55 代理の旅

55 代理の旅



季節は11月に入った。

先日、編集部に届いた『SC(sweet cute)』をこっそり読んだ私は、

今、若い女性の間で人気があるという美容室へ行き、昨日カットしてもらった。



『自分を磨ける女性には、きっといい運勢がめぐってきます』



その美容師の言葉が気に入って、予約を入れたけれど、うん……

結構似合っているように、自分でも思えてくる。

傘を少しだけあげて、『STAR COFFEE』の前に立ち止まり、ちょっとだけポーズ。



『今度の金曜日、ご予定はいかかですか?』



田ノ倉さんから、お誘いのメールが届き、私はすぐに返信した。

今日はその金曜日。髪の長さが変わったこと、気付いてくれるだろうか。



気付いてくれたら……

嬉しいんだけど。



「おはようございます」

「グォッホン……グォ……」


扉をあけた途端、飛び込んできたのは、

マスク姿でデスクに突っ伏している細木さんだった。

顔も赤いし、これは普通じゃない。


「細木さん、大丈夫ですか? 体調悪そうですけど」

「とどだ……ん」


風邪をひいた声で『のどか』と言われると、

『とどだ』になるということを、初めて知った。

『トド』かぁ……あんまり呼ばれたくないなぁ。


「とどだぢゃん」


細木さんが私に差し出したのはPCで打ち込んだ取材の許可書だった。

千葉にある、今、若い人たちに人気の『ホテル』。

海沿いを走る道に、ほぼ斜めの状態で2軒あり、

互いにサービス合戦を繰り広げ、話題を呼んでいるという。

今回は、ご自慢の設備で客集めを成功したホテル側と、コラボの企画が持ち上がった。

それはここにいる細木さんのアイデアで、グラビアアイドルが一緒に行くため、

もう2週間も前から、力の入った準備をしていたのだけれど。


「だどぶ……」

「頼むと言っているようですよ、飯島さんに」


PC前で、相変わらずマイペースな及川さんが、そう代弁した。

細木さんは気持ちが入りすぎて、体調を崩し、大事な本番に出陣できなくなる。

編集長は大事な打ち合わせがあり、

さらに今日は嫁いだ娘さんが富山から戻ってくるのだと、

ずいぶん前からカレンダーに印がしてあった。



そんなこんなで、白羽の矢は私に向かい……



「よろしくお願いします」

「カメラ機材と取材用の道具、ちゃんと積んだのか」

「はい、細木さんに言われたものは全て積みました」


カメラマンとして最初から同行する予定だった菅沢さんと、急遽代わりを頼まれた私が、

千葉の『ホテル』へ向かって、出発することになった。

海で泳ぐ季節ではないけれど、いつもと違った景色を見ることが出来るのは、

やはり心がうきうきする。

髪の毛を短く軽くしたから、風に吹かれても、顔に張り付くようなこともないしね。

バックミラーに写る菅沢さんと、目が合った。

何度もチラチラとこちらを見てくるけれど、

もしかしたら、私が髪の毛切ったこと、気付きました?


「おい……」

「はい」

「お前、頭……」


うわぁ、気付いたんだ。私のことなんて興味もないと思っていたのに。


「はい!」


なんて言うのかな、ちょっと期待。



「頭をどっちかにずらしてくれ。後ろが見づらい」





……はい?





「バックミラーにお前のにやけた顔した写らないんだよ、
後部座席の真ん中に座っていないで、どっちかにずれろって」



にやけた顔? 失礼なんだからもう!

そうだよね、この人が髪の毛切ったことなんかに、気付くわけないか。



「左にずれまぁ~す」



まぁ、いいや。今日、田ノ倉さんに気付いてもらえたらそれで。

毎日会っていると、人の魅力には気付けなくなるものだと、高部さんも言っていたし。

少し波の荒そうな海を見ながら、私たちの車は順調に『ホテル』へ向かった。





「これが通勤電車ルームです」


ホテルに到着すると、支配人の方が待ってましたとご機嫌に登場し、

日常のなんてことないシーンを再現した部屋を、紹介してくれた。

2人で座るには、少し広めの電車シートが置いてあって、

吊り輪が目の前にぶらさがっている。

それにしても、カップルで『ホテル』に入ってまで、

どうして『通勤電車』なんだろう。


「このスイッチを入れるとね、ちょっと揺らすことも出来るんです」


試しに押したスイッチからは、電車の効果音まで聞こえてきた。

その後も、『教室』だの、『診察室』だの、個性的な部屋の紹介をしっかり受ける。

その部屋にあった、コスチュームも借りられるのが、人気らしい。

一通りの紹介を受けたあと、営業時間がスタートするからと支配人は事務所へ戻る。

私たちは、まだ到着しないアイドル待ちで、『通勤電車ルーム』へ戻された。


「遅いですね、アイドルさん」

「あぁ……ちょっと電話してみるか」


約束の時間は30分も過ぎてしまい、外からはまた、強い雨の音までし始めた。

個性的な部屋でそれぞれ衣装をつけて、ポーズを取ってもらわないとならないのに。


「もしもし、菅沢ですが……」


菅沢さんの表情が変わったのは、それから30秒後のことだった。

頼んだアイドルは無理なスケジュールを入れたため、

遅れた飛行機に乗り、さきほど空港に着いた。

なんとか30分遅れの状態で、今、こちらに向かっているという。

事情を知ったマネージャーは、受話器の前で平謝りをしているようだった。


「冗談じゃない、あれだけ任せてくださいとそちらが言ったんですよ。
あとどれくらいで着くんですか」


外はまた、雨が強く降り出した。もう3日連続で降り続いている。

予定では夕方前に東京へ戻れるはずだったのに、

モデルの子がここに到着するまで、帰ることが出来なくなる。

間に合うかな、田ノ倉さんとの待ち合わせ。

携帯を開いて時間を確認すると、もうすぐ14時になろうとしている。


「雨、やまないですね」

「あぁ……」


普段の編集部なら、無言のまま座っていても別にどうってことないのに、

ここが『ホテル』で、『カップル』でもない関係のふたりが同じ部屋にいること自体、

妙な気がしてしまう。

それでも、ここを出て行くわけにはいかないし……


「なんでしたっけ、このボタン」

「あ、飯島、それ押すな」




押すなと言われても……

今では遅すぎる……




電車の発車ベル、ガタンゴトンという車輪の音。

そして……


「あ……そうでした。座席が揺れるんでしたね、これ」

「だから押すなって言っただろうが……」


心地よい揺れだと、支配人さんは説明してくれたけれど、

結構たて揺れが大きいです。



56 水の音


実際に、そういうお部屋があるそうです!
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コメント

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仕事ですから・・

縦揺れはどんな気分になるのかな?

まさかここから出る二人を偶然諒が見つける。
なんて事は無いですよね。

はい、仕事です

yonyonさん、こんばんは

>縦揺れはどんな気分になるのかな?

ねぇ……そこまでは調べられなかったです。・
でも、そういう工夫(?)をこらした部屋が、今は色々とあるそうで。
私も、ネットで調べて知りましたが。

さて、諒が偶然見つけるのかどうか……
答えられませんが、お話はこれからグッと動きますよ。