81 恋する行動力

81 恋する行動力



『夢尾花』先生のタイ話は、尽きることがないように思えた。

早く原稿をもらって帰りたいのに、その原稿をどこに隠したのか、

一向に仕事モードへは戻らない。

机の引き出し、サイドボードの中など、先生が隠しそうな場所を何気なく開き、

話を聞くふりをしながら探して見るけれど、原稿は全く見つからない。


「でね、でね、飯島ちゃん」

「はいはい、聞いていますよ」


全く、原稿をどこに入れているのよ。

私、鬼ごっこをするために来たわけではないんですけど。


「あ、そうそう、とっておきの情報があるの、聞いて」

「はいはい、聞いてます」


とっておきの情報? さっきから耳だけは夢尾花先生に預けてあるけれど、

先生のタイ情報って、観光のガイドブックには絶対に載らないだろうと思える

怪しい店のことばかりで、聞いた話を私がどこかで披露する可能性も少ないんだもの。


「……ってことなのよ、キャーどうする? 飯島ちゃん」

「はぁ……」



あぁもう、このまま、ここで時間を潰していたら、また残業だ。

下駄箱にも入っていないし、洗濯機の中にもないじゃない。



「先生、大変申し訳ないのですが……」



こうなったら背に腹は変えられない。

いつまでもここで『鬼ごっこ』をしているわけにはいかないし、

私は『奥の手』を『夢尾花』先生に突き出した。


「実は……」

「何?」


昨日から細木さんは、大好きなお菓子がノドをあまり通らないくらい体調が悪く、

今日も医者からは休めと言われたにも関わらず、

今、抱えている仕事を途中にしたまま、倒れるわけにはいかないと、

必死に仕事をしているとウソをつく。



「エ……針ちゃんが? やだ、風邪?」

「風邪かどうかはわからないんですけど……そうとうまずそうです」

「食欲は?」



食欲? えっと……



「いつもの半分くらいだとか……なんだとか」

「半分?」



うわぁ……大きい声。そんなに驚くことですか?

細木さんの半分くらいで、菅沢さんや及川さん程度ですよ。



「それじゃダメよ、痩せちゃうじゃない。針ちゃんじゃなくなっちゃう」



細木さんが、細木さんだとわからなくなるくらい痩せるには、

どこかの仙人に修行の申し入れでもしない限り、無理だと思いますが。



「とにかく、早く原稿を持って帰って、楽にしてあげたいんです」

「そうよ、そうよね。いやだ飯島ちゃん、そうならそうと早く言ってよ。
タイのお話なんて、いつだって出来るんだから」



何を言っているんですか。聞くとも言っていないのに、話し始めたのはそちらです。

だから『奥の手』を出したのに。



「はい、原稿! すぐに針ちゃんを楽にしてあげて!」






エ! 冷凍庫?






そんなところにあると、思うわけないじゃないですか……

原稿を冷やし固めてどうするんですか。





はぁ……





なんとか『夢尾花』先生の原稿をもらい、電車に飛び乗った。

車内の地図を見ると、3つ先にある駅が目に留まる。



『麻見記念病院前』



この文字を見た途端、抑えていた気持ちがあふれ出てくる気がした。





『会いたい』





田ノ倉さんが入院している病院に行くには、この駅で降りるのが一番だ。

記憶が混乱していて、色々と大変なのはわかっている。

でも……

今朝、実玖さんが本社へ来るのが見えた。

あれからまだ、数時間しか経っていない。タクシーがわざと乱暴な運転をして、

私に実玖さんの存在を教えてくれたのだとしたら、これはきっとチャンス。

それに、『夢尾花』先生との付き合いは昔からなのだから、

きっと田ノ倉さんも覚えているはず。

先生が心配していたことを口実にして、私がお見舞いに行ったら、

意外に不自然ではないかもしれない。

顔を見せて、少し話が出来たら、心の奥底に沈めてしまった記憶が、

少しだけでも表に出てくるんじゃないかな。


ただ、時間が過ぎていくのを待っているだけじゃ、

何もいい方向になど、変わらない気がするし。


私は駅を降り、小さな花屋でお見舞い用の花束を作り、

田ノ倉さんがいるはずの、最上階を目指す。


もし、親戚の方がいたら、花束だけ渡して帰ろう。

何もしないでただ、黙っているのは……やっぱり辛いから……





心臓が飛び出しそうになるのを、

深呼吸で整えながらエレベーターが止まるのを待つ。

開いた扉から外に出ると、大きな窓がある休憩室に、座っている田ノ倉さん。

私は花束をしっかり握り、前に向かって歩き出した。



82 記憶のきっかけ


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コメント

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GO!!

『夢先生』は和が落ち込んでる事、なんとなーく分かったのでは?

だから彼女特有のやり方で・・・

恋に迷いや後戻りは常にある。
でも前に進むことをあきらめたらお終い。

せめて思い出してもらおう!

行け、和

yonyonさん、こんばんは

>『夢先生』は和が落ち込んでる事、なんとなーく分かったのでは?
 だから彼女特有のやり方で・・・

意外に繊細かもね(笑)
ちなみに、正式には夢さんは彼氏……だけどさ。

さて、思い出してもらおうと一歩進んだ和。
落ち込んでばかりもいられないからね。