リミットⅡ 22 【リミットの時】(終)

22 【リミットの時】

「よし、あとは明日だね」

「うん……」


東京最後の夜、咲は弟の卓と一緒に部屋の中にいた。

色々なものがなくなると、ひと部屋しかないこの場所も、なんだか広く感じられる。


「荷物、少ないな。本当にこれだけでいいのか?」

「いいの。二人で生活しながら揃えていこうって、深見さんと相談したし。
よかったわよ、色々と引き取ってもらえて……」

「貧乏学生だからね、みんな喜んだ……」

「そう……」


この部屋には色々な思い出がある。泣いたこと、笑ったこと、自分が社会人になり、

初めて契約した部屋。咲はカーテンを開け、外の電信柱をじっと見つめる。

あの場所に深見が立っていたことを思い出す。あの日がなければ、

今の自分はいなかったかもしれない。


「姉ちゃん、いつ長野に行くの?」

「うん……10月に入ってからだと思うよ。中国から戻ってきて、深見さん仕事と、
私を迎える準備とで、忙しいの。お母さんにもそう話してあるけど……」

「そうか、その時は必ず俺も帰るよ。ご自慢の深見さんにお逢いしたいし……」


生意気な口をきく弟の頭を、軽く叩く咲。


「ねぇ、卓。一緒の布団で寝ようか!」

「……バカ言うなって。夜中に深見さぁ~ん……なんて言われたらイヤだから寝ません!」

「……ふん……」


姉弟だけの最後の夜は、静かに過ぎていった。





仙台駅で、咲を待つ深見。ここへ来る彼女を待つことは何度もあった。

でも、今回は迎えるだけで、見送ることはない……。

次々と下りてくる乗客の中に、カバンを一つだけ持った咲がいた。


「咲!」

深見の声に気づいた咲が、嬉しそうに手を振りながらかけてきた。


「雨になっちゃいましたね。東京は降ってませんでしたけど……」

「うん……」


深見の車に乗り、二人が暮らすことになるマンションへ向かう。

咲は道を通り過ぎる人達を見ながらつぶやいた。


「ここで暮らすんですね……私……」

「……いいところだよ、仙台は。きっと咲も気に入ってくれると思うけど」


咲はそうですね、と言いながら、流れる景色をじっと見つめていた。


「荷物、明日着くんだよな。大丈夫か? 一人で……」

「大丈夫ですよ。大きなものはタンスと鏡台くらいで、業者さんがやってくれます。
後は、ダンボールからのんびり……」


相変わらずダンボールだらけの深見の部屋。咲は開いていた箱の一つを閉じ、部屋の隅に置く。


「深見さん、ちゃんとタンスに入れないとダメですよ。もう、しばらく引っ越しもないし……」

「咲の荷物がどれくらいくるのかわからなかったし、こんな生活に慣れてるんだよな……」


それはダメです! そう言いたげな咲の顔が目に入る。


「はい、片付けるって……」


深見はコーヒーを入れ、咲と並んでソファーに座る。


「ねぇ、深見さん。私、あなたの言うことを、一つだけ聞かないといけないんじゃ
なかったですか? ほら、中国へ行く前に約束したじゃないですか。覚えてます?」

「……あぁ、あれか……」

「私は途中で逃げ出したから資格がないけど、深見さんはちゃんと仕事をやり遂げたし、
成果も残せたし……」

「もう、いいよ。あれは……」

「エ?」


深見は、持っていたカップをテーブルに置いた。不思議そうに見ている咲の方を向き、

話しを続ける。


「実はさ、あれには裏があるんだよ。あぁやって言っておいて、2年後、あの夜景の前で、
君にプロポーズするつもりだった。『何でも言うことを聞く……』。つまり断れないだろ……」

