CIRCLE piece11 【アイツは大将】

CIRCLE piece11 【アイツは大将】

    CIRCLE 11 アイツは大将



「あぁ……もう、イライラする!」


昔からてきぱき動く私は、両親がやっている食事処でも看板娘として頑張っている。

だから、ファッション雑誌を片手に、ウインドーショッピングするOLさんとは、使える時間が違うのだ。


無駄な時間は1秒でももったいない! なのに、あいつは……。


「あれ? 11時だろ」

「違うわよ、10時半! どこにどんな耳つけてるのよ、バカ!」

「あ……じゃぁ……」


聞かない、聞かないんだから! 私は思いきり電話を切ってやった。魚河岸に勤め、朝も早いくせに、

仕事ではなかなかの若手でも、時間にはまるっきりルーズだった。


特に、私とのことは……。





「あれ? 友紀、大将とデートじゃなかったのかい?」

「あのバカ! 時間を間違えてるの。頭にきたから帰ってきた」

「エ……あらあら……」


あいつの名前は関根将大。将大の漢字を逆に読み、町のあちこちでは『大将』と呼ばれている。

別に強いわけでもないし、偉いわけでもないけどね。

ふてくされた私は、座布団をまくらがわりに、そこから眠っていた。

何時間経ったのだろうか。下で笑い声がする。ゆっくりと階段を降りていくと、

大将が母と何やら話し込んでいた。


「あはは……楽しいよ、それ大将」

「そうですか?」


向こうに気付かれないようにそっと様子を見る。なによ、人の約束破っておいて、

しっかりカウンターでのんきに食事なんてしちゃってさ!

あ……あの唐揚げ、私が昼に食べようと思って揚げたのに。


「起こしてこようか? 友紀ったら……」

「いいですよ、あいつも眠たいんだから。俺、結構気長です」

「でも、この後組合だろ」


母は店の支度をしながら、大将にそう問いかけた。


「顔見たら行きますよ。それまでこうして寝てます。若手はどうせ従うだけですからね」


座ったまま目を閉じる大将。呆れた、呆れかえるほどの大バカだ! 私は両手を腰にあて、

大将の目の前に飛び出してやった。


「邪魔よ、商売の!」

「こら、友紀!」

「いいのよ、約束を破ったのは大将なんだから」


大将は私の顔を見ると、ニヤニヤと笑い出した。失礼な男だと思った私は、

側に置いてあったメニューで、あいつの頭をはたいてやる。


「何するの、友紀!」

「笑うからよ、大将が!」

「友紀……お前頬にヒゲが2本付いてるぞ」


ヒゲ? どういうこと? 私は女。そんなことあるはずが……。慌てて洗面所へ走っていき、鏡を見る。


「あ!」


気持ちよく眠っていた私の頬に、何かでつけた線が2本、確かについている。

えっと……なんだろう。座布団に頭を乗せて、そして。

私は、その側にあった鉛筆とノートのことを思いだした。

そうか、あの上に顔を乗せて寝てたんだ。その跡がこれなのね。


それにしても、ヒゲ……とは。

私はまた大将に文句を言ってやろうと、店まで戻る。


「あれ?」


あいつは、もういなかった。





次の日、朝早く起きて市場へ向かう。競りに参加している大将は、今日も朝から忙しそうだった。

あまり近くでウロウロすると、気の荒い男達に怒られるから、少し離れたいつもの柱の前で、

あいつの仕事が終わるのを待つ。


「あ! 友紀!」


大将は軽く手をあげ、こっちを見た。

……いいんだって、投げキッスは、こんなところではいらないんだってば!

でも、市場にいる大将は、文句ばかりいう私でも、本当に素敵だと思ってしまう。

魚をじっと見ている目は、鋭くて、隙がない。


どうしていつも、そんな目で、私を見てくれないんだろう。まぐろと私と、どっちが好みなのよ!


