51 飴と罰

51 飴と罰



『SOFT』の編集部員が数名、食中毒事件に巻き込まれてしまい、

私は田ノ倉さんの手伝いをするため、本社へ数日通うことになった。

もちろん『BOOZ』で最初から予定されていた取材には向かったが、

心はすっかり『SOFT』へ、

いや……田ノ倉さんを手伝っていることの満足感に浸ってしまう。


「助かりました、ありがとう」

「いえ……なんだか終わってみると、もう少し色々動けた気がして、
心残りです」


『SOFT』は『BOOZ』と違い、担当がそれぞれ自分の分野のみをこなしている。

漫画家さんとの連絡も、ほとんどがメールと電話で、

直接原稿を取りに向かうこと自体、少ないようだ。


「飯島さんに以前うかがった気がするのですが、
『BOOZ』に入ったのは、自らの意思ではないと」

「はい、あ、でも、秋田編集長には感謝しています。
『秋月出版社』で働けるチャンスをくれたわけですし。
まぁ、『BOOZ』は、女性が狙う雑誌ではそもそもないですけどね」

「そうでしたよね……」


田ノ倉さんはなにやら書類を書き、印を押すと封筒の中にいれ、しっかりと閉じた。

私は、なんのためにそんなことを聞かれたのかがわからず、ついじっと見てしまう。


「飯島さん」

「はい……」

「『MERODY』へ異動する気持ちはありませんか?」

「『MERODY』へですか?」

「はい。編集の女性社員が1名、来月いっぱいで退社することになりました。
急な退社なので、すぐに補充出来ないと、増渕編集長が頭を抱えていて」


『MERODY』は『SOFT』よりも、大人の女性が読む雑誌で、

発行部数はそれほど多くないが、

私の面接をしてくれた増渕編集長がトップなだけあり、

フロアは『SOFT』とつながっている。


「先日、郁の話をした時、
飯島さんが『SOFT』へ異動したいと言われたことを思い出して……」


『水蘭』の撮影会で、菅沢さんの仕事をのやり方が理解できないと愚痴をこぼした。

その時、冗談で言ったっけ。


「あ、田ノ倉さん、あれは……」

「わかっています。冗談だということくらい。
でも僕の方が、それもありではないかと思ったことは事実です。
ですので、この数日間で、飯島さんがどれくらい仕事が出来るのか、
正直見せてもらったところもあります」


ただ、田ノ倉さんと仕事が出来ると浮かれていた数日間。

私、評価されていたってこと?


「ごめんなさい、別に試したとかではないのです。
ただ、欠員が出るのは事実ですし、飯島さんが納得してくれるのなら、
その方法もあるのではないかと」


『MERODY』編集部で、仕事をする……

思ってもみない話。


「飯島さんは『BOOZ』で郁に鍛えられているのですね、
全ての仕事をこなさないとならない編集部に入っていたので、
一から説明することがないのは強みです。
今のあなたなら『MERODY』へ入ってもらっても、すぐに慣れますよ」


この本社ビルで働くこと、それが私の本当の目的だった。

面接にもならずに追い出されたとき、屋上の景色を見ながら、

なんとか頑張るぞと思ったっけ。



……そこで田ノ倉さんに会ったんだけど。



「不安ですか?」

「あ……はい、正直、不安です」


田ノ倉さんが席を離れ、私の横に腰かけた。

誰もいない編集部で、たった二人。

目の前には、暮れていく夕日があって……


「僕が……あなたを助けます」

「田ノ倉さん」

「飯島さんの仕事を、これからは少しでも僕がフォロー出来たら……」


確かに、『SOFT』も『MERODY』も編集長は増渕さんだけれど、

実質的にしきっているのは、田ノ倉さん。





「あなたにもう少し、そばに来て欲しくて……」





それって……





「ダメですか?」





ダメなんてことは、ありません。

田ノ倉さんの顔が見えるのは、とても嬉しくて……

一緒のフロアで仕事をするなんて緊張でしょうけど、

東原さんたちがなにやら言うかもしれませんが、そんなことには負けませんし、

毎日がきっと……楽しいはず。



私……



「あ、すみません、携帯が……」



せっかくいい雰囲気だったのにと思いながら、受話器を開けると、

やはり相手は菅沢さんだった。

全く、お邪魔虫センサーでも持っているのかしら。


『おい、飯島、すぐに編集部へ戻ってくれ、ちょっとやっかいなことになった』

「やっかい? どうしたんですか」

『説明は編集部でする。すぐに戻れ』


私は田ノ倉さんに頭を下げて、すぐに『BOOZ』の編集部へ戻った。

次号の誌面順番を決めた紙を前にして、細木さんが写真を動かしている。


「どうしたんですか?」

「トップ記事にする予定だった店が、違法で摘発された」

「店が?」

「正確に言うと、店じゃなくて雇われ店長が、問題を起こしたんだけどな」


店長が自分の知り合いである未成年を、

裏方として勝手に働かせていたことが警察にわかり、今朝、摘発された。

調べをした結果、この店自体に問題はなかったようだが、

危うい状態のまま、特集記事を掲載するのは難しいという判断になる。



楽しいダンスショーを繰り広げる店の特集記事が、これで掲載できなくなった。

締め切りも近付いている、空いたページはどうするのだろう。


「飯島、この間取材した『ホライズン』の社長の話、ここへ入れよう」

「エ……あの……」

「4ページ」


急な変更に、私の顔は一気に青くなる。

『ホライズン』の社長の取材は、先日終えたけれど、

それだけの質問も答えも、全く用意していない。


「でも……菅沢さん、あれは……」

「『ホライズン』は近頃人気が出たモデルを数名持っているからな、
注目度も高いはずだろう」


最終ページ近くならごまかせたものの、トップに近い記事となると、

ごまかしではこなせない。

社長が言うことだけを受け入れて、『SOFT』の手伝いをするために、

予定より早く取材を切り上げてしまった。

時間的には、もっと色々質問する余裕もあったはずなのに。


「どうした、記事のまとめは済んでいるんだろ」

「はい……でも……」

「いいから、取材メモ出してみろ。中身を見て、こっちで広げるから」


普通にしているはずの呼吸が、どこかで止まるくらい苦しくなる。

この後に見ることになるだろう、菅沢さんの怒りの顔が、

対処法も何もない私の頭の中で、グルグルと回り出した。



52 私の場所


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