「……そうだったんですか……」

「でも、計画通りには全然進まなかった。最初の年に色々あって、咲が落ち込んでいたし、
それに今日はこんな天気だし……夜景なんて見に行くような夜じゃないよな」


咲はちょっぴりおかしくて笑っていた。深見の計算がずれてしまうこともあるんだな……と。


「笑うなよ。これからもこんなことばっかりだぞ、きっと。思い通りにならなくて、
悔しがったり、怒ったり……」

「……」

「東京で君に告白してから、こんなふうに並んでいられるまで、
これだけ時間がかかるとは思ってもみなかった」

「……」

「それでも、咲にそばにいてほしい……って気持ちは、より強く深くなった気がする」

「はい……」


自分にとって一番大事なものはなんなのか……。確かにそれがわかった2年。


「なぁ、咲。君が命の期限を決められていたのを知ったあの時は、
半分くらいしか理解できていなかった気がするんだけど、でも、中国に一人でいた時、
何かするたび、見るたび、あぁ……咲が一緒なら……って思うようになってた……」

「……」

「君みたいに他の人から、リミットを知らされることなんて、なかなかないかもしれないけど、
でも本当は、人は永遠に生きていられないからこそ、強く誰かと一緒にいたいって
思うものなのかもしれないなって……そんなことを考えていたよ」


