【S&B】 11 心の奥の顔

      11 心の奥の顔



扉にかけた手を外し奥の様子を見ていると、一つの皿に収まっている料理を、

二人で楽しそうに食べ始めた。今野のおでこに触れる手の動きや、彼女の目の動かし方に、

僕は二人がただの知り合いではないのだと感じる。



『本当にこんな企画を……』



犯人捜しをするつもりはなかったが、もしかしたらという思いが、僕の中で巡りだす。

濱尾が企画のことを話した時、いかにも残念そうな態度をした今野だったが、

あれは周りに対しての演技だったということだろうか。

ここへ踏み込むのはまずいと判断し、結局、目的だった『最後のケーキ』を手にすることなく、

その日は家に戻った。





出張で名古屋に行っていた魚沼部長が戻り、第一営業部は久しぶりに全員が姿を揃える。

接待ゴルフの練習に余念がないのか、左手にパターを握ったまま、部長は朝礼に参加した。


「みんな、それぞれ頑張ってるかね」


頭を下げるだけの者、声を出して返事をする者、それぞれの方法で、部長の問いに答えていく。


「この不況で、企業も宣伝費を削るところも多いだろうが、工夫と努力で乗り切ってください」


若い頃には、伝説の営業マンと呼ばれていたらしいが、その片鱗を、僕はまだ一度も見たことがない。

果たしてこの先も、見る機会は訪れるのだろうか。


「青山、何かあるか?」

「あ、はい、東成電鉄の企画に関わったメンバーだけ、会議室に……」


指示を出し、確認をするだけの人間より、僕の方がよっぽど身のあることを言い、朝礼は終了した。





「主任……これ……」

「うん、濱尾と進めてしまって悪かったが、企画はこんなふうに変化させた。
読んでおかしいところがあったら、指摘してくれないか」


原田は以前配られた企画書と、照らし合わせながら、その違いを指で追っている。

隣にいる今野は、どこか落ち着きがなく、困っているように見えた。


元々は、『スパーク』という清涼飲料会社が、東成電鉄の車両広告をジャックし、

決まった本数の全車両に掲載するというものだった。広告の中にはクイズもあり、

応募すると旅行が当たる。そして今回加えたのは、売店を巻き込み、

その1週間特別コーナーをもうけたり、急行が止まる駅にはキャンペーンガールも

立たせることにした。それにより扱う飲料水の数も増え、あらかじめ取材をしてくれるであろう、

媒体もある程度目をつけた。


「ブランケットがどんな目的を持って、企画をぶつけてきたのかは明らかだ。
全く違う内容を考えようかとも思ったが、逃げてしまってはこの方法を植え付けてしまう。
こんなやり方は通用しないことを、教えてやろう」


原田と濱尾は僕の言うことを当然だというように何度か頷いたが、今野だけは黙ったまま

僕を見ようとしない。東成電鉄での最終プレゼンは明日に迫っていて、

これから新たな方向に手をうつことは不可能だろう。


「よし、後は濱尾が失敗しないように祈るしかないな」

「エ……あ、頑張ります」


そんな濱尾の宣言を聞きながらも、今野は資料を見つめたまま下を向いている。

別の営業に向かう濱尾と原田を退室させ、僕は今野を部屋に残した。


「今野、この企画のまとめを頼みたいんだけど、来週いっぱいで出来るか?」


僕に残されたことに、少し戸惑った顔をした今野が、書類を手に取り、端から目を通し始める。

この企画書は、今、僕がしかけている警備会社のもので、まだ誰の目にも触れてはいない。

もし、これをライバル社に持って行かれたら、立ち直れないくらいのダメージをくらう。


「今週抱えているものが終われば、出来ると思います」

「そうか……」


僕は立ち上がり視線を外に向けた。今野を見たままだと、彼女の逃げ場まで奪う気がしたからだ。

針の穴に糸を通すくらいの集中力で、しかし、あくまでも軽く、僕は本題に入る。


「なぁ、今野。あのレストランの味はどうだ?」

「エ……」


明らかに動揺した今野の声が届き、窓に映るシルエットが、彼女の焦りを映し出す。


「この間、『かいづか』に行った帰り、前を通ったんだ。僕は一人暮らしだし、食事が出来るところを
増やしておきたいのもあるけれど、あの場所なら、会長とちょっとした食事くらい
出来るかもしれないなと思って……」


