31 ゆずりあい

31 ゆずりあい



次の日から、菅沢さんの態度が少しおかしくなった。

いや、見かけはどこも変わらないけれど。


「えっと、資料室行ってきます」

「あ!」

「なんだよ、郁」

「飯島、お前が行け!」


そう、こんな感じなのだ。

細木さんが本社ビルへ行こうとしたら、それは私の役目だと、用事を言いつけられた。

さらに……


「飯島、お前出てこい」

「どうしてですか、出版社の全体会議ですよね、私じゃ」

「何事も経験なんだろう、入社するときにそう言った」

「言いましたけど、それは菅沢さんが出てくれないと……」


各編集者のトップが会議室に集まり、さらに上層部から有り難いお話を受け、

これからの出版予定など発表する会議が、半年に1度ある。

『編集長会議』ではなく『現場会議』と呼ばれる会議は、

『秋月出版社』の名物とも言えるものなのに。


「どうして私が出て行くのよぉ、もう!」


細木さんだって一度しか出ていない。及川さんはまだ一度も出ていない。

半年も経たない私が、菅沢さんの思いつきで、代表者となってしまう。

当然のように周りはベテランの編集者ばかりで、明らかに浮いている。


「すみません、遅くなりました」


『SOFT』からは、田ノ倉さんが登場した。

今日はいつものようにスーツ姿。

誰が決めたわけではないけれど、売り上げが高い雑誌、歴史がある雑誌が、

自然と前列へ座り、発言も多い。



『お前はここに座る』



菅沢さんに渡されたメモ通り、私、後部座席の隅に、ちゃんと座りましたからね。

田ノ倉さんの隣にいるのが、『週刊文青』の編集者さんか。

黒ぶちのメガネと、妙にキッチリと分けられた髪の毛は、

生真面目エリートそのものって感じだな。

少し白髪の入った年配の女性は、『ねむりのこ』のベテラン編集者さん。

童話や読み聞かせの本、そういえば陽くんが家に持ってきたっけ。


田ノ倉さん、二人に挟まれてる。


あ……目があった。

あの顔は、私がいることに驚いたって表情。

そうなんです私また、菅沢にいじめられています。

どうかあの身勝手な男を、思い切りグーパンチでもしてください。


「それでは、上半期の『編集者会議』を開きます。
各雑誌のこれからの予定を報告願います」


司会を担当した編集者さんの進行で、『編集者会議』はスタートし、

決まった顔ぶれが意見をぶつけ、予定通りの時間に終了した。





「郁に言われたのですか、会議に出るようにって」

「はい、何事も経験だろって、都合がいいときばかり使うんですよ」

「あはは……あいつらしいですね」


あれ? 田ノ倉さん、少し目が充血している。

そういえば、すぐに唇が乾くのか、なめる仕草も繰り返すし。

体調でも悪いのかな。


きっと、こんな立ち話をしている時間などないくらい、忙しいのだろう。

邪魔したら、いけない。


「それでは、失礼します」

「飯島さん」

「はい……」

「今週は少し慌しくて、自由がないのですが、
来週あたり、また時間をいただけますか?」


廊下の向こうから、秋田編集長が歩いてくる。

私は田ノ倉さんに『はい』の返事代わりの頭を下げると、

エレベーターホールへ向かった。





そう、『SOFT』はその週、大変なことになっていた。

連載を持つ漫画家さんが緊急入院し、ポッカリとページが開いてしまう。

『MOONグランプリ』で準グランプリを獲った作品を掲載することになり、

さらに少しだけ浮いたページの穴埋めを、『夢尾花』先生が引き受けることになった。


「なんですか? 菅沢さん。今度は」

「諒から電話があったんだ。お前に来て欲しいって」

「私に?」

「なんだかガラガラした声だったな、あいつ」



やっぱり……

体調が悪いんだ、田ノ倉さん。



「行ってきます」

「あぁ……そのまま『夢尾花』先生に、原稿もらって来いよ」

「はい」


なんだろう、田ノ倉さんが私を呼ぶなんて。

何かお役に立てることなら、張り切って頑張りますけど。





『SOFT』に到着すると、田ノ倉さんと待っていたのは東原さんだった。

どこか不満そうに席に座っている。


「忙しいのにごめん。頼みがあって」

「はい」


頼みと言うのは、

東原さんを連れて『夢尾花』先生のところに行って欲しいということだった。

東原さんは今まで先生のところに行ったことがないらしい。


「今回のトラブルで急に原稿を頼んだから、向こうもバタバタしているみたいなんだ。
書き上がった順にバイク便で届けるように、手配してもらったからさ」




本当だ……田ノ倉さんの声、おかしい。




「それじゃチーフ、行ってきます」

「あぁ、悪い。最後のページが出来るまで、僕がここにいるから」





最後のページが出来るまで、編集部にいたら、きっと夜中になってしまう。

あんなに辛そうなのに、大丈夫なんだろうか。





東原さんは、私と並んで歩くのが嫌なのか、

勝手に先を歩いては、どっちに曲がるのかと聞いてくる。

『BOOZ』の原稿が出来ていたら、

すぐにでも『SOFT』の方に取りかかるのだろうけれど。


「ねぇ、飯島さん。もう少し早く歩いたら?」

「歩いています」


本当に、いちいち嫌味な女。

道を知らないんでしょ。連れて行ってもらうのだから、

もう少し態度ってものがあるでしょうに。





「ごめ~ん、まだ出来てないの。いやん、どうしよう、どっちからも求められて。
私、困っちゃう」



求められているわけではありません。

『夢尾花』先生。ピンクの羽根がついたペンはどうでもいいですから、

早く進めてください。


「『SOFT』を先に仕上げてください、先生」

「あら……まぁ、ハッキリと決めちゃうのね、あなた」

「『BOOZ』には待ってもらったらいいんです」



そんなこと……ずるい。

そっちがあとから割り込んだくせに。


「東原さん、それって」

「どちらが会社にとって重要な雑誌なのか、あなたわからないほど頭悪いの?」





『最後のページが出来るまで、僕がここにいるから』





田ノ倉さん……

『BOOZ』だって負けませんと言いたいけれど、でも……

早く、あの田ノ倉さんを仕事から解放してあげたい。


「どうする? 飯島ちゃん」



どうしよう……



「先生、すぐに始めて下さい。時間がないんです」



ごめんなさい、『BOOZ』のみなさん。

私は『夢尾花』先生の部屋から廊下へ出ると、

『SOFT』の原稿が仕上がるのを待つことにした。



32 深夜の編集部


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コメント

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夢尾花先生

夢尾花先生、求めてる……笑ってしまいました。
先生をはじめ、皆さんお揃いな状態ですね!
その判断、どうなるのやら……です。

夢尾花はナイスキャラです

天川さん、こんばんは

>夢尾花先生、求めてる……笑ってしまいました。

はい、『夢尾花』先生の存在は、
笑ってもらう以外にはありません(笑)
まぁ、みなさん、この人がカギ! とは
思っていないでしょうけどね。

さて、和の判断は、何を産むのか……
は、明日!

おお!

郁、まさかの援護射撃

うふっ夢先生求められてるね~、諒と郁の両方から?
しかし相変わらずな女だね東原。

でもそんな態度誰が見ても嫌な感じよ~~

夢尾花はナイスキャラです

yonyonさん、こんばんは

>うふっ夢先生求められてるね~、諒と郁の両方から?

あはは……漫画でね。
でも、夢尾花先生は、細木から求められた方が嬉しいけど(笑)

さて、ゆずった和の運命はいかに!