノ倉さんにここまでしていただけて。

東原さんの悪だくみに、悔しくて握りこぶしを作りましたけれど、

こうなってみると、あの出来事に感謝すらしたい気分です。


「これからは、自分を出して生きていこうと思いまして」

「はい……」



このエビの殻、ちょっとむきにくい。



「周りばかりを見ないで、自分の足元を……」

「はい……」



あぁ、よかった、取れた。気持ちいいくらい完璧に。



「あの日、飯島さんと屋上で出会えたことが、僕の転機になりました」



なんだろう。田ノ倉さんの言いたいこと、よくわからないけれど、

それでも嬉しそうな顔を見ていると、こっちも嬉しくなる。

それからも出てくるお料理を堪能し、

それぞれの仕事で起こった出来事を笑い話にしながら、食事会は終了した。





高速を使うと、津川家までは1時間もかからなかった。

楽しい時間は、本当にあっという間に過ぎてしまうんだな。

角を曲がって、大きな木が見えたら……



そこで終了。



「あ、ここで」

「ここですか」

「はい、その瓦屋根の家です」


田ノ倉さんはゆっくりとブレーキをかけ、津川家の前で車を止めた。

迎えてくれたときと同じように、助手席の扉を開けてくれる。


「すみません……」

「今日は楽しかったです」

「いえ、私の方こそ、とっても楽しかったです。お料理も美味しかったですし……」



あなたの笑顔も、たくさん、たくさん、見られましたし……



「飯島さん……」

「はい……」

「僕は……」

「和だ! 和!」



津川家の玄関を思い切り開き、田ノ倉さんの言葉を止めたのは、

空気の読めない保育園児、陽くんだった。



30 テリトリー


まぁね、保育園児に空気を読ませようとするのが無理だよね。
和(のどか)の 『ケ・セラ・セラ』 な毎日を、応援してください。
本日も励ましの1ポチ、よろしくお願いします ★⌒(@^-゜@)v ヨロシクネ♪

コメント

非公開コメント

あー

折角のムードをぶち壊す園児。
陽君が出てきたことで、郁のことを勘違いしないか?

大事な事話していたのに、エビに夢中。
って、和・・・

きゅん♪

「好きな人にだけ、そばで笑ってもらえたら……それで……」

ヤダもう、私までキュンとしちゃう~!
キャー……一人盛り上がります。

エビの殻むきに夢中な和。楽しい。

デートの最後は

yokanさん、こんばんは

>でも、心底面白いと愛読中^0^

ありがとうございます。1話が短いので、みなさんのペースで大丈夫です。
1週間まとめても、まぁ、2、3話くらいの長さでしょうからね。
おもしろいと思ってもらえることが、全てです(笑)

さて、空気の読めない陽は、その後どうなったのか……
は、次へ!

デートの最後は

yonyonさん、こんばんは

>陽君が出てきたことで、郁のことを勘違いしないか?

さて、勘違いがあるかどうか。
まぁ、色々出来事がないと、気持ちも動きませんし。

>大事な事話していたのに、エビに夢中。
 って、和・・・

和にしてみたら、諒が大事な話をするとは思っていなかったのでしょう。
まぁ、こんな『ケ・セラ・セラ』な主人公です。

デートの最後は

天川さん、こんばんは

>「好きな人にだけ、そばで笑ってもらえたら……それで……」
 ヤダもう、私までキュンとしちゃう~!

『王子様』の諒は、正直に気持ちを語っています。
エビに夢中の和は、どこまでわかったのか疑問ですが(笑)

さて、保育園児の襲来。
その後のお話は……今夜更新しました。