「友紀ちゃん、大将とデート?」

「うん。今日、美味しい鉄火丼食べさせてくれるって言ったから」


うちの店に出入りする、青果店のおじさんは、大将のご贔屓さん。私とのことも知っていて、

結婚式では乾杯の音頭までとらせてくれとうるさいのだ。


「早く結婚してやりなよ、友紀ちゃん」

「……あぁ、もう、いいんです!」


私はしつこいおじさんを振り切って、大将の方を見た。行くぞ! という合図を受け、

一緒に店へ向かう。


「なぁ、友紀。望月のおじさんに口説かれたのか?」

「……は? 何言ってるのよ!」


そっちこそ、いつもパートのおばちゃん達に、あれこれ世話をやかれてるくせに。

知ってるんだからね、私。


「いただきます!」

「どうぞ」


大好きな鉄火丼。朝からよく食べられるなと思うかもしれないけど、この市場の食堂の雰囲気が、

そうさせるのだ。私は大きな口を開けて、どんどん食べていく。


「美味しい……ねぇ、大将。すごく美味しい。やっぱりさ、市場とかで新鮮なものを食べるのは
いいよね」

「だろ……」


大将は一口食べては私を見て、また一口食べていく。


「何? なんなの?」

「いや、友紀が美味しそうに食べてるから、嬉しいんだよね」


ちょっと照れ笑いの大将が、すごく眩しく見えてくる。あぁ……そう。そうなんだよね、

私、やっぱり、大将が好きなんだ。その笑顔は、何度見ても私をドキドキさせてくれる。

望月のおじさん、挨拶だいじょうぶ? そろそろお嫁に行っちゃうかもよ……。

私はまた、ご機嫌に鉄火丼をほおばっていた。





それから1週間後、大将からの呼び出しがあった。


「エ? 夕方5時にかもめの銅像前?」

「うん、頼むよ!」

「エ……なんで? ねぇ……あ……」


あっという間に電話は切れていた。私はもう一度頭の中で繰り返す。



『夕方5時に、かもめの銅像前』



きっと、そこから食事にでも行くつもりなのだろう。よく待ち合わせをする、海が見える場所。


「いらっしゃいませ」


あまり見かけない人達が店に訪れた。私はいつものようにお冷やを出し、オーダーを聞く。

その時、男性がメガネを外し、私は自然にその顔を見た。


「……」


あ……。舞台俳優の幸村悟だ! たまたまTVで見かけた顔に、すぐ反応する私。

幸村さんも、なんだか照れくさそうに、こっちを向いた。


「もしかして……俳優の幸村さんじゃないですか?」

「……あ、はい……」


ちょっとコミカルな役をこなし、お茶の間で人気の彼が目の前に現れたことで、

私はすっかりミーハーな人に変わっていた。


「この間、TVで特集されてたじゃないですか。僕、見たんですよ、それ」

「エ……本当ですか? あの鍋?」

「美味しそうだってみんなで。今日は市民会館で舞台だったものですから、なら、
ちょっと足を伸ばして、食べに行こうと」

「そうなんですか! 嬉しい! この間のドラマも見たんです、私!」

「あぁ……」


元々話しが好きな人なのか、色々なエピソードを劇団員の人達と語り出してくれた。

高校時代は演劇部に所属し、将来そんな夢もいいかしら……なんて思っていた私にとって、

その夢を叶えている彼らは、本当に輝いて見える。店は彼らの貸し切りのような状態になり、

いつのまにか母も輪に加わっていた。


「えっと……じゃぁ、最後にしめでこれにうどん入れてもらっていいですか?」

「はいよ! ちょっと待ってね」


私は空いたグラスを片付けながら、ふと時計を見た。


「……!」


時計は夜の7時を差し、空はすっかり暮れている。


「あ……大将……」


私は慌ててグラスを置き、店から飛び出そうとした。


「友紀! あんたどこに行くのよ。ちょっと!」

「ごめん、お母さん。私、大将と待ち合わせしてたんだ」

「大将と? 何時に……」


何時……。それを言うのは、ものすごく辛いんだけど……。


「……5時……」

「エーッ!」


母のビックリ声を振り切り、私は自転車に飛び乗った。

ここから『かもめの銅像』までなら、10分もあれば到着できる。


