58 雨の夜

58 雨の夜



タクシーで最寄り駅まで戻ると、駅はすでに混乱状態だった。

急行はダイヤ通りに動くことは出来ずに、

あふれた乗客たちが携帯片手に、あちこちに連絡を取る。

私もとりあえず編集部へ電話をかけた。


「もしもし、飯島です」

『おぉ、飯島さん。どうだ、そっちは……。
なんだかすごいことになっているらしいな』

「はい、雨が予想以上に振り続いていて、道路の状態も最悪です」

『みたいだな、土砂崩れの警報が出ている』

「崩れたんですか?」

『いや、崩れてはいないが、千葉県のあちこちで、
この時期の雨量最高記録だって、ニュースでも言ってるよ』


体調不良で早退した細木さんを除き、

編集長と及川さんはいつものペースで仕事を続けていたようだった。


「とりあえず、乗れる電車に乗って、編集部へ戻りますので」


私はバッグを今一度しっかりと握り、駅の改札を通った。





次の電車が5分後の到着であることを知り、菅沢さんの携帯を鳴らす。

呼び出し音が4回鳴った後、いつものように面倒くさそうな声が聞こえてきた。


「菅沢さん、駅まで戻りました。そちらは撮影始まりましたか?」

『いや……まだ、到着しない』

「まだ? まだなんですか?」


電話があってから、とっくに1時間以上が過ぎている。

全くもう! いい加減なことをするにもほどがある。

誰だっけ? モデル、もう二度と使わないんだから。


『雨はずいぶん弱くなったから、こっちは気にせずに次のことをしてくれ』

「わかっています」


受話器の向こうからなにやら音がし始め、モデルが到着したと報告が入り、

菅沢さんは電話を切った。

これから撮影を開始して……終了は……



19時過ぎになるんだろうな。



そこから駅に戻り、『BOOZ』の編集部へ戻るとなると、

おそらく22時は過ぎてしまう。

直線の線路の端から、ライトをつけた電車の姿が見え始め、

私は携帯をしまうと、バッグをあらためて肩にかけた。





私が『BOOZ』の編集部へ戻ったのは、19時少し前で、

バッグの奥に押し込んだ資料を取り出し、

すでに誌面の構成へ入った及川さんに手渡した。


「郁は一緒じゃないのか」

「モデルの子が、前の仕事で遅れてしまって。菅沢さんだけ残ったんです。
ホテルの駐車場に水が流れ込んでしまって、車もすぐにつかえない状態で」

「それだと、機材もパーか」

「いえ、機材は菅沢さんが室内へ運んでいましたから大丈夫です。
遅くなるとタクシーが動かなくなると困るって、私だけ先に……」

「そうか、あいつも早く戻るといいんだけどな」

「私が駅についたとき、モデルが到着したと言ってましたので、
そろそろ撮影も終わる頃だと思うんですけど……」


外は雨。菅沢さんを向こうに残したまま、時計は正確に針を刻む。

私は、携帯電話を握り締め編集部を出た。

斜めに立つ本社ビル。田ノ倉さんはきっとそこにいるだろう。

帰り道、迷う心もあったのは事実。

忙しい仕事の合間に、時間を作ってくれた。

でも、編集部へ戻ってみると、その迷いはすっかりと消える。

田ノ倉さんは忙しいはずだけれど、メールで伝えるのは失礼だよね。


「もしもし……お忙しいところすみません、飯島です」


今日の食事会は中止にしてもらおう。

だって、菅沢さんが現場から戻らないのに、

自分だけ先に解放されて、のんびり食事を楽しむ気持ちにはなれない。


『千葉の『ホテル』に?』

「はい、モデルの到着が遅れてしまって、しかも、車が動かないんです」

『それは、大変ですね』

「すみません、せっかく誘っていただいたのに」

『いえ……飯島さんの気持ちは、理解できますから』


よかった……田ノ倉さん、怒ってはいないみたい。

優しい言葉にほっとしながらも、私はその場で何度も頭を下げた。

見えないだろうけれど、気持ちだけは伝わって欲しい。

あなたと食事をすること……私はとても楽しみだったんです。

自分から電話をしたのに、まだちょっぴり心の中に、残念……が漂っています。



時計は20時を回る。

編集長は、本社ビルで行われている会議から、まだ戻ってこない。

及川さんは全ての仕事を終えて、20時の時報とともに編集部を出た。

私は……



「はい、『BOOZ』編集部です」

『……ん? その声は飯島か? お前まだいるのか』

「はい、終わりましたか? 仕事」

『あぁ、なんとか終わった。今、駅まで戻ってきている』


電話の相手は、菅沢さんだった。

よかった、仕事終わったんだ。


「それで、雨は」

『大丈夫だ、降っているけれど、ずいぶん勢いは落ちたから』



よかった……



「あ……」

「郁、すぐに戻れ。待っているから……」


私の受話器を奪い取り、菅沢さんにそう告げたのは田ノ倉さんだった。

受話器の向こうから、菅沢さんの声がガンガン聞こえてくる。


「うるさい声だなぁ……」


田ノ倉さんはそう言いながら、

びっくりしている私に向かって、笑顔でウインクをしてくれた。



59 つなぐ気持ち


思いがけない訪問者、さて、何かが起こる?
和の『ケ・セラ・セラ』 な毎日を、応援してください。
本日も励ましの1ポチ、よろしくお願いします ★⌒(@^-゜@)v ヨロシクネ♪

コメント

非公開コメント

牽制球?

郁への申し訳なさから戻るかな?と思ったけど、
戻らなかった。
ちゃんと帰ることがこの際大事。

でもデートには二の足踏んだね。仕方ないか・・・

そこに現れる??何かキャッチして牽制球かな?

投げた……かな?

yonyonさん、こんばんは

>そこに現れる??何かキャッチして牽制球かな?

和がなぜ、お断りしたのかわかったうえで
編集部を訪れた諒。
さて、何か球を投げるのか……は、
続きます。

どちらが好み

yokanさん、こんばんは

>髪型のことわかったんだ、菅沢さん、鋭いな~
 テラスの君はどこまでも優しいし、気遣い野郎だよね^^

はい、郁は言葉はきついけれど、実は優しさも持っていて、
諒はそれを隠さずに出すタイプです。

和には、どちらが響くのか……