CIRCLE piece10 【真実の示す先】

CIRCLE piece10 【真実の示す先】

    CIRCLE 10 真実の示す先



『もう一度、ここでこうして頑張れる勇気をくれたみなさんに、そして、僕を支えてくれた
運動オンチの天使へ……感謝の言葉を贈ります』



ケガから復活したプロ野球選手に、インタビューのマイクを向けている未知。


「うーん……」

「なんだよ、納得がいかないのか?」


俺は隣で一緒にスポーツニュースを見ながら、少し不満そうな彼女の肩を引き寄せる。


「昼間、急に臨時で連れて行かれたんだ、しかたないだろ。未知がよく言う、
予習をやっている時間もなかったんだし……。これだって十分伝わってるよ」

「でも、これが最後の仕事だと思うと……ちょっとね」


負けず嫌いで、努力家の彼女らしいセリフ。考え事をする時、人差し指で自分の顎に触れるのは、

君のクセだ。


「いいじゃないか。角田先輩ほどの人でも、予習をしないと余裕がなくなるんだなって、
新人達もきっと思ってるよ、今頃」

「エ……」


俺は、そんなふうにからかった後、未知の耳に、唇を寄せていく。


「やめて……。そんなこと言われたら、そんな気分になれないじゃない」


未知は俺の誘いに乗る気はないようで、すぐに体を離してしまう。


「そうですか……じゃぁいいけど……」


軽く振られた俺は、ソファーに深く腰かけ、テレビのリモコンを手に取った。

アナウンサーの未知と、ディレクターの俺。





彼女のことを知ったのは、今から2年前のことだった。

大学の後輩で、優秀なアナウンサーとして期待されていたのに、ある日、写真週刊誌に

俳優との交際が報じられ、局内は大騒ぎになった。


「どういうことだね……角田君」

「……いえ、これは違うんです」


恋多きアナウンサーとして、マスコミに騒がれ、彼女が本来希望していた報道の現場からは、

少しずつ離されていった。当時、その交際相手として騒がれた俳優と仕事をしていた俺は、

真相を問いただす。


「そんな込み入った間柄じゃないんですよ。たまたま偶然、一緒の店に入って、ちょっと紹介されて、
で……。もっとガードが甘い人かと思ったら、顔はかわいいのに、メチャクチャ固かったんです」