決めつけるようなことは言いたくなかった。勘のいい彼女なら、きっと理解する。

僕は一度大きく背伸びをして、今野の方を向く。


「その企画書、うまく処理してくれよ。規模が大きいんだ……。東成電鉄以上に……」

「……は、はい」


少し手を振るわせている今野の横を通り、僕は会議室を出た。





「ごめん、祐作!」

「いや……」


その日の夜は、先日連絡をよこした母と食事をした。もう50代半ばになっているはずだが、

仕事を愛し、若い女性が好むような雑貨を輸入しているからだろうか、

僕が見ても、実年齢よりずいぶん若く見える。


「ねぇ、私たちなんだと思われるかしら」

「親子だろ……」


メニューを広げ、視線を外したまま僕はそっけない返事をする。こんなふうに顔を見るのは、

1年ぶりくらいだ。避けているわけではないが、あえてこちらから連絡を取ってまで

会おうとしなかったといった方が、正しいだろう。


「ねぇ、祐作。希美ちゃん元気? あのね、お土産にワインを持って帰ってよ。この間……」


母から希美の名前を出され、僕の視線は反射的に母の方を向いた。

幼い頃は、僕の身長から何もかもを知っていたのに、こんなことさえも知らないのかと、

1年の長さを感じる。


「希美とは別れたよ。もう、半年も前に……」

「エ……」


母はバッグに手を入れたまま僕の方を向き、信じられないと首を振っている。

信じようが信じまいが、それが事実で、それ以上の報告はない。

僕は目の前にあった飲みたくもない水に、少しだけ口をつけた。


「何よ、それ。そろそろ結婚でもするかしらなんて思っていたのに。別れちゃったの?」

「あぁ……」


親なんて勝手なものだ。自分たちも散々好き勝手なことをしているくせに、

子供にはまっすぐな道を歩ませようとする。年齢を重ねて女性とつきあえば、

次にあるのは結婚なのだと、離婚したあなたから、偉そうに言われたくはない。


「息が詰まるって言われたよ。そうとう酸素が薄かったみたいだ」

「……何言ってるんだか」


バッグに入れた手を元に戻し、母は何気なく指輪をいじりだした。銀色に光るその輝きは、

古いものを引っ張り出してきたようには、とうてい見えない。

以前はしていなかったこのアクセサリーが、僕は妙に気になり出す。


「淳平の方が神経質だから、結婚まで時間がかかるかなんて思っていたら、
社会人になってすぐ結婚して、決断力があると思っていた祐作の方が、手がかかるのね」

「手をかけさせている覚えはないけど……」


来週向かうクライアント宛の企画を思いだし、僕は携帯のメモを開き打ち始める。

昔はよく手帳に書いていたが、携帯に残しておけば、すぐにPCへ持って行ける。


「何年つきあったの?」

「……1年半……くらいかな」

「そう……」


携帯電話の向こうで、母はまだ指輪をいじっていた。注文したサラダが僕らの前に置かれ、

ウエイターがドレッシングのこだわりをなにやら語り始める。接客をプロとしている母が、

彼を気持ちよくさせるくらいの、相づちを打った。ここで技を披露しても、

出てくるメニューは変わらないと思うのだが、そんなことはどうでもいいらしい。


「……あの時、失敗しちゃったからね、祐作は……」


深いところに沈めた傷に、母は思いきり触れた。僕は携帯を閉じ、乱れている空気を修正する。


「なぁ、その指輪、買ったの?」


おそらくそうじゃないと思いつつ、僕はわざとそう問いかけた。

その瞬間、半分恥ずかしそうに、半分誇らしげに、母は僕に隠すことなく女の顔を見せる。


「ちょっと派手? お母さんじゃ、無理かしら……」

「いや……」


謙遜した言い方をしながらも、嬉しそうに指を見せる母の姿が、プレゼントなのだと訴えかける。

