50 ピンチヒッター

50 ピンチヒッター



エレベーターで食堂へ向かうと、そこには田ノ倉さんがいなかった。

そうだよね、30分以上も経っているんだもの。

『SOFT』編集部へ向かうと、いつもより人が少なく、

その真ん中のテーブルで、何かに追われるように動く田ノ倉さんがいた。


「田ノ倉さん、すみません、完全に遅れて」

「あ……いえ、『BOOZ』も忙しいのかと。
いや、郁が飯島さんを僕に貸してくれるのが嫌で、意地悪をしているのかと
思っていました」

「菅沢さん、すっかり忘れていたみたいです」


私を貸すのが嫌だなんて、考えていませんよ。

体がだるくて眠くて、ただ忘れていただけです。


「何かあったんですか? 今日は人がいませんね」

「それが大変なことになりまして」


田ノ倉さんが見せてくれたのは、『東西新聞』の地方面だった。

そこに出ている小さな記事を読むと、とあるレストランで『食中毒』騒ぎが起こり、

東原さんたちを含めた10名に、その症状が出たのだという。


「食中毒ですか?」

「はい……昨日はどこかでセールがあったらしくて、
うちの編集部員が4人揃って出かけたようです。帰りにこの店で食事をして、
こんなことに」

「それじゃ、東原さんだけじゃなくて、4人」

「はい。8名の編集部員のうち4名ですから、予定外で人が足りなくなりまして」


東原さんが『食中毒』か……

個人的には『天罰』だと言いたいところだけれど、

田ノ倉さんの困った具合を考えたら、そんなことを言ってもいられない。


「わかりました、私、手伝います。何か届けたり動くことなら出来ますし」

「すみません。だとしたら外回りをお願いできますか?
今日は3名の先生方から原稿が入るのと、
読者プレゼントの誌面に間違いがないか、チェックも入れないといけませんから」

「はい、田ノ倉さんの指示に従いますから」

「……ありがとう」



そんなに素敵な顔で、お礼を言われると、私の方が照れてしまいます。

東原さんに、感謝しなくちゃ……



「それではこれをお願いします」

「はい」


太陽の光りが入る明るい場所で、私の仕事が始まった。

大きな車が通るたび、

おしりがむずむずするくらい揺れる『BOOZ』編集部とはわけが違う。

しかも、目の前には……



素敵な『王子様』がいて……



「何かわからないことがありますか?」

「いえ……大丈夫です」


失敗しないようにしなくちゃね。

赤いボールペンを握りながら、おとずれた幸運に身を任せ、私は仕事に取り組んだ。





「ありがとう、今日は助かりました」

「いえ……」


壁にかけた時計を確認すると、あと少しで夜の7時になるところだった。

広げた作業台を片付け、荷物をまとめる。


「それじゃ私、『BOOZ』に戻ります」

「僕も行きます。編集長にも挨拶しないとならないし、お願いも……」

「お願い?」

「あと2、3日、飯島さんと仕事をさせてもらえないかな……と」


あと2、3日。

確かに、こんな時間が続くのなら嬉しいけれど……





「飯島は明日、取材が入っているだろう」

「はい……」


そうだった。明日は新しくグラビアアイドルの事務所を立ち上げた社長に、

インタビューがある日だった。


「そうですか、それなら……」

「午後なら、いいですよね菅沢さん。明日の取材は朝10時からです。
終わったあとなら……」


自分の仕事をした後なら、田ノ倉さんの仕事を手伝っても怒られないはず。


「やることをやれば、文句は言わないけどね」


ちょっとトゲのある言い方だけれど、よかった。

私は田ノ倉さんに明日は午後から手伝いますと宣言し、頭を下げた。





元々、向こうからの持込企画で、ページ数だって1ページに過ぎない。

所属タレントさんの写真を載せてあげたら、

社長の言葉なんて、数行しか掲載できないだろう。

てきぱき終わらせて、『SOFT』に行かなくちゃ。

取材ノートを閉じ、私はその日早めに眠りに着いた。





取材は思った通りの展開になった。

とにかく、自分のタレントを宣伝して欲しいと言いまくる社長。

毎回聞いている質問を終えると、なにげなく時計を見る。


「もういいでしょ、写真さえ渡しておけば……どう?」

「あ……そうですね」


なんだか向こうも早く終わりたそうだし、私もこれで終わってくれたら、

田ノ倉さんの仕事を早く手伝える。

どうせ『BOOZ』の白黒ページだし、たいした企画でもないので、

最低限のことだけ聞き終えると、そのまま事務所を出た。


「まだちょっと早いな、もう少ししたら電話しよう」


電車に乗り、『秋月出版社』へ戻る。

本社へ顔を出す前に、取材を終えたことを連絡した。


「はい、このまま『SOFT』へ入りますので、
菅沢さんに、何かあったら電話してほしいと伝えてください」


留守番の及川さんに伝言し、そのまま本社へ顔を出すと、

早目の到着に驚く田ノ倉さんがいた。


「ずいぶん早く終了したのですね」


はい! 超特急で終らせました。

とは言えないので……


「向こうも次のスケジュールがあるようでしたし、聞きたいことは聞いたので」

「そうですか」


印刷所からの誌面をチェックし、またそれをバイク便で元に戻す。

仕事に一区切りをつけ、田ノ倉さんと『STAR COFFEE』に向かい、

お薦めの『ビーフサンド』をご馳走してもらった。





楽しい……

仕事をしていて、これだけ楽しいことってあるんだな。





「あさってからは東原を含めた2名が復帰するそうです」

「そうですか」



よかったですね……という表情をしながらも、

人間が未熟な私は、ちょっぴり残念な気分だった。



51 飴と罰


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