45 揺れる思い

45 揺れる思い



スタジオで撮影された写真は、その日の夜にすべてデータとして届けられた。

同じ『水蘭』をモデルとしているはずなのに、3人は違った色を見せている。

まだ、子供のような遊び心が見え隠れする若い『水蘭』と、

一途に思う人が出来、未来を夢見る頃の『水蘭』。

信じていた人に裏切られ、自分を奮い立たせようとする、女になった『水蘭』。


二股をかけた男に、決別したいと臨んだ高部さんは、

そんな強さと、攻撃的な色気が、しっかりと表情に出ている。

田ノ倉さんの言うとおりだった。

菅沢さんは趣味で高部さんを挑発したのではなく、この『水蘭』を表現させようとした。


「さすが郁だな、それぞれの『水蘭』を、読者がどう捕らえるかだけどさ」


細木さんは、何もかもわかっているのか、写真の出来を高評価した。

からくりがわかると、自分が呆れた態度を見せてスタジオを出たことが、

今更ながら恥ずかしくなってくる。

好き勝手に見えた佐々木さんの、この天真爛漫な表情は、

高部さんのように挑発していたら、きっと見えてないだろう。


「菅沢さん、聞いてもいいですか?」

「何だよ」

「こういうコンセプトでというのは、あの説明会の時から決めていたってことですか?」

「説明会? どうしてそう思う」


モデルに決まったと編集部へ3人を呼び、打ち合わせた日。

高部さんの真剣さと、佐々木さん田中さんの喜び具合は、確かに違っていた。


「まぁ、そうだな。佐々木さんと田中さんは、
あくまでも思い出作りのために撮影に臨もうとしていた。
だから、難しい要求はせずに、そのままの心を写してもらった。
『水蘭』にも、そんなまっすぐな時代はあっただろうからね」

「高部さんの『水蘭』には、その上を?」

「上というか……彼女は最初から、これで終わりとは思っていないように感じたからさ。
応募の状況からしてもそうだし、打ち合わせたときも一番真剣に聞いていたし、
切羽詰まっている気持ちが写せたら、それもまた『女』を表現できるから」

「女……ですか」

「人は変わるだろ、生きる時間が重なっていけば」


時々何を考えているのかわからないし、とんでもなく怖いときもあるけれど、

編集者として、菅沢さんは本物の人だろう。

私は並べた写真を見ながら、あらためてそう思う。

この人の下で働けることは、

もしかしたら、ものすごくラッキーなことだったのかもしれない。


同窓会があると早めに退社した細木さん。

少し風邪気味だと、マスクをつけたまま出て行った及川さん。

相変わらず、どこで何をしているのか、よくわからない編集長。

みなさんやるべきことをやり終えた。そして私もPC画面を閉じ、帰り支度をする。

菅沢さんだけが、真っ白い便箋を開き、そこに黒いペンで目的もないまま、

点々模様をつけ続ける。


「菅沢さん、便箋が破れますよ」

「あぁ……」


菅沢さんの横に置いた携帯が一度呼び出し音を鳴らしたが、取る間もなく切れた。


「飯島」

「はい」

「たまにはメシでも食いに行くか」


『BOOZ』に入って、3ヶ月以上が経過したが、こんなふうに誘われるのは初めてだ。

何かよくないことでも、起こるのだろうか。


「予定あるのか、諒とでも……」

「いえ、ありませんけど」

「そっか……」




あれ? 誘ってくれたんですか?

それとも帰っていいんですか?




「菅沢さん、誘ってくれた以上、美味しいものにしてください」




菅沢さんが私を誘うなんて、きっと何かがあるのだろう。

興味半分、怖さ半分で、私は無理やり誘われてあげた。





田ノ倉さんと初めて出かけたのは、西洋風の建物が素敵なレストランだった。

二度目に出かけたのは、海が見えるレストランで、海鮮を使った料理の味は、

今でも残っている。





「生、大ジョッキで!」

「よろこんで!」





だと、思いましたけどね、菅沢さんのテリトリーは。

ムードなんてどうでもいいんでしょうし、私、恋人じゃないですから。





「何があったんですか? こんなふうに誘ってくれるなんて」

「何かないとまずいか」

「まずいわけではないですけれど、明日あたり何かが起こりそうで怖いです」


右ひじをテーブルに置いた菅沢さん、頬を乗せてこちらを見る。

あの……何か言っていただけませんか? 前の発言が冗談にならなくなります。


「俺、そんなに飯島を脅してる?」

「脅しているわけではないですけど」


なんだろう。静まり返った場所ではないにせよ、

この店を選んだのも、ここに座ったのも菅沢さんだ。

このままただ、ビールだけ飲み干して、それでいいのだろうか。


「じゃぁいいです。たくさん飲んで食べて、帰りますから」

「携帯、見てみろよ」

「携帯?」


菅沢さんの横に置いてあった携帯電話を手に取り、画面を開いてみると、

待ち受け画面には、先日FAXを送ってきた、AV女優の『野口りお』さんが、

満面の笑みで写っている。

とりあえずつけたようなビキニ、ほとんどあふれ出ている胸。

スタイルいいなぁ……この人。

この唇は何? キスを待つような仕草なんだけど。


「『野口りお』さんが、誘惑してますけど……」

「ん?」


菅沢さんは画面を確認すると、いつ変えたんだとブツブツ文句を言い出した。

見て欲しいのはそれじゃないと言いながら、『りお』さんの待ち受けを直し始める。


「これ……」


見せてくれたのは『着信履歴』。

何度も並ぶ、同じ番号。


「登録されていない番号から、何度もかかってくるんですか」

「それ……陽なんだ」


そう言われて見てみると、確かに番号は携帯ではなく、固定電話のものだった。

陽くんがいるのは熊本で、市外局番も東京とは違っている。


「一日に何度もかけてくる。あいつ、俺の携帯番号は覚えているからさ」


陽くんがかけてくる報告なのに、菅沢さんの表情はあまりにも暗い。


「菅沢さんと話がしたいんじゃ……」

「話すつもりはないんだろ、毎回2秒とか3秒で切ってしまうんだ」


そう言われて記録を見ると、確かに『2秒』や『3秒』の印が並んでいた。

話すつもりもなく、菅沢さんにかけてくるなんて。


「携帯に『着信記録』が残るなんてこと、陽は知らない。
かけてすぐに切る行為が、もしかしたらあいつ、苦しいのかもしれないなって、
そう考えるんだけどさ、今かけてしまったら、なんのために手放したのかわからないから、
必死に我慢しているんだ。少ししたら回数が減って、気がついたらなくなっている。
そう毎日思うんだけど」


せっかくの生ビールの泡が、菅沢さんのため息と一緒に、

どんよりした空気の中に、消えてしまった。

『自由な恋愛』を楽しむどころか、菅沢さんは陽くんの面影に、ただ悩む日々だった。



46 訪問者その1


郁のちょっとした表情を、見てしまった和
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