でも……、でも……、なぜ大将が5時にしたのか。それにはちゃんと理由があった。

彼は魚河岸に勤めている。本来、この時間はもう家でゆっくりしていないと、

いけない時間だった。そして、店を手伝っている私が、店を抜けられる時間。

そう、5時というのはそういう時間だったのに。



『なんで、遅刻するのよ!』

『どうして間違えるの?』



たった5分くらいの遅刻でも、私はいつも愚痴っていた。なぜ遅れたのか理由も聞かず、

自分勝手に怒鳴りつけていた。


それでも……大将は笑っていた。

どうしよう……こんな大遅刻して、怒って帰っているかもしれない。





いや、絶対に……







絶対に……






「はぁ……はぁ……」


かもめの銅像の下に、座っている大将のスニーカーが見えた。


やっぱり、大将は待っていた。





「大将……」

「……あ、友紀!」


いつもと変わらない大将の声に、私はただ涙が出る。その場で動けない私を、大将はゆっくり近づき、

そっと抱きしめてくれた。


「どうしたんだよ。何かおばさんに急用でも頼まれたのか? それとも、腹でも痛くなったのか? 
それとも自転車、壊れたのか?」


どうしてそんなふうに言うの? 私みたいに、なんで遅刻するのよ! って、どうして責めないの?


余計に辛いじゃない……。





「忘れてた……」

「……」


怒られるの覚悟で、私はひと言そう言った。大将は黙ったままその場に立っている。

呆れているよね、きっと……。


「そんなことも……あるさ!」


あぁ、もう! どうしようもないくらい、情けない。結局、抱きしめられたまま、何分かが過ぎていく。


「大将! もう帰ろう。明日も早いじゃない。ね!」


私は精一杯気を使ったつもりで、大将の腕を引っ張った。


「あ、友紀! まだ、話しが終わってないんだって」

「……話し?」


大将は嬉しそうに笑いながら、私の方を向く。小さく咳をすると、私の両手を握りしめた。


「嫁さんに……なってくれますか?」

「……エ!」


突然のプロポーズに、準備のない私は、言葉の続かないまま、大将を見つめ続けた。

それでもだんだん、また涙が溢れてくる。


「ずるいよ、大将。こんな時に言うなんて……」

「エ……どうして?」

「だって、断れないじゃない。申し訳なくて」


私はうつむきながらそう言った。いつものようにテキパキしていない私に、そんな選択させないでよ。


「……断る予定あったのか?」

「……ない……けど……」

「友紀! お前の目、真っ赤だぞ。魚なら、鮮度が悪い」

「何よ、それ!」


顔をあげた私を、大将はいきなり抱き上げ、2回グルグルと回した。周りの景色が回り、

大将の顔だけがハッキリと見える。そして、私の足が地面についた時、一緒にキスがついてきた。





今日だけは……今日だけは私の負けだよ、大将。

こんなわがままな私だけど、あなたのお嫁さんにしてください……。





それから2ヶ月。私は携帯電話を握りしめ、左足をトントンと地面につけている。

何度かの呼び出し音の後、聞こえてくる眠そうな声。


「……はい」

「ちょっと大将! 今何時だと思ってるのよ! 今日の打ち合わせ、10時だって言ったでしょ!」

「……あれ? 11時じゃなかったっけ?」

「いいから、急いで!」


いつものように怒って切ってやった。そう、大将の言うとおり打ち合わせは11時。

今から慌ててやってくれば、十分間に合うはず。

ちょっとは進歩したじゃない、私。これからもしっかり者として、大将を支えてやらなきゃね。


仲良さそうなカップルが、腕を組みながら私の前を通り過ぎていく。

見つめ合っちゃって、嬉しそうなんだけど……。


あぁ、もう! 早く来てよ、大将。式場に一人って寂しいんだから!

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しあわせ……って、人それぞれだよね

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