母が明るい顔を見せてくれるのは、理由がなんであれ嬉しいことだ。

僕と兄が束縛していた時期は過ぎた以上、人生を楽しんでくれるなら、言うことはない。


「祐作、あのね、実はお店移転したの」

「移転? いつ……」


母が立ち上げた『輸入雑貨』の店は、順調に売り上げを伸ばしていたが、

駅からの距離があるのが欠点だった。以前から狙っていた場所が4ヶ月前に空いて、

今月新規開店することになったという。


「ごめんね、急に話が進んじゃって、事後報告だけど」

「まぁ、いいけど……。ようはその指輪をくれた人が、手伝ってくれたわけだ」

「いや……うん、まぁね……」


母は照れくさそうに、それでいて嬉しそうに何度も指輪に触れる。

今は右手にしているが、気持ちだけはすでに左手でしているように見えた。


「今度の日曜日、挨拶だけしてくれない? これからもお世話になる人なのよ」


母が申し訳なさそうに僕にそう告げた。内心面倒だと思いながらも、

どんな顔をした男なのか興味もあり、僕はトマトを口に入れ、軽く一度だけ頷いた。





12 おにぎりとお菓子の味 へ……





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コメント

非公開コメント

うーーん(--;)

悩み多き祐作v-388
今野さんはどう出るかしら?任されるものがあると自信に繋がり、頑張ろう!って気にもなるから・・恋と仕事は別よ!(騙されてる??)

祐作の母、ふーーんこんな人なんだe-451
私と同い年くらい(バラしてしまった・・・^^;) 女手一つで二人の男の子を育てたのね。人には言えない苦労もしたと思う、けど・・・
既に別れた彼女のことを今更聞かれても困るよね。

私と○○がレストランにいたらどう見えるかしら?やっぱり恋人?v-24
でも年ばれたから親子かな~(ρ_;)

おはよう! yonyonさん!

今日も雨……、やらないといけないことがあるのに、気分が乗らない


>祐作の母、ふーーんこんな人なんだ
 私と同い年くらい(バラしてしまった・・・^^;) 女手一つで二人の男の子を
 育てたのね。人には言えない苦労もしたと思う、けど・・・

祐作の家は、お父さんが女好きで、もめてはいたけど、離婚v-239は20歳の時だよ。(2話より……)
なので、苦労人……とはいかないところもあるのかな。いや、苦労はもちろんあるだろうけど。


>私と○○がレストランにいたらどう見えるかしら?やっぱり恋人?

あはは……。その想像をするところがyonyonさんらしいよね。
恋人? いや、ホストと客v-272っていうのはどう?(笑)
年齢は関係ないよ、愛だよ、愛!e-266

色んな顔があって・・・

こんばんは。実はしっかりこちらも拝読してました☆イチゴいっぱいのこのお部屋v-274みんな美味しそうで、この時間にはこたえるわぁ

主任・管理人・息子・・・って色んな顔が見れて、嬉しいです。とっても人間味があって、ますます好きになりそうv-238

今野さん、ブランケットの彼より、青山主任でしょう。私なら迷わず・・・(笑)

何年か先、息子と優雅にお食事って良いですよねぇ。色眼鏡と親パボ胡椒たっぷりかけて~彼と食事してる気分だけでも・・・味わいたいわ。

どうもです!

ラピュタさん、こんにちは!

拝読なんて言わなくていいんですよ。読んでます! で十分だからね。


>主任・管理人・息子・・・って色んな顔が見れて、嬉しいです。
 とっても人間味があって、ますます好きになりそう

まだまだ謎v-236の多い祐作ですけど、好きになってやってちょうだいな。

人間味がある……うん、そう思っていただけるのがとても嬉しいです。v-290
どこかそこら辺にいそうな人を目指して書いているので。

これからもよろしくね!e-463