61 あなたのこと

61 あなたのこと



私と田ノ倉さんが揃って待っていたことに、

一瞬驚きの顔を見せた菅沢さんだったけれど、

本当に好物なのか、勧められるままお寿司の『えび』をつまんで食べる。

それはお腹空いていますよね、ずっと食べる暇もなかっただろうし。


「うまいな、この寿司」

「そうだろ、本通りの交差点を、少し入ったところにある小さな店なんだけど、
『SOFT』編集部の会議では、よく取るんだ」

「ほぉ……さすがに看板編集部だな、予算も多い」


菅沢さんはそう文句をつけながらも、今度はまぐろを口に入れる。

田ノ倉さんは、菅沢さんの嫌味にも余裕の顔。


「飯島さん、思い出話を聞きますか?」

「思い出話? はい、聞きます」

「まだ、僕達が小学校にあがったくらいのときです。
親戚が家にあつまる行事があって、
同じ年だった僕と郁はテーブルの隅に座っていました」


同じ年……

あ、そうだ、そう聞いた覚えがある。

それにしてはいつも、菅沢さんが威張っている気がするけれど。


「寿司桶の隅に、付け足し用のわさびが小さな山になっていて、
郁はそれを僕のまぐろの下に入れました。僕はそれを知らずに食べてしまって、
大変なことになって……」

「わさびの山を? うわぁ……ひどい」

「普通は気付くんだよ、どう考えたって赤身の下が盛り上がっているんだから、
それを諒は何も疑わずに口に入れるから、そうなったんだ」

「いや、その行動を普通と言うな、普通はそういうものを入れられると思わないだろう」


まっすぐに人を見る田ノ倉さんと、少し斜に構える菅沢さん。

幼い頃から同じだったと思うと、なんだかおかしくなる。


「笑うな飯島」

「いいじゃないですか、笑うくらい、ケチ!」


菅沢さんは適当にお寿司をつまんだ後、

私が買ってきたたこ焼きのパックを手に取り、レンジに入れた。

冷たいお茶が必要な気がして、グラスに注いで菅沢さんの前に置く。

その後、『夢尾花』先生からの連絡のこと、『水蘭』の次号打ち合わせの件など、

報告しなければならないことが、菅沢さんの顔を見るたびに、あれこれ浮かんだ。

レンジがチンと音を立て、美味しそうな湯気が上がる。


「それと……」

「お前、全部吐き出そうとしているだろう。こっちに押し付けるなよ」

「押し付けてなんていませんよ、
秋田編集長から、菅沢さんが戻ったら伝えるように言われたことばかりです」

「ったく……どっちが編集長だ、ハチ公め」


私と菅沢さんの会話を、田ノ倉さんは黙ったまま聞いている。

『SOFT』のように、右から左へ順序良く流れる仕事とは違う、

ドタバタ感がそこにある。


「はぁ……もう11時近いじゃないか。とんだ一日だった。
諒、あとは片付けておくから、お前、先に飯島と出てくれ」

「何かあるのか?」

「いや、ないけれど……」

「それならお前も送るよ。飯島さんと近いだろ」

「やめてくれ気持ちが悪い。お前の車で送ってもらうなんて、寝つきが悪くなりそうだ」

「本当に失礼ですね、菅沢さん。どうしてそういう言い方になるんですか」


たこやきに楊枝を挿して食べようとした菅沢さんから、

間一髪のタイミングで、取り上げた。

全くもう、人の優しさを素直に受けられないにもほどがある。


「何するんだよ、返せ」

「これは私が買いました」


この行為が大人気ないことだって、それはわかっている。

でも、目の前の相手も、最強に大人気ないのだ。


「飯島さん、行きましょう。家まで送ります」

「田ノ倉さん……」


田ノ倉さんは席を立つと、使っていた紙コップを右手で握りつぶしゴミ箱へ入れた。

私の視線がそちらへ向かっていた隙に、菅沢さんはたこやきを奪っていく。

取り返そうと思ったが、これ以上やりあうのも無意味な気がして、

私は菅沢さんの分のお寿司をお皿に移し、寿司桶を軽く洗った。





結局、菅沢さんを編集部に残し、私は田ノ倉さんに家まで送ってもらうことになった。

信号が並ぶ場所で自然に渋滞が出来、赤いライトが並んで光り、

また同じように消えていく。


「すみません、また険悪な雰囲気にしてしまって。
ケンカするつもりはないのに、つい、余計なことを互いに言うようで……
あのまま会話を続けていたら、また睨みあっていた気がします」