結婚したばかりのくせに、昔からの女癖は変わらないようだった。

そんなプレイボーイ振りをアピールするために、使われてしまった未知。


「あ・え・い・う・え・お・あ・お……」


誰よりも一生懸命アナウンスの勉強をし、誰よりも報道の現場に立っていたい希望が強かったのに、

『不倫をした』という誤解が、彼女の人生を狂わせてしまった。


「君が、昼のニュースを読むことに、抵抗があるって視聴者からクレームがあってね……」


少し人気が出るとフリーになり、タレントのまねごとのような活動をするアナウンサー達。

そんな中でも、未知はずっと社内で、小さな仕事をこなしていた。


「角田!」

「はい……」


未知と初めて仕事をしたのは、旅番組のナレーションを彼女が引き受けた時だった。


「で、適当に美味しそうだとかなんだとか……ナレーション入れてくれる?」

「……適当って、どんな味だとか、色々……、資料とはないんですか?」

「いいんだよ、タレントが食べてあれこれ言うんだから。君は、VTRの間だけ埋めてくれたらいいよ。」


チーフに『君の仕事は適当でいい……』と言われ、台本を持ったまま、

自分の席でうつむいている未知。俺はそんな彼女をただ見ていることが出来ずに、つい声をかけた。


「なぁ、角田。お前時間あるか?」

「エ……」


東京のTV局から、車で2時間走ったところに、今回タレントが食事をする店があった。

俺は彼女を車に乗せ、そこへ向かっていく。


「角田さぁ……、どうしてハッキリ否定しなかったんだ。あの不倫騒動の時……」


未知は黙ったまま、何も話そうとはしない。俺はそのまま高速に乗り、さらにスピードをあげた。

街はいつのまにか夕焼けから星空に変わり、違った顔を見せ始める。


「言わないでくれって……」

「エ?」

「僕と会ったことは、言わないでくれって……。そう言われたんです」


知っている舞台俳優と、以前仕事で世話になった演出家との食事。家庭がうまくいかないと、

愚痴っていた男に、新人に近かった未知は同情してしまったのだろう。


「気付いたら、私が彼を誘ったことになってました……」

「……」

「否定したくても、どうしたらいいのか……」


怖いようだが、この業界ではよくあることだった。

そんなルール無用の世界を、スルスルとすり抜けていくやつもいれば、周りとの流れに乗り切れず、

自らを沈めてしまうやつもいる。


「写真は怖いですね。突然飛び出てきて、あんなふうに暗闇から撮られて、
スクープだなんて載せられたら、真実じゃなくても、そこに意味が出来てしまう」

「何も……なかったのか?」


未知は少し寂しげにこっちを向いた。女性にそういう聞き方はまずかったのかもしれなかったが、

オブラートに包んでやる余裕が、その時の俺にはなかったのだ。


「……ないです……」


未知は小さな声でそう言った。俺はそれ以上、何も聞かないまま、車を目的地にまで走らせていた。





「あれ? TV局? この間打ち合わせって来てくれたけどね」

「えぇ、打ち合わせじゃないんですよ。美味しかったので、後輩を連れてきました」

「あら、そうなの?」


店のおばちゃんは愛想よく俺たちを受け入れてくれた。

堅苦しい店じゃないことに未知も安心したのか、少しだけ笑顔を見せる。


「はい、うちの自慢の鍋です!」


先日、打ち合わせに来た時にも、顔を出した元気な看板娘。

彼女は俺たちの前に、食事をセッティングすると、ごゆっくり……とそう言った。


「この鍋なんだよ、今度レポートするのは」

「エ?」


俺たちは、初めて色々と語り合った。普段から、局内でいつもすれ違い、

仕事上の話しは何度もしていたのに、互いのことをあまり知らなかったことに、

あらためて気付かされる。


「大学の時でした。岡島首相の解散宣言。私、あの日、岡島首相が囲まれたホテルに
ちょうどいたんですよ。従兄弟の結婚式で……」

「エ? 俺、あの現場に行ったんだぞ、新人で。先輩の後ろでマイクのひもをひいてた」

「エ……本当ですか?」


同じ鍋をつまんでいたからか、気持ちが同じ温度であたためられた。どうしてアナウンサーを

目指したのか、そんな話しを楽しそうにする未知と、それを聞いている俺。

時間はあっという間に過ぎていき、俺は勘定を払うと、店の外に出た。

先に出ていた未知は、一人目を閉じ立っている。


「おい……行くぞ。早く戻らないと日付が変わる」

「……海の匂いだ」

「……」

「潮の香りがしますね……」


そう言う未知につられるように、俺も目を閉じ、横に立った。高速の車の音と、海の匂い。

目を閉じると確かに人は、見えないものを聞き、感じ取ろうとするようだ。


「新陽党の増田党首は、本年度の国会予算を見直さなければ、民人党の強い反発にあい、
予算の成立は難しいだろうと……記者団のインタビューに答えました……」


未知はいきなり語り始める。しっかりとした発音と、しっかりとした口調で、

淡々と原稿を読んでいるように聞こえてきた。


「来週からの通常国会で……」

「……」

「……互いの……」


言葉が途切れ、また車の音だけが聞こえてくる。


「……もう一度だけでいいから、ニュースが読みたかったな……」


誰よりも練習し、誰よりも仕事に誇りを持っている未知。彼女の本音は、俺の気持ちを奮い立たせた。


「読ませてやるよ、角田」

「エ……」

