77 心の痛み

77 心の痛み



田ノ倉さんが車いすに乗り登場したことで、歓声が上がり、

あちらこちらから『大丈夫ですか』の声がかかる。

私が見えたのは、ほんの一瞬。




田ノ倉さんの横顔。




「おぉ、諒、あともう少しだな」

「何を言っているんですか、編集長。まだ車椅子ですよ。
チーフ、大丈夫なんですか? 病院からここへ来て」

「そう、何度も同じことを言わないでくれないか。
無理してきているわけではないし、きちんと外出の許可ももらったから心配ない。
あ……実玖、少し前へ押してくれ」

「はい」


増渕編集長と、東原さん、嬉しそう。

そうか、外出許可をもらって来たんだ。

そうだよね、いくらなんでもまだ、退院はないよね。

それでもこうして、少し自由が出来たんだ。


「諒、頼むよ早く退院してくれ、慣れない仕事に追われて、頭が混乱している」

「ダメですよ編集長、チーフにはこの際、しっかりと休養していただきますから」

「ほら、こうなるんだぞ、お前がいないと女子社員たちの厳しいこと、厳しいこと」

「編集長!」


田ノ倉さんが姿を見せただけで、『SOFT』編集部から、明るい笑い声が響く。

もうすぐ、何もかもが元に戻ると、そう思っているんだろうな。




私は田ノ倉さんに背を向け、一番奥にある階段を1段ずつ上がる。

こんなに階段がきついなんて、私、太った?

園田先生が甘いものばっかり勧めるから。





……きっと、そうだ。





太ってしまって、私の顔、変わってしまったんだ。

だから、田ノ倉さんが気付かないんだ。





……このまま、遠く離れてしまうんだろうか。





あの日の約束も、全てなかったように……



『ケ・セラ・セラ』

人生はなるようになる。

私の人生にもう一度、田ノ倉さんが関わってくれることが、あるのかな……




『明日また、笑顔で会いましょう』




その明日は、どこにあるんだろう。





資料室に入り、そんなことをぼんやりと考えた。

コピーが同じ音を立てて、何枚も資料を作り出す。

それにしても、この部屋はほこりっぽい。

普段、あまり利用しないから掃除サボっているのかな。

余計にノドが痛くなった。

編集長から頼まれたものを調べた後、少しだけいい空気を吸いたくて、

束ねた紙を手に持ったまま屋上へ向かう。

相変わらずのカギなし状態で、誰でも出入りは自由みたい。



扉を開けて振り返ると、田ノ倉さんと初めて出会ったとき、

座っていた白いテーブルと椅子が変わらずそこにあった。




『楽しそうですね』




絶対に受かると決め込んで受けた面接で、最悪の結果になった後、

ここで負けるものかと思い、再出発を誓ったっけ。




『あなた……誰ですか?』




『秋月出版社』の経営者一族であり、花形雑誌の編集部チーフである田ノ倉さんに、

そんな失礼な言葉を、ぶつけた私。

彼は怒ることなく、笑顔を見せてくれて……



人影を感じ、振り返ってみると、そこに立っていたのは全くの別人だった。



「今日もいい天気だね」

「はい……」

「あなたも休憩かい?」

「あ……そうですね」


そうだよね、今、足を骨折している田ノ倉さんが、ここへくるはずもないのに。

何を期待しているんだろう……

金網越しに下を走る車を見ていると、本社ビルの駐車場から、1台の車が出て行った。




……そうか、田ノ倉さん、帰っちゃったんだ。




ポケットに押し込んだ携帯を取り出し、田ノ倉さんの番号を呼び出してみる。

ここへかけて話をしたら、思い出してくれることはないだろうか。

それとも……この間のように、困った顔をしてしまうのかな。

結局ボタンを押せないまま、私は携帯を閉じた。



78 乱丁乱心


太ってわからなくなる……かぁ、同級会ならあり得るかも
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コメント

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待てば・・

忘れられた和も切ないけど、
思い出せない諒もきっと寂しいと思う。

何かきっときっかけはあるはず!

今は仕事を頑張れ!!!

そうなのです

yonyonさん、こんばんは

>忘れられた和も切ないけど、
 思い出せない諒もきっと寂しいと思う。

近いのに近寄れない和。
諒も、自分の記憶に疑問を持ち始めるはずで……

さて、これからもさらに続きます。
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