そう話している深見の顔を、しっかりと見る咲。あの頃も残された時間を深見と過ごしたいと

そう確かに思っていた。そんな咲を深見は優しく抱きしめ、言葉を続けていく。


「もし今、俺がそんなふうにリミットを告げられたとしたら……」

「……」

「仕事や夢より……ただ、咲と一緒にいたい……そう思う……」


深見のその言葉に、咲の目にじわじわと涙が浮かび出す。


「咲……。人生のリミットが来るその瞬間まで、ずっと一緒にいよう……」


去年の夏。最初のプロポーズを保留した咲。逃げ出してしまった自分のまま、

彼の言葉を受け入れることが出来なかったあの日。約束していた『2度目のプロポーズ』。


「はい……」


二人はしっかりと見つめ合い、咲は目を閉じた。

深見の約束のキスは、長く、深く、優しいものだった。





それから、時が過ぎ……季節は春、4月……


「あー、本日は晴天なり……」

「秋山さん、そんなマイクテストやめてください!」

「いいんだよ、なんでも……。利香、お前二人を見て来いよ。そろそろ時間だぞ……」

「やだなぁ、深見さんに邪魔扱いされそうで」

「行けって、早く!」


咲と深見の結婚式が、レストランで行われることになっていた。

お世話になった人達を呼んで、人前式を選んだ二人。


「あはは……」

「何ですか?」

「石原さん、祝電よこしてるんだけど、これ、グチだよ」


式には来られなかった人達からの祝電を読んでいる二人。京都にいる、中国でのリーダー石原。


「この人とまた仕事したいんだよな……」

「京都に転勤になればいいのにね」

「そうはいかないよ。俺が行ったとしたら、彼は別のところになるはずだし……」

「そうか……」


祥子からのものを見つけ、深見に手渡す咲。



『結婚おめでとう。私にも春が来るように、祈っていて!』



「あいつ、もっと周りを見ればいいんだよ……」

「周り?」

「そう、近いところを見逃してるんだ、きっと……」


深見は自分と正反対の、ちょっと人付き合いの苦手な男を思い浮かべていた。

そして、福岡に転勤となった里塚からのもの。



『ご結婚おめでとうございます。福岡にお越しの際は、ぜひお一人で』



「ん?」

「あはは……里塚君らしい。ねぇ、深見さん。里塚君転勤の時、
さようならって私の頬にキスしてくれたんですよ。おもしろい人でしょ?」

「……は?」


軽い冗談のつもりで言った言葉に、過剰なまでの反応を示す深見。


「おもしろい? おもしろくなんてないよ。こいつどこだよ、支店」

「……福岡だから、博多支店かな?」

「上司誰だ? 飛ばすか……」

「深見さん!」

「冗談だって。でも、なんだよ、これ……」


深見は里塚からの祝電を手に持ち、嫌そうに見つめた後、後ろへ放り投げた。


「あ……なんてことをするんですか!」


咲は里塚の祝電を拾った後、二人が同じ場所で働いたとしたらどうなるんだろう……なんて、

少し微笑みながら考えていた。


「新郎、新婦入場です!」


式はみんなの拍手と歓声に包まれ、厳かに進んでいった。春のあたたかい日差しが、

幸せなスタートを切ろうとしている二人に、祝福の光りを注いでいる。

参列者に対しての二人の説明などが秋山から行われ、二人の結婚に意義がないかどうかの

確認をする。異議なし……の返事代わりに、大きな拍手が二人を包む。


「それでは、サインと指輪の交換を……」


深見は咲の手を取り、小さな台の上に上がる。二人であらかじめ用意してあった婚姻届に

サインをし、リングピローに置かれている指輪を取る。咲は手袋を外し、

指輪を受ける自分の指をじっと見つめていた。


「一緒に、幸せになろう……」


深見はそう言いながら、咲の薬指に指輪をはめ、咲も、深見の指に同じ指輪をはめた。

そして深見は両手を咲の肩に置き、誓いのキスをする。誰よりも大きな声で泣いたのは利香で、

誰よりも大きな拍手をしてくれたのは、義成と弟の卓だった。





「ねぇ、深見さん! ほら、見て、あれってなんでしたっけ……」


咲はホテルから見えるヘリコプターを指さして、ベッドに横になっている深見を手招きする。


「ヘリのクルージングだろ」

「あ、そうそう。それ、いいな……乗ってみたい……ねぇ、そう思いません? 深見さん……」

「……」

「あれ? 高いところ嫌いですか? 深見さん……」

「……咲」

「はい?」


深見の仕事が忙しく、とりあえず式と二次会を終えた二人は、

明日にでも仙台へ戻ることになっていた。新婚旅行はあらためて行くことにしているからだ。


「さっきから深見さん、深見さんって連呼しているけど、
今日から咲だって深見さんじゃないの?」


そう言われて思い出す咲。婚姻届を出したのだから、咲は『深見咲』になっている。

そんな当たり前のことなのに、あらためて言われると、照れくさくて仕方がない。


「そろそろ、深見さんっていうのは卒業して、ちゃんと俺だって分かるように
呼んでもらいたいんですけど……どうですか?」


咲は少しだけ考える顔をしたが、すぐに嬉しそうに深見の横に腰掛けた。


「そうですよね、深見さん! って言ったら、誰だかわからない……」

「うん……」


深見はその瞬間をしっかり聞き逃すまいと、耳を咲の方へ少しだけ近づける。

咲は一度小さく咳払いをした。


「仙台支店国内旅行第一営業部長、深見さん……。これならどうですか?」

「……」


してやったり ……と得意気な表情の咲。深見は以前おでこを指で弾いた時と

同じポーズを取る。それに気付いた咲は、目を閉じ、両手でおでこを覆い、先に防御した。


おでこを弾かれる代わりに、キスをする深見。咲は驚いた表情で、深見を見る。


「同じ手は二度使わないんだよ。甘いな……咲は……」


照れくさそうな咲の頬に手を添え、もう一度深見がキスをする。

そのキスに咲が答えるように腕を回すと、ゆっくりとベッドの方へ体が押されていった。





「1、2……よし、ちゃんと戻ったね、全て……」


雲の上の老婆は、チビ神が落としたものを袋に数えながら入れている。


「ねぇ、ばぁば。キスしてるよ! キス!」


勝手に穴を開け、じっと下を覗いているチビ神。老婆は慌ててその穴を閉じる。


「あ、なんだよ、見られない!」

「子どもはいいんだよ、なんで寝てないんだね、あんた……」

「パパとママ、出かけてるもん……」

「……全く、あの二人は……」


老婆は仕方なくチビ神の手を引き、その場から離れようとした。


「ほら、歌でも歌ってやるから行こう」

「イヤだよ、ばぁばが歌うと、カミナリになるもん!」

「……」

「ねぇ、開けてよ。キスしてどうなるんだよぉ……」


いやがるチビ神を引っ張りながら、老婆は雲の上に小さな時計を置いた。


「何? これ。ねぇ、カチカチ音がするけど……」

「これは、私からあの二人へのプレゼントなんだよ。時期を見計らってつけるつもりで
スイッチ入れたのに、お前が余計なものをあれこれ落とすから、
順序が逆になるんじゃないかとひやひやしたよ。
あとちょっと二人でいられる時間が持てるから、いいだろうけど……」

