59 つなぐ気持ち

59 つなぐ気持ち



田ノ倉さんは、いつものような優しい笑顔を見せ、

受話器越しに文句を言う菅沢さんと会話をする。

どうしてここに来てくれたのだろう。

編集長にでも、用事があるのかな……


「あぁ、もういいよ。とにかく、早く戻って来い」


田ノ倉さんは、私から奪った受話器を置くと、

向かい合うように、菅沢さんの席へ腰かけた。

重なる視線に負けた私は、つい下を向いてしまう。


「突然お邪魔してすみません、ご迷惑ではないですか?」

「いえ、迷惑だなんて……でも、編集長は本社の会議に……」

「いえ、秋田編集長に用事があるわけではなくて……」


編集長に用事がないのなら、田ノ倉さんの用事はなんだろう。


「飯島さん、髪の毛、短いのも似合いますね」

「本当ですか?」

「はい」


気付いてくれた。髪の毛、切ったこと。

『似合いますね』って言ってくれた。

嬉しい! この言葉を聞きたかったから。


そうだ、思い切って長いのと、どちらがいいですかと聞いてみようか、

でも、田ノ倉さんはきっと、どちらでもいいと言ってくれそうな気がする。


「飯島さん、夕食まだですよね。何が食べたいですか?
もし、僕に任せていただけるのなら、寿司でも取ろうかと」

「ここにですか?」

「はい……」



編集部にお寿司?

何か、お祝い事でも、ありましたっけ。



「飯島さんが、僕との食事会を中止にしたのは、
郁が仕事から戻らないのに、編集部を離れるのが嫌だったからですよね。
それならば、僕がここに来ることで、問題は解決するとそう思いました」


田ノ倉さんは、ここで食事をしながら菅沢さんの帰りを待とうと提案してくれた。

一人で待つのだろうと思っていたけれど、なんだか嬉しい。


「すみません、私のわがままで。
やることは全て終えたので、待っていても仕方ないんですけど、
どうしても、先に帰ってきてしまったことが気になって」


この約束に薄々気付いてくれた菅沢さん。

今頃まだ、電車の中だろう。

本当だったら車で戻れたのに、機材だって重いはずだ。


「どうせ、ここで待っていても、戻ってきてから迷惑顔されて
『先に帰した意味がない』とか、嫌味を言われると思うんですけど、それでも……」

「いえ、そんなことはないと思いますよ。
誰かが待っていてくれることは、嬉しいことですから」

「そうですか?」

「少なくとも、僕はそう思います。誰もいないところに戻るよりも、
灯りがついていた方が、ほっとするものでしょう」


田ノ倉さんは、菅沢さんが嫌味を言うのなら、

むしろ勝手に待っている自分に対してだろうと、笑顔を見せてくれる。

よかった……

その田ノ倉さんの笑顔に、私の心までほっとします。


「では、寿司を取ります。どうせ郁も、何も食べずに戻ってくるのだから、
アイツの分も取ればいいですね」

「……はい!」


田ノ倉さんが1時間後に『寿司』が届く注文をした後、

私たちは近くのコンビニへ足を運ぶ。



雨上がりの道を、並んで歩く……

それだけで、嬉しい。



店内には、雨上がりを待っていたのか、いつもより多めの客が歩いている。


「何を買いますか?」

「はい、お茶とコーヒーと……あと」


私は、レジ近くにあるお弁当売り場に向かい、『たこやき』を手に取る。

これがあると、菅沢さんの機嫌がいい。


「たこやき?」

「はい、前に私が失敗したとき、これをご馳走してもらったんです。
菅沢さんの好物らしいですよ、だから買っておこうかなと。
なんていうんですか? 色々な意味で、怒りのスイッチが入らないように防止しないと」

「そうですか、これで郁のスイッチがね」

「はい」

「覚えておきます」


適当な飲み物と、細木さんに普段から分けてもらう『ポッキー』の替えをカゴに入れる。

そうそう、飴もまた、瓶に入れておこう。

『BOOZ』編集部、タバコを吸う人がいないから、

みんなの眠気覚ましにもなるんだよね。

あれこれ買っていたら、ビニール袋は2つ。

重たい方は田ノ倉さんが持ってくれて、私の手には軽いお菓子。


「すみません、すっかり田ノ倉さんが荷物持ちになってしまって」

「飯島さんは、『BOOZ』のメンバーのことを、よく見ているのですね。
買い物に迷いがないから」

「見ているというか、毎日一緒にいますから、自然と覚えました。
細木さんが『ポッキー』好きなことも、
及川さんがアイスはバニラしか食べないことも……」

「郁が、『たこやき』を好きなことも……」

「はい」


すっかり上がった雨が、道路に作った小さな水たまり。

ライトに光って、キラキラと眩しく見える。


「田ノ倉さんが、『STAR COFFEE』のラテを好きなことも知ってます」


そう……私は知っています。

『BOOZ』メンバーのように、毎日会えるわけではないけれど……

あなたにたいしてのアンテナは、しっかりと張っているんです。


「『ベジタブルサンド』のトマトが、オプションなことも……」


田ノ倉さんの『ベジタブルサンド』がオプションなことも知っている。

私も同じように『ベジタブルサンド』を注文したら、

以前見た田ノ倉さんのものよりトマトが少なくて……


「どうしてそれを?」

「店員さんに聞いたんです。
私が見た『ベジタブルサンド』はトマトがもっと多かったんですけどって。
そうしたらオプションだと教えてくれて……」


少しでも田ノ倉さんに近付きたくて、つい聞いてしまった。

どんなものを食べて、どんなものを飲むのか、

『美味しいですね』の会話を、同じテーブルですることが楽しみで……

同じものを食べているだけで、何か一つ共通点を持てた気がするから……


「それからずっと、私もトマトはオプションです」


田ノ倉さんの表情が優しい笑顔になり、

ほんの少しだけ後ろを歩いていた私が追いついた。

空いていた私の左手を、田ノ倉さんの右手が誘うようにつかんでくれる。



……一緒に歩きましょうって。



「雨……上がりましたね」


もうわかっていることなんだけど、無言でいるのが恥ずかしくて、

おかしいことも気付きながら、ついそう言ってしまった。

それでも、つながれた手は、離したくない。

田ノ倉さんもそう思ってくれたのか、互いの手の平はさらに強くしっかりと重なった。





「うまいね、このウニ」





秋田編集長が戻ってくることを、すっかり忘れていた。

コンビニから帰ってくるたった5分の道は、とってもいい雰囲気だったのに、

現実は小説のように、うまくは流れないらしい。



60 幸せ論議


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コメント

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ポワポワ❤

あ~~ん良い雰囲気じゃないですか^^

このまま一気に?とは行かなそうね。

『編集長!ウニは私の!!!!』と心で叫んだ?

ウニ、どうぞ

yonyonさん、こんばんは
ごめんなさい、昨日はUPだけして、
PCから離れちゃったの。

>あ~~ん良い雰囲気じゃないですか^^

えへへ……そうでしょ。
諒から来てくれたんだもの、和も嬉しいはず。
まぁ、ハチ公が残っていたことは、予定外だけどね(笑)

ウニ、私は苦手なんです。
父の田舎から送ってくるけれど、食べない……