82 記憶のきっかけ

82 記憶のきっかけ



『麻見記念病院』、最上階にある休憩室。

田ノ倉さんが一人で座っていた。横には松葉杖が置いてある。

周りには、誰もいない。廊下を見ても、来る人はいない。



話しかけるのなら、今しかない。



「こんにちは」


座っている田ノ倉さんの前には、『SOFT』の最新号が置かれていた。

そう、私が印刷所で見た、あの最新号。


「あ……こんにちは……えっと……飯島さん……」

「はい」


そうか、また、記憶が戻っているわけじゃないんだな。


「郁と一緒ですか?」

「いえ、今日は……」


私はあらかじめ作ってきたシナリオ通り、

『夢尾花』先生のところに原稿を取りに向かったところ、田ノ倉さんの話しになり、

それでは帰りにお見舞いに伺い、様子を報告することを約束したとウソをついた。


「夢尾花先生ですか、楽しい方ですよね」


田ノ倉さんは、『夢尾花』先生が昔、ファンから声をかけられるのが嫌で、

大きなサングラスをつけて歩いていたら、そこだけ日焼けしたことがあって、

余計に化粧が厚くなったと、思い出話をし始めた。




いいな……『夢尾花』先生。ちゃんと田ノ倉さんの記憶に入っているんだ。

他にうらやましいところはないけれど、これだけはうらやましい。




「田ノ倉さん、怪我は、だいぶよくなったのですか?」

「はい……松葉杖を使えば、そろそろ退院して仕事にも復帰できると思うのですが。
仕事の感覚を戻すまでに、もう少しかかりそうで……」

「そうですか」


よかった、一生残るような怪我にならなくて。

それにしても、せっかくの時間なのに、何をどう話したらいいのかわからない。

飛び出した言葉がつながることなく、プツリと切れてばかりいる。



難しいな……



なんていっても、田ノ倉さんの頭の中に、私の記憶がないのだから。


「あ、そうだ、飯島さん」

「はい」

「これ……なんですが」


田ノ倉さんは私に『SOFT』に掲載されている『SLOW』の特集ページを開き、

そこにある名前を指差した。

『飯島和』、そう、私の名前。


「飯島さんは、郁のところで『BOOZ』の編集をされていますよね、
どうして、この企画に参加してくださったのですか?」



どうしてって……



田ノ倉さんが、『STAR COFFEE』の前で、私を呼び止めたんですよ。

何を言うのかその時には教えてくれなくて、

笑顔のまま指を口の前において、内緒だって、そう言ったんです。





その前の日、『好きです』と言ってくれた、その唇で……





「……ごめんなさい。また失礼なことを聞いているんでしょうね、僕は。
立場的には、僕がお願いしたことだとは思うのですが……」



私、辛そうな顔をしてしまったんだ。

田ノ倉さんが申し訳なさそうにしている。

ダメ! それじゃ、なんのためにここに来たのか……



「いえいえ、いいんです。
実は、『SLOW』のロケ地になった場所が、私の田舎で」

「田舎?」

「はい、実家のある場所に近くて、
それで地元の方に声をかけやすいからという理由で、参加させていただきました。
そのお寺の住職は、私の同級生で、彼の父親はPTA会長の常連さんなんです」

「実家のある場所……この人が同級生?」

「はい、田舎なんですよ。でも、空気がよくて……」



田舎の話なんてしたって、無駄なことはわかっている。

でも、あの都会とは違った空気を感じた時間のことを、思い出してくれないだろうか。

揺れる木の音や、森の香りと川のせせらぎ。

遠くに見える山々の雄大さと……





あの、二人で見た、綺麗な星空。





田ノ倉さんは、何かを思い出そうとしているのか、

目を閉じて私の話を聞いている。





「大きくて、まっすぐな木が立っていて……」

「あ、はい!」

「公園……」

「はい、あの……それは『総合公園』と言って……」



田ノ倉さんの中に、何かが思い出されているんだろうか。

もしかしたら……



もしかしたら……

沈んでいた記憶が、少しだけでも出てきてくれたら……





「飯島さんにお願いしたのは、私よ」





私と田ノ倉さんだけだった休憩所に、実玖さんの声が響いた。



83 運がある人


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コメント

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ちっ!

あ~~~良いところだったのに!!!

実玖さんそんなに邪魔したい?ってしたいよね。恋敵ですもの。。

でも諒が和の事思い出した時、嫌な思いをするのは自分だって気づいてる?

んもう!

yonyonさん、こんばんは

>あ~~~良いところだったのに!!!
 実玖さんそんなに邪魔したい?ってしたいよね。恋敵ですもの。。

そうそう、実玖にすれば、和は邪魔者ですからね。
でも、そんなことをすればするほど……
このへんも微妙なところですが。

まぁ、続きもお気楽に読んで下さいませ。

有難うございます。

田ノ倉さん辛いな~和も遠慮しないでっていってあげたいくらいです。
まさか、記憶が無くなるとは予想外でした。更新が楽しみで、仕事終わりに、真っ先におじゃましてます。
これからも、宜しくお願いします!

こんばんは!

みーさん、こんばんは
コメント参加、ありがとうございます。
とっても嬉しいです。

>まさか、記憶が無くなるとは予想外でした。

あはは……予想外でしたか、そう言ってもらえると、『よし!』という気分になれます。


>更新が楽しみで、仕事終わりに、真っ先におじゃましてます。

本当ですか? これからもマイペースに続けますので、
どうかお気楽にお付き合いください。
まだ未読創作でもありましたら、お暇な時にチャレンジしてみてください。