69 ケンカ相手

69 ケンカ相手



「田ノ倉さん……」

「あれから別件で、トラブルが発生したと編集部から電話がありまして、
明日、相手に会わないとならなくなり、急遽僕だけ戻りました。
そうしたら車の中に、飯島さんのハンドタオルが落ちていて。
こちらの状況も気になったので、ここへ寄らせてもらいました」

「あ、すみません」


確かに、田ノ倉さんが手渡してくれたのは、私の小さなハンドタオルだった。

視線は玄関に置いてある菅沢さんの靴を、自然と捕らえたようで……


「どなたかお客様?」

「お客様というか……そうだ、田ノ倉さん、夕食食べましたか?」

「いや、まだだけれど」

「でしたら、上がってください。今、菅沢さんがカニを持ってきてくれたんです」

「……郁? 郁がいるの?」

「はい、手を怪我してしまったので、自分では食べられないそうです」

「怪我?」


私は、玄関先ではなんなので、どうぞ上がってくださいと、田ノ倉さんを誘う。


「敦美おばさん、もう一人増えます!」

「……あら、田ノ倉さん」


田ノ倉さんは敦美おばさんに頭を下げ、そのままリビングへ進んだ。


「郁……」

「はい、どうも」


菅沢さんは、相変わらずの愛想なし。

この二人の遺伝子がどこかでつながっていることすら、信じられないわ。


「田ノ倉さん。菅沢さんは車でお話したイベントで、怪我をしたわけではありませんから。
あくまでも自分でゴミを出そうとして、ただ、転んでこうなっただけです」

「ゴミ?」

「飯島の言い方には、トゲがある」

「いつもトゲばかりなのは、そちらです」


とにかく、ここへ来たことには意味があることを、

田ノ倉さんに説明しなくちゃ。

私、玄関で田ノ倉さんがちょっと複雑な顔をしたこと、見逃さなかったんだから。


「おぉ、これだけいい男が並ぶと、おじさんの影が薄くなるなぁ……」

「何言っているんですか、あなたは。和ちゃん、運ぶの手伝って」

「はい」





くだらない冗談だったけれど、文則おじさんの一言が、

少し緊張しかかった空気を、またナチュラルに変えてくれた。

菅沢さんの持ってきてくれたカニを真ん中に、料理があれこれ並んでいく。


「何しているんだよ、飯島」

「カニの身を取り出しているんですよ、菅沢さんその腕じゃ食べられないでしょ」

「いいよ、余計なことはしなくて」

「余計なこと? 失礼ですね、せっかく手伝っているのに」

「介護されているみたいで、嫌だ!」


敦美おばさんは、左手しか使えない菅沢さんのために、

あらかじめご飯をおにぎりに変え、目の前に置いた。


「菅沢さん、こんぶのおにぎり好きなのよね」

「あ、すみません」


それぞれの前には、それぞれの茶碗。そして菅沢さんの前には、おにぎり。


「おばさん、余計なことをしない方がいいですよ。
今、介護みたいで嫌だって、ごねられましたから」

「介護?」

「いえ……心遣いありがとうございます」




……なんだそりゃ!




