37 園児の決断

37 園児の決断



田ノ倉さんと初めて会った本社の屋上。

白いテーブルの上にあったのは『STAR COFFEE』のカップだった。

それからは私も時々、ここでコーヒーを買う。

田ノ倉さんに会えないかなと思うことは確かにあったけれど、

こんなふうに会うとは、正直思っていなくて。


仕事の打ち合わせなら、資料なり書類なりがテーブルにあるだろう。

あるのは2杯のコーヒーだけ。

髪の毛が綺麗な美人さんは、なんだか楽しそうに笑っているし、

それを見ている田ノ倉さんも、間違いなく楽しそうだった。


「お客様、300円になります」

「あ、はい」


お金を支払ってカップを受け取った。

お店を出る前に、もう一度田ノ倉さんの方を見たら、目があってしまう。

そのまま当たり前のように軽く会釈されて、また田ノ倉さんの目は、彼女へ戻った。



漫画とか、ドラマだと、もし、見られたくない相手に会ったのだとしたら、

少し気まずそうにしたり、慌てたりするよね。

あまりにも当たり前に、あまりにも自然に会釈されたってことは、

別にどうでもよかったということで。



少しだけ、ほんの少しだけ、心の隅で期待していた私の気持ちは、

あまりにもあっけなく、しぼんだ。



「はぁ……」

「どうしたんだよ、和ちゃん。それ、そんなにため息つくような話?」


細木さんはそういうと、私がチェックしていた取材メモを右から取った。


「何々、なんだよこれ、失敗談じゃないか、笑えるような」

「はい、そうなんです。すみません、チェックすぐにしますから」


いけない、いけない。

また個人的な感情を挟むところだった。

菅沢さんから雷でも落とされたらたまらない。

そう、思い悩むことなんかじゃないんだから。

田ノ倉さんが珍しいものに飽きて、普通の行動をしているだけ。



『来週にでも……』



あんなことを言ってくれたけれど、それから誘われてなんていないし、

そう、『王子様』は所詮そんなものだって。



「はぁ……」



無理に思えば思うほど、気持ちは重たくなった。

あの人、なんていう人なんだろうな。

思い切って『ミス日本』くらいなら、私も諦められるってものだけれど。





その日は久しぶりに早く家へ戻った。


「和!」

「あれ? 陽くん、どうしたの?」

「陽くんがね、保育園の先生にお願いしたんだよね、津川のおばさんちに行きたいって」

「お願い?」

「うん!」


来週には熊本へ向かう陽くんは、

今日、保育園でお別れ会を開いてもらった話を楽しそうにしてくれた。

折り紙で作った大きなメダルを、私にも見せてくれる。


「すごいね、大きな金メダル」

「うん、だからね、和のうちでもお別れ会することにした」

「ね!」

「ねぇ!」


菅沢さんと離れた方が、二人のためだと言っていた敦美おばさんも、

陽くんがここへ来たいと言ってくれたことは、やはり嬉しかったみたい。


「ねぇ、和ちゃん。急遽バーベキューすることにしたから、ウインナーを買ってないのよ。
よかったら買ってきてくれない?」

「わかりました。よぉし……陽くん、一緒に行こうか!」

「いいよ、アイス買って」

「あらら、このおねだり上手」


陽くんは保育園で習った歌を歌いながら、スーパーまでの坂道を下っていく。

時々妙な踊りが入るけれど、その意味がよくわからない。


「和……」

「何?」

「僕、弟か妹が生まれるんだって」


陽くんは、お母さんのおなかの中に、自分の妹か弟が入っているのだと教えてくれた。

食事会の時には、何も聞かなかったけれど、

それならそれはまた、おめでたいことになる。


「ばぁばがね、陽が一緒に遊んであげなさいって、そう言ったの」

「生まれてくる赤ちゃんと?」

「うん……だから、ママのところへ行きなさいって、そう言ったの」


菅沢さんのお母さんが、陽くんを説得した。

突然イギリスから戻ってきたのはきっと、そうするためだったのだろう。

本当の子供を受け入れられない娘に対して、

そして、その子供を引き取り、自らの幸せを放棄している息子に、

現実をしっかり植えつけるために。


「本当はね……」

「うん」

「僕、本当は郁と一緒にいたいけど、でも、赤ちゃんが泣くのも、それもダメだから」



空気の読めない保育園児、陽くんは、

本当は空気を読みすぎるくらい、大人の部分を持った子供だった。



菅沢さんと一緒にいたい。



それは間違いなく本音だろう。



気付いた頃から、自分を愛してくれた人は、

母親よりも祖母よりも、叔父さんである菅沢さんだった。


「陽くん……」

「郁が一人になっちゃうけど、郁にはお友達いるもんね」

「お友達?」

「そう、和もお友達でしょ?」



お友達……



「お友達って言うか……」



菅沢さんにお友達、いるんだろうか。





「あのさ、陽くん……」



余計なことは言わない。そう決めてきた。

でも……

でも……

それでも、寂しそうにショーウインドーを見ていた菅沢さんのことを思うと。


「なぁに?」

「あのね……」

「あ、郁だ! 郁!」


私の余計な一言は、結局、口から出ることなく納められ、

陽くんは『森山駅』を降りた菅沢さんに向かって、一生懸命走り出した。



38 おてがみ


何かを降ろすと、菅沢は変わるのか?
和(のどか)の 『ケ・セラ・セラ』 な毎日を、応援してください。
本日も励ましの1ポチ、よろしくお願いします ★⌒(@^-゜@)v ヨロシクネ♪

コメント

非公開コメント

テヘヘ

健気だね~~~陽君。

無邪気さの中に隠された本音。
きっといいお兄ちゃんになるよ。

ごめんね和。その女性は私です(なんちって^^;)


しばらく更新されなかったから、どうしたのかな?と心配しちゃった。
何でもなさそうで安心。

こんばんは

陽君、可愛いw
でも、ちょっと切ないなぁ。

『お友達』
いい響きだ~
でも、和は友達なのかな? ふふっ。

マイペースな私は更新遅いのが常ですが、
ももんたさんはほぼ毎日だったので、
ちょっと心配しておりました。
続き楽しみにしておりますー

久し振りになりました

yonyonさん、こんばんは

>無邪気さの中に隠された本音。
 きっといいお兄ちゃんになるよ。

大人の事情と子供の事情。
陽は熊本へ行くことになりました。

>ごめんね和。その女性は私です(なんちって^^;)

エ! そうだったの?(笑)
まぁ、彼女のことは、続きで……

すみません、だらけた月末については、本日の記事で。
ご心配かけました。

久し振りになりました

天川さん、こんばんは

>『お友達』
 いい響きだ~
 でも、和は友達なのかな? ふふっ。

『お友達』。保育園児には、この表現まででしょう。


すみません、だらけた月末になりまして。
それについては、本日の記事で。