「あ、数字が一つ減ったよ。どうして?」

「日付が変わったからだよ……」

「ねぇ、何贈るの? 美味しいもの?」


チビ神は興味深そうにその時計を眺めている。


「食べ物じゃないよ。かわいい……とっても優しい気持ちになれるものだよ……」

「ふーん……」


少しずつその場所から離れていく老婆とチビ神。


「ねぇ、ばぁば……キスしてそれからどうなるの?」

「……お前はいいの!」

「どうなるのかなぁ……見たいなぁ……」


                                  二人にプレゼントが届くまで、あと180日





最後までお付き合いありがとうございました。

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コメント

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拍手コメントさんへ!

何度読んでもウルウルv-409してしまうのは、
しっかり読んでくださっているからですよ。

そんなふうに、この作品を愛してくれて、ありがとう!
これからも、よろしくお願いします。

番外編……というのかな、単発ですけど書きました。
もう少ししたらUPしますからねv-363

読み終えました。

深見さん、素敵すぎます!!
咲の様に愛されたいと思いました。
ティッシュ片手に読みました。
心が温まる作品をありがとうございます。

ありがとう

デイジーさん、こんばんは!
リミット とリミットⅡを、両方読んでもらえたのかな?

咲のように愛されたいと思いながら
私も書いております。

読み終えて心が温まる……
そう思っていただけたら、私としても、とても嬉しいです。

……ちなみに、結婚後のⅢもありますので、
よろしければどうぞ……

送ればせながら

昨日「リミット」を、今日「リミットⅡ」を読み終えました。
本当~にももんたさんの作品は、読んだ後に幸せに浸れますねi-176

実は今日、偶然ながら久しぶりの仙台出張でした(わたし関西在住です)。
深見さんと咲の新生活の地・・・・・

あまり時間に余裕がなさそうだったので鞄にカロリーメイトを忍ばせていたのですが、
飛行機の到着が思ったより早く、仙台駅で牛たん(もちろん+麦とろ!)を食べることができましたi-236

仙台空港の滑走路脇には、白い小さな花が咲いていましたi-228
そして電車の窓から見える初夏の緑はとてもキレイで「さすが杜の都~」なんて思っていたら
なんと逆方向の電車でした(あちゃーi-183

「リミットⅢ」と番外編、早く読みたいけどもったいないからゆっくり読みます。
ありがとうございました。

(私が書きたいことをつらつらと書いているだけなので、どうぞお返事とか気にされないでくださいねi-179

仙台

you01さん、こちらでもこんばんは
『リミット』『リミットⅡ』を読んでくださったんですね。

私にとって、人生初のオリジナルがこの作品です。
今読み直すと、読みづらい表現多くて、
書き直したいこともたくさんなのですが、
それもまた歴史なので、そのまま残しています。

舞台が『仙台』だったのは、当時、私の友人が仙台に行っていたので、
身近だったことから決めました。
海あり、山ありのいい場所ですよね、本当に。
何度か旅行もしましたが、また行ってみたいと思わせてくれる街です。

今は大変なことも多いでしょうが、
子供の手が離れたら、また訪れたいなと思っています。

『リミットⅢ』は結婚後の二人です。
お時間のある時に、どうぞ……

コメントのお返事は、私が嬉しくてしていることです。
逆に、気にしないでくださいね。
読むだけ、のぞくだけの訪問も、大歓迎ですから。