52 私の場所

52 私の場所



何もかも覚悟の上で、私は『ホライズン』の社長に取材したメモを取り出した。

決められた質問以外は、何も書いていない。


「すみません、取材したメモはこれだけです」


あまり重要なページではないから、いつもこの程度だから……

そんな抜けた気持ちがどこかにあった、

いや、『田ノ倉さんを手伝いたい』という思いだけが前に出てしまい、

早く終わりたいだけの、中身がないものになってしまった。



……ダメだ、こんなもの。



「なぁ針平、女性にモテル男特集の記事、もう少し膨らませられるか」

「あ、『新大久保』の?」

「あぁ……」


菅沢さんは、私のメモを閉じると、そのまま何も言わずに戻してきた。

空いたページの穴埋めは、

細木さんが特集した『女性にモテル男の裏技』特集を広げることに決定する。

削った文章の復活と、掲載を外した店舗の写真などが差し替えられ、

トラブルがなかったように、及川さんが修正し始めた。





……私だけ、蚊帳の外だ。





どうしてもう少し、欲を出して取材しなかったのだろう。

新しい発見があることで、更なる特集や、連載が生まれることだってある。

実際、今回の細木さんが特集した『モテる男』特集は、

2ヶ月前に、ホステスさんたちから人気の店があることを聞き出し、

そこから生み出された記事だ。


トラブルを回避し、ほっとした細木さんや及川さんが編集部を出ていくと、

残ったのは私と菅沢さんだけになる。


「菅沢さん」

「ん?」

「どうして怒らないんですか、私のこと」

「怒る?」

「はい」


こんなふうに何もなかったようにされるのなら、

いつものように怒られた方がよっぽどスッキリする。

悪いことだったということは、私自身が一番わかっているのだから。


「昼間、増渕編集長がうちのハチ公に話しているのを聞いたんだ」

「昼ですか?」

「あぁ……『MERODY』で編集部員が一人、急に退社することになったって」


増渕編集長と秋田編集長は、なぜか仲がいい。

どこかに急にいなくなるという特技も、全く一緒だ。


「諒が推しているって言葉が、ちょっとだけ耳に入った。
きっと、お前のことだろうって、そう思ったからさ」





『僕が……あなたを助けます』





田ノ倉さんは、私のことをすでに頭に入れた状態で、見てくれていた。


「めずらしいんだ、諒がそんなことを言うなんて。
あいつは自分の意見や主張を、表面にあまり出すことをしないからさ」


菅沢さんはPCのキーボードに乗せていた両手の動きを止めた。

編集部は外を走る車の音だけが、遠くに聞こえてくるだけになる。




「お前に……本気なんだろうな」




なぜだろう、菅沢さんにそう言われた私の心臓は、

今までにないくらい鼓動の速さを増している。


「菅沢さん……」

「ここにいるより、『MERODY』に行きたい気持ちもわかるし、
そのために取材を早く切り上げた飯島を、責めるわけにもいかない」




落ち着け……

私の心臓




「俺には……そんな権利もないし」




パタンとPC画面を閉じる音がした。

菅沢さんは帰ろうとしているのだろうか。


「せっかくのチャンスじゃないか、本社にいける」

「はい……」

「『MERODY』は『SOFT』ほどの発行部数はないけれど、歴史は結構長いし、
経験をつんで、『SOFT』に異動した編集部員も多いんだ。
お前も頑張ればそうなるかもしれないな」

「……はい」


どうしてだろう。

私、あの喫茶店で秋田編集長に拾ってもらった日、

増渕編集長を見返そうとそう誓ったんだった。

その増渕編集長が、田ノ倉さんの推薦とはいえ、

私を『MERODY』へと言ってくれたなんて、ここで万歳三唱するくらい、

求めていたことのはずなのに。




うれしくないなんて……




「おい、飯島、何してるんだ」




私、『BOOZ』で何をした? 秋田編集長に拾ってもらって、

ここのみなさんに、一から色々と教えてもらって。

取材の楽しさも、難しさも、準備の大切さも色々と教わったのに。



私、『BOOZ』で何をしたんだろう。



ここへ入ってからの『BOOZ』を、1冊ずつ取り出して、めくっていく。

園田先生の仕事だって、これからだ。

『水蘭』から飛び出して、グラビアデビューする高部さんにも、

もっと話を聞いてみたいと思っていたのに。



私、まだ、『BOOZ』で何もしていない!



「私、このまま『MERODY』には行きませんから」

「は?」

「いえ、絶対に行かないのではなくて、今は行きません」

「お前、何を言ってるんだ」

「きちんとした仕事をして、それを菅沢さんに認めてもらうまで、
私、『BOOZ』を卒業しませんから」


こんな中途半端な気持ちで、ステップアップなんてありえない。

私はそう思いながら、大きく息を吐いた。



53 右か左か


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