「俺が、絶対にもう一度、お前にニュース原稿読ませてやるから!」

「……」

「だから……諦めるな……」


確信などなかった。出来る保証もなかった。ただ……。未知にそう言ってやりたかった……。


「木所先輩、冗談でも……嬉しいです」





この日から、未知は俺の心の中にしっかりと存在する女性に変わっていった。

彼女の毎日が気にかかり、少しでも役に立てたら、そう思うようになった。

相変わらず、社内では小さな仕事だけを任されている未知。





しかし、逆転の日は突然にやってきた。夕方のニュースを読んでいた女性アナウンサーが

急な腹痛に倒れてしまったのだ。他の番組との兼ね合いで、

すぐに自由になるアナウンサーは少なく、ディレクターは頭を抱え出す。


「どうするか……キャスター一人で乗り切るか?」

「スポーツニュース担当の、森はどうでしょう」

「うーん……」


俺は、その場に立ち上がり、自信を持ってこういった。


「角田に読ませましょう! あいつほど、報道に向いているアナウンサーはいないと思いますよ」

「角田? いや……でも……」


時間が迫り、プロデューサーは仕方なくOKを出した。慌てて打ち合わせに参加する未知。

常に報道に感心を持っていた彼女の、しっかりとした知識に、周りの男達が驚かされる。

俺は、そんな彼女の姿を、少し誇らしげに見つめていた。


「イブニングキャストの時間です……本日、宮村キャスターが体調を崩しましたので、私、
角田が代役をさせていただきます」


心配された未知の代役は、想像以上の好反応だった。しっかりとした知識を持ち、

政治家達とも渡り合えるキャスターとして、それから3ヶ月後、彼女は正式に、

ある報道番組に抜擢されていた。





「木所先輩!」

「……オス」

「木所先輩が推薦してくれたって、聞きました。ありがとうございました」


未知は原稿を握りしめたまま、深々と俺に頭をさげた。


「約束しだだろ。お前にニュースを読ませてやるって。ほっとしたよ、守れて。いいか頼むぞ、
俺の評判が悪くなるんだからしっかりやれよ」

「……はい」


もう、彼女が下を向き、アナウンス室でため息をつく姿を見ることはなくなっていた。

自信のついた、明るい顔で、俺の方を見つめている。


「今日、一緒に食事に行きませんか?」


小さな店で食事をし、楽しそうに仕事のことを語る未知を車で送る。


「ここでいいのか?」

「……はい……」


そう返事をした未知と目があったとき、俺は彼女の腕を無意識につかんでいた。

そして……。

未知もその時を待ってくれていたかのように、唇が優しく重なっていた。





「ニューヨーク?」


未知がキャスターになって1年後、俺に転勤辞令が下った。互いの部屋を行き来するように

なっていた彼女に、何も言えないまま、日付だけが過ぎていく。


向こうへ行く前に別れよう……。


いまや看板キャスターになった、彼女の可能性を考え、俺はそう決めていた。


「なぁ……未知……」

「今日、プロデューサーに話してきた」

「エ?」

「ニューヨークへ行くんでしょ?」


ソファーに寄り添うように座っている未知が、少しだけ体をこっちへ傾ける。

俺はその体を受けとめるのが怖くて、少しだけ腰をずらす。


「ついていくから……」


予想外の展開に、何を言っていいのか瞬間わからなかった。でも……


「いいよ、何言ってるんだ。未知は仕事頑張れよ。最初から一人で行くつもりだったんだ」

「……」

「向こうでも、ニュース見られるからな。しっかりとチェックするぞ!手なんて抜くなよ……。
あ、お前は抜かないか」

「……迷惑ってこと?」


迷惑であるはずがない。君を一番評価し、君を一番……




愛しているのだから……。




「あぁ、そんなふうに気をつかわれても困るよ。そんなつもりはないし……」

「……もう、思い残すことはないから……」

「ウソだ……」

「ウソじゃない。一緒に……連れて行って……」


涙が出るほど嬉しい言葉を、素直に受け取れず俺はソファーから立ち上がる。


「お前、今退いたら、二度とニュースは読めなくなるぞ。わかってるのか?
後を狙っているヤツなんて……」

「わかってる……」

「だったら……」

「私の一つの夢は、あなたに叶えてもらった。だからこれからは、もう一つの夢を叶えてもらいたい」


未知は立ち上がり、背中からゆっくりと腕を回してきた。


「あなたのそばにいたい……」





「ねぇ、チャンネル代えてもいい?」

「ん?」


未知の言葉に、思い出の中から戻っていく俺。荷物もすっかり準備が完了し、

明日はいよいよニューヨークへ旅立つことになる。


「未知……」


こっちを向いた未知の唇に、感謝のキスをする。さっきは口喧嘩して、拒否していた未知が、

一度離れた後、また想いを重ねてきた。



『続いてのニュースです。内閣府の発表では……』



聞こえてくる、今日のニュース。ここで語られることも真実なら……。

これからも一緒に生きていこう……そう決めたこともまた、真実なのだから。

                                      piece11 へ……





しあわせ……って、人それぞれだよね

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