34 なぜの告白

34 なぜの告白



散らかった『BOOZ』を元に戻し、もう一度、菅沢さんには謝罪した。

これからは自分勝手な判断をしないこと、

それはもちろん田ノ倉さんにも言われたことで、

私の行為を当たり前のように彼が受け取らなかったことも、ちゃんと訴えた。

菅沢さんも納得してくれたみたいだったので、それで全てが終了。

家路に向かうと思ったのに、腰を上げる気配がない。


「あの……」

「なんだよ」

「帰らないんですか?」


菅沢さんとは、直線距離からすると意外に近所だとわかったが、

使っている路線は別のものだ。それでも、ここを一緒に出るくらい、

してもいいはずなんだけど。


「俺は残るから、お前は帰れって」

「残る? まだ、何か仕事がありましたか?」

「……いいから、帰れ」


こういう仕事があるから残ると言われた方が納得出来るのに、

妙に隠されると知りたくなる。こういうところは、マスコミ人間だと思うんですけど。


「昨日も残って、今日もって、お母さんイギリスへ行かれたんですよね。陽くんが……」

「姉貴が帰ってきた」


お姉さん……

あ、そうか、陽くんのお母さんのことだ。


「ほら、終電が終わるぞ」

「まだ平気です」


言い返そうとした菅沢さんの口が、一度開いて、そのまま閉じた。


「まぁ、そうだよな。お前には、言わないとならないかもな。
世話になっているんだし……」


言わないとならないことはないけれど、聞いておきたい気はした。

誰も口に出しはしなかったけれど、菅沢さんが陽くんを抱えている意味が、

どうしてもわからない。


「陽を見ていると、俺の小さい頃を思い出すんだ。
本当に、自分の居場所はここなのかなって、思い悩んだこともあったからさ」



自分の居場所……

『秋月出版社』の社長の息子として生まれた菅沢さんから、

そんな言葉を聞くとは思っても見なかった。


「陽の父親は、姉貴の会社の同僚だったけれど、責任を取ることもなく、
元々の赴任先へ戻ったきりになった。姉貴も深く追うこともしなかったし、
協力する気持ちもない男を追いかけるなって、お袋にも言われて」


菅沢さんのお母さん。

仕事を持ち、世界を飛び回る人だ。確かに男に頼るなんて思いは、ないのかもしれない。


「菅沢家系の女は、どうも飛び回ることが好きらしい。姉貴は陽を育て始めたけれど、
ほとんど放りっぱなしで、気づくとあいつは、一人で夜中まで留守番させられていた。
俺の小さい頃と一緒だ」


先日、『MOONグランプリ』でお会いした、社長の顔が浮かんだ。

今も昔も、忙しい人だったのかも知れない。


「親父はこの出版社を背負う立場で、ほとんど夜中まで留守だった。
お袋が連れて結婚した姉貴は、新しく父親になった親父に馴染めなくて、
中学から寮生活で家にはいないし、主婦になることをせずに仕事を追求したお袋も、
戻ってくるのは日付が変わるような時間で、テレビを見ながら一人で食事をすることが、
俺にとっては、ごく普通のことだった」


ごく普通のこと……

その言葉を使う事例としては、あっていない気がしてしまう。


「隣の敷地に住んでいた諒は、いつもおばさんと一緒だった。
あいつの父親、つまり俺の祖父は、年を取ってから生まれた諒を、
本当にかわいがったし」


田ノ倉さんの優しい雰囲気と、菅沢さんのどこか冷めているような雰囲気が、

どうして身についたのか、わかる気がする。


「姉貴の気持ちがどこにあるのか、自分をどう思っているのか陽は敏感に感じ取って、
自然と俺ばかり追いかけるようになっていた。
俺も、あいつが期待しているんだと思うと、それに応えてやりたくなって……
互いに気持ちを埋めあったのかも知れないな。
気がついたら、2年以上もこんな生活をしていたんだからさ」

「2年も……ですか」

「あぁ……。『BOOZ』が『秋月出版社』に買収された時、辞めてやろうと思ったよ。
今さら親父と仕事で関わるのはって。でも、安定感は手放せなかった。
休みもそれなりに取れるし、給料も違うし」


