54 心の奥

54 心の奥



園田先生の『水蘭』は、初回から反響が大きかった。

それに合わせて発表された『水蘭を探せ』の3名もまた、大きな反響を呼ぶ。

中でも、菅沢さんが挑発し、自らの殻を破った高部さんには、

さっそく事務所からの連絡が多数入ったらしい。


「すみません、お忙しいのに。私、自分でどうしたらいいのか困ってしまって」

「困ることはないじゃないですか。
高部さんがこれを仕事としてやってみようと思うのなら、歩めばいいことですし、
思い出として残したければ、断るだけです」

「そうですよね……」


お茶を出した後、私は菅沢さんと高部さんが話しをするソファーから離れ、

いつものように資料チェックをスタートさせる。

隣では、奥の様子が気になるのか、細木さんがそわそわと体を動かして……


「細木さん、気になるのならお話に加わってくればいいじゃないですか」

「ん? いや、いいよ。彼女は郁に会いにきたわけだしさ。
興味本位に座っていると思われてもねぇ」


まぁ、そうでしょうね、やる気を出させたのは、菅沢さんですから。


「でもさ、彼女に声をかけた『DOプロダクション』はいい事務所だよ。
ほら……」

「日向淳平の事務所……ですよね」

「そうそう、よく知っているね、和ちゃん」


えぇ、母が真剣にファンクラブに入ろうとして、

書類を取り寄せた記憶がありますので、覚えておりますとも。

その後、吉野ひかりとのベッドシーンがあって、ショックを受けたらしく、

入るのは見送りましたが。


「グラビアからお茶の間で人気が出て、いつのまにか女優なんてこと、
今じゃ珍しくないからな」

「そういえば、そうですね」


高部さん、本気で頑張るつもりなのかな。

細木さんではないけれど、確かに少し気になるかもしれない。

高部さんはそれから30分ほど菅沢さんと語り、何かを決めた顔で、目の前に現れた。


「ありがとうございました」

「いえ、お役に立てたのかどうか、わからないけれど」

「いえ……」


やるのか、やらないのか、どちらかはわからないが、

あの表情からは、迷いが消えた気がする。

どうしても『BOOZ』に載りたいと言っていた頃に比べたら、

ずいぶん、表情に自信がついたように見えた。


「菅沢さん、約束ですからね」

「うん……」


約束? 二人は何を約束したのだろう。

高部さんは嬉しそうに挨拶をすると、階段を上がり編集部を出て行った。

私は席から立ち上がり、二人分のお茶を片付けにソファーへ向かう。


「あれ? これ……」


ソファーの下に、キラリと光りが見え、イヤリングの片方が落ちていた。

今ならまだ間に合う。私はそれを握り締め、階段を駆け上がった。

高部さんの決定がどちらなのか、聞く立場ではないこともわかっていながら、

でも、どちらにしたのかは、やはり気になった。



……ちょっぴり、約束も。



「高部さん!」

「……あ、飯島さん」


よかった、追いついた。

私はイヤリングの片方が落ちていたことを話し、それを高部さんに手渡した。


「すみませんでした。全く気付かなくて」

「いえ、そういうものですよね、案外」


高部さんはイヤリングを耳につけると、

不動産屋の前で、ガラスを見ながら両耳を確認する。


「高部さん」

「はい」


だめだって、だめだってば私。

立場的に、まずいんじゃないの?


「迷いは消えましたか?」



……あぁ、言ってしまった。

つくづく、自分の好奇心に囲いをつけたくなる。


「菅沢さんって、あらためてすごい方ですね」


そう言った高部さんは、どこか照れくさそうに下を向いた。

私はどう返事をしていいのかわからず、口元を緩めてみる。


「迷うくらいならやめた方がいいと言われました。
誘ってくださった事務所は、悪いところではないけれど、仕事には厳しいそうです」

「それなら、デビューはやめるんですか?」

「やりますよ、私。きっと最初から気持ちは決まっていたんだと思うんです」


高部さんは、撮影の時と同じだったと笑顔を見せた。

菅沢さんの挑発に、すぐ乗る自分がおかしいと笑い始める。


「菅沢さんに、強く言って欲しくて、ここに来たようなものですから」

「強く?」

「女心って複雑ですよね、飯島さん」


高部さんはそういうと視線を『BOOZ』の編集部へ向けた。

建物の中にいるはずの、菅沢さんをじっと見るように。


「菅沢さんとお仕事が出来るなんて、うらやましいです」

「……そうですか?」

「だって、素敵な方じゃないですか。厳しいけれど、優しいし……。
今だって、私が何を言って欲しいのかちゃんとわかっていて、
その答えを出そうとしてくれる」


確かに、菅沢さんへの信頼度は、編集長を始めとしてみんな大きいものがある。

でも……


「すぐに怒りますよ、気に入らないと。それに行儀も悪いですし……。
私なんて何度怒鳴られたことか」

「すぐ近くにいると、気付けないものかもしれないですね、人の魅力って。
菅沢さんを男性として、見たことがないんですか? 飯島さん」



……人の魅力?

近すぎると、見えないものだろうか。



「私、約束をしていただきました。
仕事で、菅沢さんを満足させられるときが来たら、本気でデートしてくださいねって……」

「デートですか?」

「はい」


高部さんは明るく笑顔を見せ、『今度は仕事場で会いましょう』という言葉を残すと、

手を振り、去っていった。





『菅沢さんを男性として、見たことがないんですか? 飯島さん』





高部さんにそう言われたので、私はあらためて菅沢さんを見る。

編集者としては確かに腕もあると思うし、

先輩として尊敬できるところもあると思うが、

男性として見たことがないのかと言われると……




……確かに見たことがない。




うーん……男性かぁ……




「飯島」

「はい」

「何か言いたいことがあるのなら、ハッキリ言えよ。
そんなふうにこっちを見続けていても、俺には念力がないからわからない」

「いえ、別に……」


ううん、別にじゃない。

菅沢さんが、高部さんとの約束を本気で受けたのかどうか、正直気になった。


「約束したんだって、嬉しそうでしたよ、高部さん」

「約束? あぁ……まぁな」


別にどうってことないという表情で、菅沢さんは仕事を続けている。

全然動じてないって言うのも、なんだかスッキリしない。

私は、編集長からファイルに綴じて欲しいと言われた請求書の封筒をつかんだ。


「デートしてあげるんですか、高部さんと」

「……うん」

「本気のデートって言ってましたよ」

「そっか……」


そっか? そうですよ、そう。

高部さんは、菅沢さんの挑発に、本気で答えようとしているんですけど。

あぁ、もう、なんだろう、この封筒。糊付けが頑丈すぎて、取れやしない。


「あ!」


思い切り引っ張ったら、封筒の上部分が完全に破れてしまい、

大事な請求書が、いびつな紙に変化した。



55 代理の旅


封筒は、しっかりハサミで開きましょう。
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