53 右か左か

53 右か左か



男性誌、それも相当特徴のある『BOOZ』にいるよりも、

歴史ある雑誌『MERODY』に異動した方がいいというのはわかっている。

でも、田ノ倉さんが個人的に私を異動させたと思われるのは嫌だ。


『飯島なら力になる』


そう言ってもらえる日まで、異動はお預け。



たとえ、もう二度とチャンスがなくても、このまま流れに乗ったら、自分が後悔する。



「お前、本気でそう言っているのか。
何ヶ月か先にお願いしますなんてこと、ないんだぞ」

「わかっています」

「『BOOZ』より『MERODY』の方が歴史があることもわかっているのか」

「はい……」


わかっていますよ。フロアだって綺麗だし、仕事場の環境としても向こうの方が上です。

でも、この状態で異動することは、絶対に出来ません。



「向こうの方が基本給も高いけど、『BOOZ』に残るんだな」



基本給が高い? そうなの? それは知りませんでしたが……

ここで折れたらおかしいよね。



「はい……」

「『MERODY』と『SOFT』の社員にだけ、取材資料費っていうのが認められて、
実際にはそれを飲食代に使えるのに、『BOOZ』に残るのか?」



取材資料費? 飲食代? 

あぁ……そうなんだ、それで東原さん達、食中毒になったのか。

恵まれているんだな、さすがは看板雑誌。

それにしても、ここでそれを言いますか? 普通。

ここで折れたら、『お金』が目的だと思われるでしょうに。



「はい……残ります」



「有休申請も、2日前まで認められているのは『SOFT』と『MERODY』と
『週刊文青』だけだけれど、それでも『BOOZ』に残るんだな」





……菅沢さん、この言い方は、完全に遊んでますね、私の感情で……





「残ります! 何が条件でも残るんです! たとえ『MERODY』が世界進出しても、
私を編集長として迎えてくれると言ってきても、今は行けないんです」



よし! 言い切った。にんじんをぶら下げられたって、走るものか!



「そんなことあるわけないだろうが」



わかっていますってば、それくらい。


「そうか……まぁ、それだけ思うのなら勝手にしろ。お前のことだ」

「はい……」


そう、『基本給が安くても』、『待遇が悪くても』、『編集部員が個性的すぎても』

私は、『BOOZ』に残ります。





……残るしかないでしょう、これじゃ。





「でも、諒にはきちんと伝えてやれよ、お前の気持ち。
あいつなりにこれからのことを考えたわけだし。
あいつは、個人的な感情だけで異動を提案したわけではないだろうから」

「はい」




『もう少し、あなたにそばに来て欲しくて』




『田ノ倉さんのそば』かぁ……

基本給UPに、『取材資料費』に『直前有給申請』かぁ……



「飯島」

「……はい?」

「撤回するのなら今だぞ、今なら聞かなかったことに……」

「大丈夫です。残りますから」





結局、『MERODY』には2年前に総務へ移った別の社員が舞い戻った。

次の日、その話を知った細木さんには思い切りもったいないと言われたが、

私は私の納得するように歩きたい。

もし、本当に私が必要とされる運命なのなら、またチャンスはめぐってくる。



ケ・セラ・セラなのだ。





「本当にすみませんでした」

「いえ、飯島さんが選ぶことですから。何度も謝らないでください。
逆に困らせてしまったのですね」


その日のランチタイム。時間の少しだけ取れた田ノ倉さんと、

『STAR COFFEE』で待ち合わせをした。

直前の仕事を満足に出来ていたら異動しただろうと、私の気持ちを正直に語る。


「私がきちんと取材しなかったのに、何も言われなくて。
怒られることもなく切り返されたことが、逆に悔しかったのかもしれません。
『認めてもらっていない』ってことが、ひしひしと感じられたので」

「郁に……ですか?」

「菅沢さんに……というか、でもまぁ、菅沢さんがまとめているのでそうなるのかな」


そう。もしいつものように怒られていたら、お前なんてってけなされていたら、

逆に反発して、『MERODY』でもっと上へ行ってやるくらいのことを、

言い返していたかもしれない。


「内心、郁は不安だったということはないですか?」

「不安? 菅沢さんが何にですか?」

「飯島さんが、いなくなることに……です」


田ノ倉さんはきっと、私のことをとってもいいメガネで見てくれて、

最高級の評価をしてしまうのだろう。

菅沢さんが私のことを気にしたなんて、ありえない。


「ありえませんよ、それは」

「そうかな……」


田ノ倉さんの顔から笑みが消えた。

私はずっと見ているのは悪い気がして、カフェラテのカップを覗き込む。

泡だった牛乳がライトでキラキラしている。


「郁は、言いたいことを言っているようだけれど、本心は簡単に出しません」



『あいつは自分の意見や主張を、表面にあまり出すことをしないからさ』



似たようなことを言うんだな、二人とも……



「次こそは、自分で階段を登れるように、これからしっかりと仕事します」

「はい、いつか一緒に……」



いつか、一緒に……



「仕事をしましょう」

「はい」



ちょっとだけまた、期待しちゃった私。

いけない、いけない。頭を冷やさないと。

その日のランチを楽しく終えた私は、『水蘭』が出来上がったと連絡を受け、

園田先生の仕事場へそのまま向かった。



54 心の奥


同じ会社でも、待遇が違う……なんてこと、実際にもあるのかなぁ
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コメント

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自分の力で

和が心置きなく「BOOZ」を去れる日が来る。

いつかきっと・・・

その時郁は???

いつかの日

yonyonさん、こんばんは

>和が心置きなく「BOOZ」を去れる日が来る。

和が『BOOZ』を卒業する日。
その日が来た時、そばにいるのは?

ということで、さらに続きます。