32 深夜の編集部

32 深夜の編集部



『BOOZ』の仕事は、毎月頼んであるもので、急なトラブルがあったとはいえ、

『SOFT』が優先される理由など、どこにもなかった。

むしろ、こうなるのなら一言挨拶があってもいいくらいだけれど、

東原さんにはそんな気持ちなど、全くないだろう。


私は、編集部員として規則違反かも知れない。

それでも、体調の悪い田ノ倉さんを、早く寝かせてあげたかった。





「お前は、天然記念物のバカだな!」


私が編集部に戻れたのは、結局23時を回った頃だった。

細木さんも及川さんも、すでに仕事を終えている。


「すみませんでした」

「あのなぁ……『BOOZ』の仕事は、きちんと約束されたものなんだ。
お前が遠慮して引っ込む話じゃないんだよ」

「わかっています」


何を言われても仕方がない。

これは覚悟で戻って来たのだから。


「遅れた仕事はこれからやります。ネームでも、キャプションでも……」

「いいから、もう帰れ。終電がなくなる」


菅沢さんは私の顔など見もしないまま、『夢尾花』先生の原稿を広げ始めた。

全てチェックしながら付箋を貼っている。


「私も……」

「お前には出来ない」


確かに私には出来ない仕事だった。

『ピンクマシュマロ』は『夢尾花』先生が描いているけれど、

アイデアや構成は、結構菅沢さんの力が大きい。


「明日、私、明日一緒に手伝います」

「俺は明日、一日外だ」


そう言われて慌ててホワイトボードで確かめた。

そうだった。菅沢さんは明日、朝早くから撮影会につきっぱなしになる。


「今日中にチェックを終えておくから、
明日先生に連絡して、手直ししてもらえ、わかったか」


私が予定通り、夕方までに持って帰ってくれば、

この仕事を今、菅沢さんがやることはなかった。


「菅沢さん、陽くんは……」

「今日まではお袋がいるから」

「今日まで?」

「あぁ……明日にはまた、イギリスだと」


久し振りに家に戻ってきたお母さんと、それを楽しみにしていた陽くん。

明日になったらイギリスってことは、今日は……最後の夜だったんだ。


「ほら、さっさと帰れ。終電がなくなるって言っているだろ」

「帰れません」

「何言ってるんだ、そこにいても役になんてたたない」

「それでも帰りません」


菅沢さんがここにいるのに、一人で仕事を続けているのに、

その原因を作った私が、のんきに帰れるわけがないじゃないですか。




「飯島……」

「はい……」

「諒の体調が悪いことが、気になったのか」





……はい。





そう言えずに、黙ってしまう。


「あいつのことを思ったお前の気持ちを、否定するつもりはないけれど、
細木も及川も、本来今日できるはずの仕事を、明日に延ばしたんだ。
予定が狂ってくる」

「はい……」

「こんなことを、諒が知っても、あいつは喜んだりしないぞ」

「はい……」

「仕事には、持ち込むな」


答える声が、だんだんと小さくなって、最後は頷くことしか出来なかった。

菅沢さんにはみんな見抜かれている。

田ノ倉さんの体調を気にしたあまり、私は本来裏切ってはいけない人達を、

裏切ってしまった。




……最低だ。




敦美おばさんに連絡を入れ、今日は編集部に残ることを告げた。

菅沢さんに拒否されようと、絶対に帰ることなんて出来ない。


「これ、訂正箇所を書き出しておいていいですか? 
電話だけだと先生が忘れるかも知れないので」

「ん? あぁ……うん」


どんなに小さなことでも、菅沢さんの仕事が早く終わればそれでいい。

細かい文字を追いながら、時計が日付を変え、しばらくすると瞼が重たくて、

時折視界が真っ暗になる。


「あぁ、もう! なんで眠たいのよ!」


立ち上がって体を動かしてみたら、いるはずの菅沢さんが席から消えていた。

まさか帰ったのかと横を見たら、バッグはいつもの場所に残っている。

倉庫の奥にあるベンチで寝ているのかとのぞいたけれど、姿はないし、

どこにいったんだろうと思うと、妙に寂しくなった。


「お……目覚めたか」

「どこに行っていたんですか」

「コンビニ」


菅沢さんはそう言うと、手に持っていた袋をデスクでひっくり返した。

カップスープだの、おにぎりだの、たこ焼きだのと積み重なる。


「何がいいのかわからないから、適当に買ってきた。お前、夕飯食べてないんだろ。
好きなもの、食べておけ」


騒動に巻き込まれて、そういえば夕食のことなんて、忘れていた。

お腹が存在をアピールするように、キュルっと鳴る。


「たこ焼き案外うまいぞ。前にも食べたし、レンジで温めたらいい」

「……はい」


レンジに入れてスイッチをひねると、グイーンと音がして、

たこ焼きが動き始めた。温かくなると、独特の匂いが鼻に届く。

二人のデスクの真ん中に置くと、一緒についていた2本の楊枝を刺していく。

菅沢さんはそれを手に取り、口に入れた。


「あひ……」


私も一つ手にとって、口の前で何度か吹いてみる。

丸いたこ焼きから、ふわりふわりと湯気が出ていて、なんだか目頭が熱くなった。



33 微妙な距離


今夜の二人は、完全に上司と部下……になっていて……
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コメント

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何気に

菅沢さん、素敵な上司!
そして、何気に二人きり……

優しい

郁はしっかり気付くのに、東原は・・・・
周囲が見えてないな、どんなに仕事ができてもそれじゃね。

深夜に郁と二人きり、自分のことでそうなったと知った諒は果たして!!!!ジャジャジャ--ン♪


↓認証用キーワードが、夕べはヨンヨンヨンヨンだったyon♪

そして?

天川さん、こんばんは

>菅沢さん、素敵な上司!

はい、そんな面もある郁です。
さて、二人の時間……その後は?

そして?

yonyonさん、こんばんは

>深夜に郁と二人きり、自分のことでそうなったと知った諒は果たして!!!!
 ジャジャジャ--ン♪

はい、ジャジャジャーン! の後……は、本日更新! です。

キーワードが? それは珍しい。
私達にはラッキーナンバーだね。