「いいのよ、陽くんが来ていた頃は、よくこんなふうに食べたものね」


そうだった。陽くんが来るたびに、菅沢さんもついてきていたため、

津川家では、こんな光景が当たり前のような気がしてしまう。


「田ノ倉さんも遠慮しないでどうぞ。たいしたおかずじゃないけれど」

「いえ……いただきます」


太い腕の部分は身が取りやすいんだけど、ちょっと細い部分が意外に苦戦するのよね。

でも、せっかくだし……


「急に戻ってきたのは、『スプリング社』のことか」

「……知っていたのか、郁」

「『花輪まりん』のサイン会で、編集部のヤツに会ったんだ。
大手出版社はやり方が汚いだとかなんだとか、ブツブツ文句言っていたぞ」


取れた! 後は爪の部分……


「真鍋先生の作品が、盗作じゃないかって、そう言われた」

「盗作?」


真鍋先生っていうのは、『SOFT』で半年前から連載を持った漫画家のことだ。

美術大学を出た、結構才女だって聞いたけれど……


「元々、『スプリング社』が発行している『TEAS』で書いていた人だから、
それが鞍替えしたことに、腹も立てているんだろ」

「それでまた、お前が平謝りして、穏便にってことか……」

「平謝りなんてしない」


私が必死にカニと格闘しているうちに、また二人の空気が怪しくなった。

もう、これから楽しい食事でしょうに。


「菅沢さん、ここは編集部でも『MOONグランプリ』の会場でもありませんから。
ケンカするなら、どうぞ外へ行ってください」

「ん?」


田ノ倉さんは敦美おばさんにすみませんと頭を下げる。

文則おじさんは気にするなと言いながら、父とのことを思い出したと笑い出す。


「雄也とのやり取りを思い出したな……」

「お父さんと?」

「あぁ……あいつとは同期で、若い頃は顔をあわせるといつも言いあいだった。
俺はとにかく周りとぶつかるのがいやで、面倒なことはやめようという。
あいつはそれじゃ進歩がないと、それをすぐにぶち壊す」


そういえばそうだったと敦美おばさんも一緒に笑い、

ケンカばかりしていた二人を、いつもそばで呆れてみていたと、思い出話をしてくれる。


「それでも言いたくなるんだよ、今、こう思っているけれど、
お前はどう思うのかって……相手の意見を聞きたくなる。
正反対のことを言うだろうと予想していながら、それなのに聞きたくなるんだ。
ケンカして、それでも自分の意見が曲がらなければ、納得する……」


私は斜めに座る田ノ倉さんと菅沢さんを交互に見た。

二人ともどこか思い当たる節があるのか、黙ったままだ。




「こんなケンカが出来なくなったら、寂しいものだよ」




文則おじさんがカニに手を伸ばし、ゆっくりと身を取り出していく。

田ノ倉さんも菅沢さんも、それ以上言い合うことなく、食事は静かに始まった。





「それじゃ、送り届けます」

「お願いします」

「……荷物じゃないって言うんだよ」

「文句を言わない!」


腕を怪我した菅沢さんは、田ノ倉さんが送り届けてくれることになった。

私は玄関先で二人を見送り、それから部屋へ戻る。

カーテンを開き、都会の空を見るが、

実家近くで見る空とは違い、星は数えるくらいしかない。



田ノ倉さんと菅沢さんが津川家を出てから、30分くらい経っただろうか。

下から敦美おばさんの声がした。わかりましたと返事をして、お風呂の支度をする。

すると携帯が鳴り出し、着信相手を見ると、田ノ倉さんだった。


「はい……」

『今、外に出てこられる?』

「どうしたんですか?」

『来て欲しいんだ』


何があったのだろうかと、私は携帯を持ったまま、カーテンを開けた。

津川家の前に、確かに田ノ倉さんの車が止まっている。

リビングから部屋へ戻ったおばさんたちに、

気付かれないよう、静かに玄関を開けた。


「田ノ倉さん……」


そう声をかけ終えるまもなく、私の体は田ノ倉さんの腕の中にあった。



70 私に出来ること


帰ったはずの諒が、和の元へ……忘れ物?(笑)
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コメント

非公開コメント

嫉妬?

何だか分からないモヤモヤが、諒を和の処に戻したのね。
私が思うに嫉妬だな(^^;)でもきっと今までの諒には無かった感情だと思う。

フフ良い傾向♪

もやもやかな?

yonyonさん、こんばんは

>私が思うに嫉妬だな(^^;)
 でもきっと今までの諒には無かった感情だと思う。

そう、それはそうかもしれない。
和に言いたかったこと、
それは次回へ

ありそうだもの

yokanさん、こんばんは

>和ちゃんのことを抱きしめないと不安になったのかもね^^
 今回のギブス事件には笑わせていただきました(^∇^)

諒にも諒の思いがあるようです。
郁のギプスは、こんなことって実際に起こりそうでしょ(笑)