「園田先生が言っていましたよ。
田ノ倉さんと菅沢さんは、互いに一番認め合っていて、
だから、いくら口で反発していても、問題ないんだって」


浮いたような褒め言葉ばかりが、相手を思う気持ちではない。

そんな二人の関係が、少しずつわかりつつある私。


「確かに郁の実力は、僕も認めています。
あいつが僕を認めているかどうかは、わかりませんが……」

「認めていますよ。以前、そう言っていましたから」


津川家からの道で、田ノ倉さんのことを語ってくれた菅沢さんの目は、

とっても優しかった記憶がある。


「あいつも、話しやすいのでしょうね、飯島さんには」


田ノ倉さんの声は、少しだけ小さくなった。

答えるべきなのか、どうなのか、私は迷ったままになる。


「本音を言うと、郁を刺激するのは、怖くもあります。
でも……そうしないと、本当に前には進まないのだと、近頃思うようになりました」


菅沢さんを刺激することが怖いという表現は、私の心にどこかひっかかった。

でも、その疑問符を解決するために、何を聞いたらいいのかわからない。

『森山駅』を通過し、そろそろ津川家が見えてくる。

公園の道の横で、田ノ倉さんがブレーキをかけた。


「飯島さん」

「はい」

「一つだけ聞いてもいいですか?」

「……はい」


田ノ倉さんの顔が、助手席に座る私の方を向いた。

私はせっかくの言葉が抜けていかないように、両手を軽く握り締める。


「食事を中止して、郁を待とうとしたのは、仕事のことだけですか?」


田ノ倉さんの言葉の意味が、半分くらいしかわからなかった。

わからないまま答えるには、難しく……


「いや、こんな聞き方をすべきではないな」


田ノ倉さんは少し恥ずかしそうに口元をゆるめ、小さく息を吐いた。

ふぅ……という音が、私の耳をかすめていく。


「郁を心配する、飯島さんの思いが気になるのです。
あなたのことが、好きだから……」




……好き?

これって、告白してくれているんですか?

心臓が最高潮に動き出して、息苦しくなりそうなくらいなのに、

呼吸はなぜかゆっくりとしかできなくて……バランスが崩れそうになる。


「飯島さんがそばにいてくれるだけで、僕は『幸せ』を感じることが出来ます。
だから……」


この日のために切った私の髪の毛に、田ノ倉さんの指が触れて……

おでこにかかっている前髪が、左の指にどかされてしまう。


「この思いが、あなたの心に届いてほしい……」


『この思い』……そう表現してくれた田ノ倉さん。

私のおでこに届いたのは、優しいぬくもり……



……心臓、止まりそう。



「ごめんなさい、僕は飯島さんを困らせているようですね」



違う……

困っているわけじゃないんです。

こんな日が、今日来るなんて、全く思いも寄らなくて……

どうして言葉にならないんだろう。

今言わなくちゃ、大事なことだもの。



「私も……」




サイドブレーキを外そうとした田ノ倉さんの動きが、一瞬止まる。

正直に、心のままを言えばいい。




「初めて、屋上で会ったときから……」




あなたが好きです……




そう言おうと思ったのに、その言葉は私の唇を通過することなく、

田ノ倉さんにさえぎられてしまう。




『ありがとう』という、優しいキスに……



62 ぬくもりの後


こういったシーンを書く時は、前後左右を気にしながら……byももんた
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いやぁ……

ナイショさん、こんばんは

>読み始めからずっと、諒ファンの私。
 ここで終わって欲しいと叫んでいます。
 だって、ももんたさん絶対にこのまま終わらないもの

あはは……それは申し訳ない、
そうなんです、まだ終わりません。
自分が予定して書いている内容の、半分くらいまで到着した気分です。
なんせ、脱線しながらなので……

まぁ、お気楽にお付き合いくださいませ。