73 追加のケーキ

73 追加のケーキ



『麻見記念病院』の最上階、個室の奥にベッドがあり、

看護師さんが田ノ倉さんの世話を続けている。

そばには田ノ倉さんのお母さんが寄り添い、

それを心配するように、社長の奥さんが、色々と看護師さんに聞いている。


私なんかが、そばに近付く理由は見つからなかった。

これだけのメンバーが揃った中に、立っていること自体、不思議なくらいで。


「仕事の方は主人が心配しないようにって」

「すみません。なんだか本人も、近頃気持ちが入っていたみたいなのに。
迷惑かけるわね、郁君」

「いえ、俺には何も……。でも、休めってことですよ、あいつは頑張りすぎるから」



そう……

田ノ倉さんは頑張っていた。『SLOW』の映画化が決定し、

出版と映像と両方のスタッフとして、駆け回っていた。

少し、お休みしていいよと、神様が休息をくれたのだと……

そう思えばいい……



結局、田ノ倉さんの心臓がしっかりと動いていることを、

私は機械で確かめることしか出来なかった。





「いただきます」

「そう何度も言わなくていい」


『オレンジスタジオ』近くの店ではないけれど、

約束どおり、菅沢さんに昼食をごちそうしてもらえることになった。

メニューも好きなものをと言われたけれど、でも……


「あ!」

「食わないんだろ、もったいない」


私のランチメニューに入っていた小さなハンバーグが、

菅沢さんの胃の中へ、勝手に旅立ってしまう。


「食べないなんて言ってないじゃないですか」

「言ってはいないけれど、食ってない」


だって……


「サラダ、おかわりしてくるか……」

「……よくそんなに入りますね、むしゃむしゃ……」

「ん?」


わかっている、こんなこと言っても仕方がないことくらい。

それでも……


「あれだけの包帯をして、まだ、意識も戻っていなかったんですよ。
もし、もし戻らなかったら……このまま目が開かなかったらってそう思わないんですか」


菅沢さんは、サラダ用の皿を手に持ち、勝手におかわりをよそってくる。

少し前にはなかったシーフードが出たと言って、

赤いエビがいくつかお皿の上に乗っていた。


「あ!」


私はフォークで1匹残らずエビを刺しまくり、断ることなく口に入れる。

人の言葉を無視するからです。


「お前……」


口の中でプリプリとした触感が、だんだんと崩れていく。




「少しは、真剣に心配してください」




田ノ倉さんはいつも、私と一緒に菅沢さんの心配をしてくれた。

『郁は大丈夫だよ』と、不安になることを、一緒に打ち消してくれた。

それなのに……

これじゃまるで、ただ仕事終わりに食事をしているみたいじゃないですか。

今日という日に、何も起きてはいない……そんな雰囲気で。



「病院で、おばさんたちと一緒に心配だとオロオロしていれば、
あいつの怪我は早く治るのか。医者に詰め寄って、
いつ、何時何分に退院できるのか問いただせば、それで心配していることになるのか」



何時何分って……

そんなこと……



「あいつが倒れても、意識がなくても、世の中は動く。
仕事は終わらないし、誰もそれをOKとはしてくれない。
いや、あいつ自身がそれを、受け入れるとも思えない。
俺は、いつもの日を普通に送ること、今はそれが正しいと思う……それだけだ」



確かに、そうですけど……

でも……





「お前……口ほどでもないな」





菅沢さんのセリフに、思わず顔を見る。

この場で、私に何を言おうとしているんだろう。


「前向きに生きるだの、考えても仕方の無いことは考えないだの、
あれは格好だけか……」



『ケ・セラ・セラ』

なるようになる……

それは確かに、そうだけれど……



「人に言うだけで、自分は実践しないのか。たいしたことないな……」



私がエビを盗んだのが気に入らないと、菅沢さんはまたお皿を持ち、

サラダの場所へ行ってしまった。



『たいしたことないな』



吐き捨てるようなセリフが、何度も頭をグルグル回る。

私は右手にフォーク、左手にナイフを持ち、全てのものを一口サイズに切った。

このまま残していくわけにはいかない。

目の前の人に、負けたくない。


意地で、無理やり押し込んでいたら、

だんだんリズムよく食べられるようになってきた。

クリームコロッケ、美味しい……


「ん? 心がしぼんで食えないんじゃないのか」

「いえ……よく考えたら、心配するようなことじゃないなと。
菅沢さんなら、神様がどうするかわかりませんけれど、
田ノ倉さんはいい人なので、ちゃんと助けてくれるはずです。
意識も少し失っている方が、ゆっくり休めるでしょう」

「休める?」

「そうですよ、田ノ倉さんは、みなさんに気をつかうでしょうしね。
起きたときには、ベストの状態じゃないと疲れちゃいますから」



今の私に言える、精一杯の強がり。



そうなんです、神様。

田ノ倉さんは、本当にいい人なんです。

まっすぐで、優しくて、人に気をつかって……



「すみません、イチゴのケーキ、追加してください」

「はい……」

「一番大きいのをお願いします!」


ちょうど横を通りかかったウエイトレスを捕まえて、

私は立てかけてあったメニューの中にある、美味しそうなイチゴのケーキを追加する。


「何でも食べていいって、言いましたよね」


菅沢さんは私の顔を見ることなく、無言のままお皿のエビを口に入れた。



74 沈む記憶


『ケ・セラ・セラ』思うことより実行することの方が難しい……
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コメント

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笑顔で^^

頑張れ諒!!

頑張れ和!!

眼を覚ました時はお互いに笑って(^^)

そうだよね

yonyonさん、こんばんは

諒と和に声援をありがとう。
諒が目を覚ましたとき、何を語るのか。
話はさらに続きます。