62 ぬくもりの後

62 ぬくもりの後



津川家の少し手前で、私は車を下りた。

以前のように陽くんが出てくることはないけれど、

田ノ倉さんも、今日の状況で津川家の二人に会うことは、避けたかったかもしれない。


「おやすみなさい」


優しい言葉を残し、田ノ倉さんの車が遠ざかる。

私はエンジンの音を耳で聞きながら、静かに扉を開け、リビングへ入った。


「和ちゃんお帰り、ずいぶん遅くなったのね」

「うん……ただいま」

「なんだ和、お前飲んできたのか、顔が赤いぞ」


うわぁ……まずい。

お酒なんて飲んでいないのに顔が赤いってことは、それって……


「うん、ちょっと飲みすぎた……かな?」

「お酒? それにしては、目がトロンとしていないけど……」


敦美おばさん、観察力鋭すぎ。お母さんが言ったこと、ちゃんと覚えてるよ。

とりあえず適当にその場から離れ、2階へ駆け上がる。

和室のふすまを閉め、鏡を出して自分を映してみた。


「耳まで赤いじゃないの、私」


思いがけない田ノ倉さんの告白と、思いがけないキス。

正月とお盆とクリスマスがいっぺんに来たくらいの衝撃に、

私の心臓は、冷静さを保つことなど無理だった。

それでも鏡に映った自分の顔を見ながら、嬉しさは抑え切れない。



あの田ノ倉さんが、私を好きになってくれた。

好きだと言ってくれた。

こんな奇跡のようなことがあるなんて。


「そうよ、そう、きっとそう!」


『SC(sweet cute)』の表紙を開き、カリスマ美容師の言葉を指でなぞる。



『自分を磨ける女性には、きっといい運勢がめぐってきます』



「あなたに髪を切っていただいて、運がめぐってきました、ありがとうございます!」



『SC』を目の前に立て、しっかりとお辞儀する。

聞こえることはないだろうけれど、今日の私は全ての人に感謝したいような、

そんな気分だった。





「うーん……もう!」


この髪型、お風呂上りに相当頑張らないと、寝起きは最悪だ。

飛び跳ねているし、まとまらないし。

リビングの時計を見ると、いつも出発する時刻が迫っている。

あれこれ工夫を凝らし、急遽シュシュで格好をつけると、そのまま津川家を飛び出した。

駅の改札を通り、『STAR COFFEE』に飛び込む。


「カフェラテのMを」


注文を終えて、何気なく店内に目を向けると、

以前会った『映報』のお嬢さんと、向かい合っている田ノ倉さんがいた。

目を合わせてくれたのは実玖さんの方で、私はとりあえず頭を下げる。


「はい、お待たせいたしました」


田ノ倉さんは気付いていないんだろうな。

昨日の今日だし、なんだか照れくさくもあるし、このまま店を出ようとしたとき、

軽く背中を押されるような感覚があった。


「おはよう」

「あ……おはようございます」

「実玖が頭を下げたので、振り返ってみたら飯島さんでした」

「すみません、お話中なのに」

「いえ……」


どうしよう、私、田ノ倉さんの顔を、まともに見ることが出来ない。


「あとで『BOOZ』に伺います。今日は外出予定がありますか?」

「『BOOZ』にですか? 何か」

「今は教えません。後で教えます」


軽く指を口元に置き、楽しそうな笑顔を見せると、

田ノ倉さんは実玖さんが座る場所へ戻っていく。

その時、また私の視線と実玖さんの視線が重なったので、

もう一度あらためて頭を下げた。





今日は、最新号の誌面構成を決定する会議の日だった。

編集長も参加し、時々的の外れた質問をしては、菅沢さんに怒られている。

本当に『BOOZ』は菅沢さんがいないと、成り立たないんだな。

私の頭は誌面を見ているが、二つの目だけはすぐに時計へ向かう。



『今は教えません。後で教えます』



田ノ倉さん、いつ編集部へ来るのだろう。

隠された話って、なんなんだろうな。

口の前に指なんて当てちゃって……



そうだ……

あの唇に……昨日、触れたんだっけ、私。



「おい、飯島。そんなふうににやけるほど、いいことがあったか」

「……は? あ、いえ、何もありません」


いけない、いけない。つい顔に出ちゃう。

菅沢さんは、昨日私が田ノ倉さんと一緒に帰ったことも知っているから、

にやついていると、見抜かれそう。


「お茶でも入れます」


こういうときは席を立って、気持ちを入れ替えないとね。

冷静さを取り戻すよう、顔の筋肉を動かしていると、

編集部の扉が開き、田ノ倉さんが姿を見せた。

その後ろから入ってきたのは、今朝挨拶を交わした、実玖さん。


「会議中、申し訳ありません、田ノ倉です」

「おぉ……田ノ倉くん、どうした」

「秋田編集長、お願いしたいことがありまして」


田ノ倉さんの目と、私の目があって、少しだけ笑顔を見せてくれた。

教えてくれることって、なんだろう。


「実は……」


『SOFT』で連載されていた『SLOW』の映画化が決定し、

畑山宗也をはじめとした俳優たちは、すでに撮影の準備に入っている。

血のつながらない兄妹として育った主人公たちの、幼少期を撮影する田舎町のロケが、

偶然、私の地元で行われることになった。


「南アルプスの自然をバックに撮影をすることになりまして、
地元の方にエキストラをお願いしたいと、撮影隊からの要請で」


そのロケの様子が、『SOFT』の最新号に記事として掲載されることになった。


「増渕が土地の名前を聞いて、飯島さんのことを思い出したようなんです。
地元の人たちに声をかけやすい人物を連れて行くほうがいいだろうと、
ぜひ、協力願いたいのですが……」

「じゃぁ、飯島さんを連れて行くと言う事なのかな」

「はい、今回のロケは3日だそうです。忙しいところを申し訳ないですが、
僕に飯島さんを預けていただけませんか?」



田ノ倉さんと一緒に、地元へ戻る。

なんだか少し緊張するけれど、私が育った場所を見てもらえるのは、

それ以上に嬉しいことのような、そんな気がした。



63 便乗編集部


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コメント

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まさか?

諒さん、グイグイ押してきますね。
良い傾向です^^(私としては・・)

和の故郷を見て何を思うのだろうね~

両親にご挨拶を。とか言いだしたりして?

プッシュ

yonyonさん、こんばんは

>諒さん、グイグイ押してきますね。

はい、諒も頑張っていますよ。
和との距離も近付いて、さらに一緒の仕事へ。
親に挨拶……となるのかは不明(笑)