菅沢さんが、これだけプライベートを語ってくれたことはない。

仕事に厳しく、それ以外のことなど、聞く隙間さえなかった。


「母親と暮らせることが、一番いいことなんだろうけどな。
家に戻って、姉貴が陽と過ごしているのを見るのが、どうも嫌なんだ。
我慢していないか? って聞きたくなる、両方に」


菅沢さんは、津川家のみなさんに世話になっているからこそ、

こんな余計な話までしたんだぞと、またカップにインスタントコーヒーを入れだした。

家に戻る気など、本気でないのだろう。


「菅沢さん……」

「なんだよ、飯島も飲むか?」

「いえ……。あの……心配な気持ちもわかりますけど、
それでも……チャレンジするべきですよね、お姉さんも陽くんも」


うまくいくかなんてわからない。

それでも、避けてばかりでは、何も生まれない。

再婚相手の父親を、なかなか認めなかったお姉さん。

父親になった社長も、どこか避け続けた結果、

菅沢家はわかりあえないまま今になっている。


「案ずるより産むが易しってことわざもあるじゃないですか」

「まぁな……」


無責任かも知れない。

それでも、お姉さんにもきっと、陽くんへの思いがあるだろう。

子供がかわいくないなんてこと、ありえないと思うし。

だからこそ、戻ってきたのだろうから。


「それでも今日は、ここに残るわ。
陽も姉貴しかいなければ、素直に言うことを聞くだろうし」

「あの……」

「なんだよ」

「昨日も今日も、お風呂に入らないんですか?」

「風呂なら、『BOOZ』でも持って訪ねていけば、すぐに入れてくれるんじゃないの?
ふわふわした泡と、女の子付きで……」



何をふざけているんですかと言おうとして、

もしかしたらそうかもと思ってしまう自分が怖い。


「黙られると、本気みたいだろうが。行くか、そんなところに。
本社ビルにシャワー室があるんだ、飯島は知らないのか」

「知りません」

「まぁ、女性はあまり使わないけどな。男の編集者は結構利用しているんじゃないの?
締め切り寸前は、どこも殺気立ってるし」


菅沢さんはそう言うと、ソファーの奥にある紙袋を取り出した。

何枚も入っている男性用の下着やTシャツ。


「取材していると、こんなものばかりくれるんだ。
まぁ、こういう時に役立つからいいけどね」


これだけ言っても動かないのだから、本当に家に戻る気がないのだろう。

陽くんがお母さんを選ぶのか、菅沢さんを選ぶのか、

それは私が関わる話じゃないし。


「わかりました、それなら帰ります」

「あぁ……。気をつけろよ」

「はい」


地下の編集部から地上へ出る階段を、一歩ずつ昇る。

さすがに昨日と今日、二日の疲れは重たいな。


「菅沢さん」


菅沢さんの顔が、こっちを向いた。

実は、私も今の話を聞いて思ったことがある。

菅沢さんが田ノ倉さんを羨ましく思ったくらいに……


「離れていても、親が二人とも生きていることが、私にはとても羨ましいです」


空を見上げて、父と話すことはあるが、決して答えは戻ってこない。

驚いた顔の菅沢さんを残し、私は一人、編集部を出た。



35 保護者一同


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コメント

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菅沢さん

菅沢さんの心の内が切ないです……

和の両親は……?
続きが楽しみです。

気を付けろ。

“産んだ子より抱いた子”育ててもらったことは忘れない。
陽君はちゃんとわかってますよ。
「ほっぺが美味しいって」こんな可愛いこと言う子、
離したくないよね。

気を付けて!こんな風に仲良さげな所、
王子に見られたら・・・・

選択、迫る

天川さん、こんばんは

>菅沢さんの心の内が切ないです……

頭ではわかっていても、心はついていかない。
それが今の菅沢です。
さて、どんな選択をすることになるのか……

は、続きます。

選択、迫る

yonyonさん、こんばんは

>「ほっぺが美味しいって」こんな可愛いこと言う子、
 離したくないよね。

あはは……そうだよね。
空気は読めないけれど、子供らしさ全開の陽くんです。

>気を付けて!こんな風に仲良さげな所、
 王子に見られたら・・・・

さて、さて、どうなるのか……
は、続きます。