57 心のこし

57 心のこし



私たちが聞いたのは、海の音でも水道管の破裂した音でもなく、

3日間振り続いた雨のおかげで、山の細い木々が流され、道を塞いだ代わりに、

処理出来なくなった排水場所から水が流れを変えて、

『ホテル』の地下駐車場に入り込んだ音だった。


「見事に水につかってますね」

「参ったな……これじゃ、エンジンがかからない」


菅沢さんが運転してくれた車は、車体の半分が水につかり、

すぐに運転できる状態ではないことがわかった。

地元消防団が出動し、詰まってしまった排水溝の木々をどけ、また水は正常に流れ出す。

『ホテル』は傾斜を利用して立っているため、

そのまま水が室内に流れ込むことはなさそうだった。

支配人さんは、私たちの他に『ホテル』を利用していた客に声をかけ、

事情を説明している。


「すみません支配人、今ならタクシーを呼べますか」

「あ、はい、呼ぶことはできますが……」

「飯島、お前は先に東京へ戻れ」

「菅沢さんはどうするんですか?」

「俺はここに残る。モデルの子も向かっているし、
室内に問題はないから、撮影は予定通りするつもりだ」


『BOOZ』の締め切りは迫っている。

確かにまた予定を組みなおして、ここで撮影をし直すのは難しいだろう。

抑えているアイドルのスケジュールも、詰まっているはずだ。


「それなら私も残ります。仕事ですから」

「いや、これだけの雨が降っているんだ。
今度はどこかで土砂崩れがあるかもしれない。それこそ出られなくなったら困るだろ」


確かに、菅沢さんの言うとおりだった。

外を見ると、午前中に比べて雨足が弱くなった気はするが、

振り続いた雨の影響で、地盤は最悪の状態だろう。


「でも……」

「でもじゃない。撮影したカメラのデータは、もう信長に送ったから、
先に記事を作り始めてくれ。後からモデルの写真を送るから」

「でも……」

「同じ言葉を繰り返すな。本来お前はここに来る予定じゃなかっただろ、
他にやる仕事もあるし、もし、約束でもあるなら、間に合わなくなるぞ」




あれ? どうして約束があること知っているんだろう。

私、車内で念仏のように唱えていましたか?




「どうして……それ」

「髪形変えてきて、車の中でもニヤニヤさわってばかりいれば、
何かあることくらいわかる」

「ニヤニヤしてましたか?」

「あぁ、してた。ウザイくらいに」


ひとつひとつ失礼だなぁ……もう。

あ、それでも『髪型変えた』って、気付いてくれている。


「そうなんですよ、この髪型なんですけど、あの……」

「さっさと帰る支度をしろ。タクシーが来るぞ」




……はい。




こういう状態の菅沢さんに逆らってはいけないことくらい、私だってわかっている。

人気の美容師に切ってもらった話もしようとしたけれど、

それどころじゃなさそうだ。

私はおとなしく荷物をまとめ、タクシーに乗り込んだ。


「それじゃ、よろしくお願いします」

「菅沢さんも、気をつけてくださいね」

「そんなこと俺に言われても、空に向かって言ってくれ」

「まぁ、そうですけど」

「お前こそ、浮かれて大事なものを落とすなよ」

「浮かれてませんってば」


渡さなければならない資料の束は、バッグの一番下に押し込んだ。

タクシーの扉が閉まり、車は駅に向かって発車する。


「お客さん、よかったよ、今帰って」

「どういうことですか?」

「ここら辺は地盤が昔から弱いんだ。ここ何年か必ずどこかで地すべりが起きている。
下手したらまた、ここら辺も崩れるんじゃないかな」

「崩れるんですか?」


菅沢さんが残った『ホテル』がだんだんと小さくなった。

そういえば、私の乗ったタクシーの他にも、何台か客を乗せてすでに出発している。

本当にこのまま帰ってよかったのだろうか。




……もし、崩れて道が塞がれてしまったら。




『約束でもあるのだったら、間に合わなくなるぞ』




私に約束があるから、だから先に帰してくれたんだろうか。

細木さんが来る予定だった仕事、

モデルも遅れているし、

確かにいても私が残っていても役には立たなかったかもしれない。

それでも私……





菅沢さんに甘えて、先に戻ってよかったのだろうか。

タクシーが前へ前へと進むたび、私の心の中は、

もやもやした思いでいっぱいになった。



58 雨の夜


だいたい、人に代わって何かをすると、何かが起こる……よね
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何かが?

ナイショコメントさん、こんばんは

>残してきた郁が気になる和。
 こういう時って、何かが起きそうですよね。

何かが起きるかもしれませんね。
続きも、どうかおつきあいください。