60 幸せ論議

60 幸せ論議



撮影から戻らない菅沢さんを待とうと、田ノ倉さんがお寿司を取ってくれた。

コンビニに一緒に出かけて、手を握り合って歩いて、

ほんのりと幸せ気分だったのに……

お寿司が到着する前に、戻ってきたのは菅沢さんじゃなくて、編集長。


「秋田編集長は、ウニがお好きなのですか?」

「いや、僕はタコが好きだな」


それならどうして、一番にウニを取ったんですか?

行動と言葉が、かみ合っていませんよ、編集長。


「それでは、タコもどうぞ」

「悪いねぇ、田ノ倉君」


悪いと思うのなら、適当なところで帰りましょう。

確か今日は、嫁いだ娘さんが戻ってくると、今朝、そう言っていませんでしたか?

だから私が、急遽、千葉へ行ったはずでは。

あぁ……もう、サーモンにまで箸を……


「編集長、そういえばお孫さんお幾つでしたっけ?」

「ん? 孫? あぁ、ターちゃんはもうすぐ3歳だって……
おぉ! そうだった、そうだった、今、何時だ、悪いね田ノ倉君、
せっかく誘ってもらったのに、今日は早く帰らないとならなかったんだ」


ふぅ……ようやくこの状況に気付いてくれた。

編集長、しっかり念を押しますけれど、

私も田ノ倉さんも編集長をお誘いした覚えはありません。


「もうしわけないなぁ。なんだか食べるだけ食べて、逃げるみたいだ」


その通りです!

しかし、これ以上いられても困りますので。

逃げてくださって結構です!


「編集長、電車に傘を忘れないでくださいね」

「おぉ!」


それからも付き合えないことを何度も謝罪し、編集長はやっと帰宅した。





時間はそろそろ22時。

菅沢さん、順調に戻って来ているんだろうか。


「田ノ倉さん、お茶、入れましょうか」

「はい、お願いします」


編集長が帰ってくれたらと思っていたのに、二人になったら別の意味で緊張する。

静かにしていると、田ノ倉さんの息づかいまで聞こえそうなんだもの。


「この間は、お母さんとゆっくりお話が出来ずに残念でした」

「あぁ……いえ、いいんです。勝手に田舎から出てきて、編集部に挨拶して、
本社が見たいって言うものですから……
こちらこそ、仕事のお邪魔して申し訳なかったです」


『SLOW』の作者と、畑山宗也の対談。

あれから電話がかかってきて、どうだったのかしつこく聞かれたんだよね、お母さんに。

こんなに母が、ミーハーだったとは、思わなかったわ。





「僕は今まで、本当の意味で、自分が幸せだと思ったことがなかった気がします」





田ノ倉さんの視線は、菅沢さんの机に向けられている。

置いてあるのは、なんてことのないノートと、菅沢さんが好きな小さい鉛筆。


「どういう意味ですか?」

「ご存知の通り、僕は兄と年齢が離れています。
なので、父も母もとにかく僕をかわいがってくれた。
おもちゃだって、欲しいといえば、次の日必ず目の前にあったような環境で、
いつの間にか、受け入れることが当たり前だったような気がします」


生まれた時から、大きな会社の社長の息子であり、

恵まれた才能と容姿で、うらやましがられることも多かっただろう。

それなのに『幸せ』を感じたことがないなんて……


「それは、幸せではないんですか? 欲しいものが手に入るのは……」

「小さい頃はそうだったのでしょうね、
周りも同じような環境を持つ子供ばかりでしたので。
でも、簡単に手に入ることは、当たり前だと思えても、それを幸せだとは思えなくなる」


そうなのかなぁ……

私なんて、欲しいものがあると、何度もウソ泣きして、必死に抵抗したっけ。

そうそう、犬を飼って欲しいと言ったときなんて、父も母も相手にしてくれないから、

冷蔵庫や洗濯機に、ちらしから切り取った犬の写真を、のりでベタベタに貼り付けて、

それで怒られた思い出がある。



でも……

その後、父がご近所から子犬をもらってきてくれた時、

思いが伝わったことが嬉しくて……



「以前の僕なら、飯島さんの断りの電話に、なんの疑問を持つことなく、
家に戻ったでしょう。『ダメだと言われた』、
それならばまた会えるときに会えばいいと思ったはずです。
でも……今日はそう思えなかった」


田ノ倉さんはデスクの上にあった、菅沢さんの鉛筆を、横の筆立てに入れた。

コトンという音だけが、編集部に響く。


「飯島さんと会うための方法は、他にないだろうかとそう考えていました。
洒落たレストランなどなくても、食事は出来るはずですから」


田ノ倉さんはそういうと、寿司桶を指差して笑ってくれる。


「こんなふうに食事をするのも、いいものですね。
いや、逆に店員に急かされることもないから、気持ちも楽ですし……」


田ノ倉さんの笑顔に、私も顔がほころんでいく。

そう、こんなふうに一緒にいられたら、それだけで十分。


「飯島さんに言われた『ケ・セラ・セラ』、いい言葉だと思いながら、
なかなか自分に取り込めなかったのですが……今日はそれを実行出来た気がします。
行動さえ起こせば、なるようになるものですね」




『ケ・セラ・セラ』

本当だ……

前向きに行動してみれば、なるようになる……




「あと10分もしないうちに、きっと郁が戻りますよ」

「どうしてですか?」

「理由はありません。ただ、そう思うだけです」


笑顔の田ノ倉さんが言うとおり、

それから5分もしないうちに、菅沢さんが疲れた顔で編集部に戻ってきた。

私は予想通りの展開に笑い出し、

田ノ倉さんは戻って来た菅沢さんに、子供の頃から好物だという『えび』を勧めた。



61 あなたのこと


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コメント

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幸せ度

郁はエビが好きなのか~
って感心するとこはそこじゃ無い!

不自由が無い生活を、不自由と感じるようになった。
それを幸せに思う。そんな諒の感性がいいですね。

和と居たいと思う気持ちが前向きなのは良いですね❤

私もエビ好き

yonyonさん、こっちもこんばんは

>不自由が無い生活を、不自由と感じるようになった。
 それを幸せに思う。そんな諒の感性がいいですね。

諒にとっての幸せ。
それは、『自分で選ぶこと』なのかもしれません。
さて、その想いは……

No title

今回のすしのシーンも楽しい。ももさんの作品群のいとしLilyに似ているのかな?お笑いで。 ずうーっっと通わせていただいてます。 たまにしかお礼が言えなくてごめんなさい。 いつもありがとうございます。 今回はかなり好みです、登場人物みんな個性がありすぎで(笑)

こちらこそ

haruさん、こんばんは

>今回のすしのシーンも楽しい。
 ももさんの作品群のいとしLilyに似ているのかな?

あはは……似てますか?
個性的な面々を動かすのが楽しくて、回数ばかりが増えていますけれど、楽しんでもらえているのならよかったです。

これからまた、話が大きく動きますので、
個性的な彼らの動きを、追いかけてやってください。