80 新しい朝

80 新しい朝



半地下編集部から、駅までの道を少し上を向いたまま歩き続ける。

田ノ倉さんが事故にあって、記憶を混乱させてしまったから、

私のことを忘れてしまったから、そう、きっと、かわいそうに思えるのだろう。

いつものような態度じゃなくて、どこかよそよそしく優しくて。




……でも




今、ここでそんな菅沢さんと向き合っていたら、

その優しさに頼ってしまうかもしれない。


本当は、寂しくて辛くて泣きたい気持ちを、

誰にも言えない思いを……ぶつけてしまうかもしれない。





今、この気持ちを理解してくれるのは……

菅沢さんだけのような気がして……





真冬の月を見上げながら、都会でも見える星をなんとか探し、

こぼれそうになる涙を、懸命にこらえる。





『ケ・セラ・セラ』

明日は明日、きっとまた新しい風が吹くのだから。





次の日、体のだるさが取れなかった私は、

『秋月出版社』入社以来、初めて休みを取った。

電話に出てくれたのは細木さんで、

今はそれほど忙しくないから、しっかりと休みを取るといいと、言葉をかけてくれた。

よかった……

電話に出たのが、菅沢さんじゃなくて。



こうなったら、体も心もしっかり立て直さないと。

敦美おばさんは、飽きるくらい寝ていた方がいいと言ってくれて、

文則おじさんは、食後の将棋対戦を申し出てくれた。



みんな、私を心配してくれている。

元気にならなくちゃ。



『ケ・セラ・セラ』

前向きに生きてさえいれば、人生はなるようになるのだから……





「おはようございます」

「おぉ、飯島さん今日は元気だね」


レコーダーに録音してあるラジオ体操の音楽を流しながら、

一人で朝の準備運動をする編集長。

そちらも十分、お元気ですよ。


「昨日は突然休んですみませんでした。
1日休暇をいただいて、すっかりエンジン全開です」

「そうか、それはいいことだ」


大きく深呼吸をした後、秋田編集長がデスクに座り、

もやっとしていた私の体調もすっかり整って、

いつものようにPCと向き合ったままの及川さんと、

新商品が出たといって、お菓子をほおばる細木さん。



そして……



「おい飯島、これすぐに『夢尾花』先生のところへ持っていってくれ」




ギプスが取れて、身軽になった菅沢さん。

そう、これがいつもの『BOOZ』。




「『夢尾花』先生戻られたんですか? タイから」

「あぁ、昨日戻ったそうだ。なんだか怪しい写メを送ってくれたなぁ」


連載から解き放たれて、念願だった『タイ』旅行へ出かけた『夢尾花』先生。

前から怪しい雰囲気をかもし出していたけれど、

またパワーアップしてそうで、怖いなぁ……


「なぁ、写メ、郁には何枚来た?」

「俺には1枚だけど」

「1枚か……いいなぁ……」


ため息をつく細木さんには、2、3時間ずつ100枚以上の写メが届いたそうだ。

中には花嫁衣装らしきものをつけた夢尾花先生もいたらしい。

菅沢さんは、それも仕事の一つだと、軽くあしらっているけれど。


「仕事だなんて軽く言うなよ、写メを勝手に送られてきて、
それを削除する作業も、100枚なんて続くとさ、拷問だよ、拷問。
メールの届く音だけで、体全体に震えが来るわけよ……」


細木さんは携帯を取り出しデスクの上に置くと、

番号を変えようかと、真剣に悩みだす。


「細木さん、携帯の番号を変えても、
『夢尾花』先生には突き止められちゃいますよ、きっと」

「突き止められる?」

「はい、愛の力は無限大ですから」

「うわぁ……和ちゃん、そんな恐ろしいことを朝から言ってくれちゃって」


頭を抱える細木さんを残し、私は『夢尾花』先生のマンションへ向かうことにした。

今朝まで降っていた雨はすっかりやんでいるが、

スピードを出したタクシーが道を通ると、

小さな水たまりになっている場所で、思い切り跳ね上げる。


「もう、危ないんだから。歩道に人が歩いているでしょ!」


聞こえはしないだろうけれど、声に出さないと、イライラが溜まる気がして……


「そうだよね……」

「あ、ねぇ……」


どこかの知らないおばさんが、私の意見に賛同し、

以前から黄色信号で突っ込む車が多いのだと、さらに文句を付け足してくる。

本社前で止まったタクシーから降りたのは、スーツを着た実玖さんだった。

田ノ倉さんも一緒なのかとしばらく見ていたが、タクシーはそのまま走り出す。


「お嬢さん!」

「はい……」


ごめんなさい、聞いていましたけど、ちょっと向こうが気になって……


「頑張ろうね、今日も一日」

「……はい」


おばさんは、一緒に文句が言えたことでスッキリしたと、

ちりとりとほうきを持った手を軽く振り、細い路地へ入っていく。



……そう、口に出したら、案外スッキリすることってあるよね。

何でも言いたいことを言えるわけではないけれど、たまにはいいはず。



「よし! 今日も頑張ろう!」



考えても仕方がないことは考えない。

頭の中で何度もそう言いながら、『夢尾花』先生のマンションへ向かった。



81 恋する行動力


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コメント

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ありがとう

拍手コメントさん、こんばんは

>また、和が元気いっぱいに頑張れますように。

諒の事故から、記憶障害が重なり、
落ち込み気味の和でしたが、また、『新しい朝』を迎えました。
これからも、頑張りを応援してください。