79 優しい目

79 優しい目



菅沢さんの声が、遠くに聞こえた。

なんだろう私、どうしたんだろう。

ちゃんとここにいますと言いたいのに、言葉がなかなか出て行かない。


どこかから少し明るい光りがさしてくるのが見えて、顔を向けてみる。

ゆっくりと目を開くと、カーテンの隙間から、菅沢さんが見えた。



……ここ、編集部?

そうか私、コーヒー入れようとして上を向いたとき、めまいがして倒れたんだった。

菅沢さんがここに、運んでくれたのかな……

腕、まだ本調子じゃないだろうに。

『お前、重たいんだよ』って、後から文句を言われそう。

今、いったい何時なの?





時計……どっちだっけ……





パチパチ聞こえるのは、菅沢さんがキーボードを叩く音。

かろうじて両手で打ち込むけれど、単語を打ち込むとき、

切れる寸前の文字を大きめに叩く。

似たようなリズムが繰り返され、なんだかおかしい。


パンパン叩くと、壊れますからね……キーボード。

及川さんがいつも丁寧に拭いているんですから。


それでも、この聞きなれた音……妙に安心する。




それに……

そこに、菅沢さんがいることも……





起きなくちゃいけないんだけど……





あっ、菅沢さんが立ち上がった。こっちに来る。

目を開けていると変だよね、閉じなきゃ。

あぁ、でも、閉じたら何をしているのかわからないよ。

うっすらと開けたいけれど、開けたらきっと気付かれる。

だって、瞬き我慢できないし。


目の前が少し暗くなったってことは、きっとそばに立っているんだと……思うけど、

おかしくないように呼吸だけはしなくちゃ……





「こんばんは、郁です。すみません、急に電話をしてしまって」


声と影が少し遠ざかった気がして、ゆっくりと目を開ける。

菅沢さんが携帯を耳にあて、真剣な顔で誰かと話しているのが見えた。


「聞いて欲しいことがあって……時間を作れないかな」



なんだろう、陽くんのこと?

それはないよね……



「面倒を見てくれているのはわかっているよ、でも、どうして。
いくら面倒を見てくれているからって、それはおかしいだろ」



誰と話しているのかな……どこかの事務所?



「あいつが望まないんじゃなくて、周りがそれを排除しているんだ」



あいつ? あいつって誰?



「諒と二人で話がしたい」



……田ノ倉さんのことだ。



「康子さんからおばさんに話してくれないか。
あいつには思い出さないとならないことがまだあるんだ。
そばについている彼女はそれを知っている」



康子さん……どこかでその名前を聞いたことがあったけど……誰だっけ。

あ、そうだ、社長の奥さん。『MOONグランプリ』の時に、

社長が『康子』って言った覚えがある。

でも、彼女って誰だろう。



「とにかく、伝えるだけ伝えて欲しい。こちらから……」



菅沢さんの目が、私の方を向いた。

なんだかとっても気まずそうな雰囲気で、しっかり見ていられなくなる。

慌てて時計を見ると夜の10時を回っていた。

何事もなかったように、ソファーにかけられた毛布をたたみ、

気持ちの切り替えをするために、大きく息をはいてみる。

菅沢さんは相手に挨拶をすると、話しづらくなったのか受話器を閉じた。

それにしても昼間は本当に体が重かったな。今は少し楽になったかもしれない。


「すいませんでした、ご迷惑をおかけして」

「まだ横になってなくて、大丈夫なのか」

「はい、ちょっと立ちくらみですね。一生懸命仕事をしすぎたってことですよ」




……ちょっと、ここで静かにならないでくださいよ、菅沢さん。

そちらが何か言う番じゃないですか。




まだ、電車も動いているし、よかった、今日は帰らないと、

たまったドラマの録画、見たかったから。


「悪いな、仕事がまだ残っていて……ひとりで帰れるか?」

「何言っているんですか、自分で帰れますよ。
菅沢さんに優しいことを言われると、嵐でも来そうで怖いです」




……あぁ、もう! また、静かになる!

何か言ってくれないと、冗談にならなくなるでしょう。




「電話……聞いてたのか」




田ノ倉さんのことを話していたことはわかった。

でも、今その話をここで聞くのは……いや。


「電話? そんなものかけてましたっけ?」


わざとらしいかもしれない。それでも、やり通そう。

今の菅沢さんとじっくり話す事は、

必死にしがみついている何かを離しそうで怖いから。


「そうか……それなら気をつけて、帰れよ」

「はい……」


菅沢さんの声のトーンが、優しい。

優しくされることなんて、私、慣れてないから、なんだか……話しづらい。

いつものように、呆れ顔して『バカ』って言われた方が楽なのに。


「飯島……」

「はいはい、わかっていますよ。このお礼はまた、たこやきでいいですか?」


菅沢さんが、何かを言おうとしている。

でも、今はそれを聞きたいとは思わない。

菅沢さんの顔をしっかり見ないまま、私は自分の荷物を手に取り、

逃げるように階段をかけあがる。


「おやすみなさい」


涙がにじむ前の目に映ったのは、私が初めて見る、菅沢さんだった。



80 新しい朝


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コメント

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No title

こんな時に優しい言葉かけないでください。
ほだされちゃうでしょ・・・

と言うのが今の和の気持ち。

実玖さんわざと邪魔してるのね。
まー好きなんだから仕方ないか(--#)

許せないけどね。。

心の傷

yokanさん、こんばんは

>今回のテラスの君記憶喪失事件は
 和ちゃんにとって相当なダメージだねーー;

忘れられちゃったのは、キツイですよね。
いつか復活する……と思っても、そばにはいられないし。
向こうが覚えていないので、どう話しかけていいのかもわからず。

迷う和のそれから……もお付き合いください。