83 運がある人

83 運がある人



実玖さんは、小さな袋を手に持ち、休憩所へ来た。

袋の中には大手何社かの新聞が入っていて、それを田ノ倉さんに渡す。


「諒、飯島さんにお願いしたのは私なの。増渕編集長からそう言われたから。
もう、『SLOW』のことはいいって言ったでしょ、あんまり欲張らないで」

「欲張っているわけではないよ。
飯島さんはご本人だから聞こうと思っただけで……」

「あれこれ積み重ねることで、ストレスが溜まるとよくないって、
先生にも言われているの。まずは体をしっかり治して。
私、おばさまから諒のことを頼むって言われているんだから、
少しは言うことを聞いて欲しい」



実玖さんの目が、私の方を向く。

言葉は田ノ倉さんと交わしているのに、目だけはこちらを向いていて……



「私だって、こんなに強くは言いたくないわ。でも、誰かが言わないと……」



何をしに来たの? と、無言で問いかける。



「ごめん……」


田ノ倉さんは『SOFT』を閉じると、実玖さんの方を向いてしまった。

もう少し、色々と話せば、何かが出てくるかもしれないのに、

この状態じゃ、それは無理。

今、私があれこれ言うことこそ、『ストレス』になるのだろうから。


「それじゃ、これで失礼します」

「あ……『夢尾花』先生によろしくお伝えください」

「はい……」


結局、『夢尾花』先生への伝言相手になってしまった。

仕方がないけれど……

田ノ倉さんに頭を下げ、エレベーターへ向かう。


「飯島さん……」

「はい……」

「少しだけ、お時間ありますか?」


実玖さんは私と一緒にエレベーターに乗り、1階のロビーへ降りた。

患者さんの動きとは逆に、私たちは外へ向かう。


「この際だから、話しますね」

「はい……」

「諒の怪我は順調に回復しています。でも記憶のことを考え出すと、
イライラするのか口数が減るし、急に怒り出したりします。
周りが思っている以上に、記憶が抜けていることに対して、
プレッシャーもストレスも感じているんです」


実玖さんは、田ノ倉さんにとって、今、

記憶を蘇らせることがストレスになっているとそう話しだした。

言っている意味は、なんとなくわかる。

確かに私だって、思い出せないことがあると、どこかに何かがひっかかっているような、

複雑な気持ちになってしまうし……




「それでも……いつかきっと、思い出すでしょ」




実玖さんのその言葉は、どこか諦めたような、

放り投げられたような複雑な言い方に聞こえた。


「諒を見ていたらわかっていました。あなたを好きになっているんだなって。
だから、諒に頼んで、『SLOW』のロケに参加して欲しいと頼んだんです」


そういえば、田ノ倉さんも言っていた。

ロケに参加して欲しいと頼んだのは、実玖さんだって。


「どんな人なんだろうって、そう思って」


冬の風が冷たい音を立て、私たちの前を通り過ぎていく。

1枚の枯れ葉が舞い上がり、クルクルと回った。


「諒にとっては、私はいつまでも血のつながらない妹なんだって、
覚悟はしていたんです。過去にお付き合いしている女性のことだって、
知らないわけではなかったし。でも……あなたにたいしての諒は違っていたから……」


私に対する、田ノ倉さん。

過去と、何が違うというのだろう。


「あなたを見ている諒を、見る自分が、なんだかとても情けなくて……」

「実玖さん、何が違うんですか?」


私が、そんな質問を投げかけると思っていなかったのか、

実玖さんは驚きの表情を隠せない。

でも、実玖さんが感じていることを、きちんと聞いておきたい。


「何が……」

「別に、具体的にどうのこうのとは言えません。
でも、あなたが、諒を好きになるずっとずっと前から、私は諒を好きだったから……」





私の前で、実玖さんがそう言った。

ストレートな告白。現実に、こんなことってあるものなんだな。

純粋にまっすぐな瞳を向けられて、言葉が返せない。




「だから……今だけはそばにいさせてほしいんです。
あなたのことを思い出すまで……」




実玖さんはそれだけを言うと、また田ノ倉さんのところへ戻ってしまった。

実玖さんが感じた『何か』が、結局わからないまま。

『思い出すまで』と言っていたけれど、『思い出す』のかどうか、私にはわからない。



……ううん、思い出してくれる保障なんて、どこにもない。





予定よりも遅い戻りに怒られるかと思ったが、

誰にも何も言われないまま、何気なく仕事に戻る。


「和ちゃん、これ、チェックお願い」

「……あ、はい」


いけない、いけない。

仕事に向かうときに、別のことを考えているとまた失敗する。

私は大きく深呼吸をした後、リストチェックに集中した。





次の日は、菅沢さんと一緒に小さなラーメン店へ出かけることになった。

先日取材をした『保坂優』さんの追加取材になる。

1週間前に発売された、人気バンドのMVに出演した彼女だったが、

思い切った衣装が好評で、急遽ページを増やすことになった。


「運のある女ってことだろうな」

「運……ですか」

「そう。別のアイドルの取材が入っていたのに、
プロデューサーとの密会写真が出てしまったことで、NGになっただろ」

「そうですね」


畑山宗也の事務所にいる新人が、『SLOW』の撮影にあわせて、

来月号の『BOOZ』に載る予定だったが、プロデューサーとホテルに入る写真が

他雑誌に掲載され、急遽事務所側からキャンセルになる。

菅沢さん流に言えば、彼女は『運のない女性』ということになるんだろうか。




……運かぁ

私はどうなんだろう。運があるんだろうか、ないんだろうか。




「おはようございます」

「おはようございます、先日はありがとうございました」

「いえいえ、こちらこそ。またこうして取材していただけて、
なんだかますます人気が出ちゃいそうで怖いです」


保坂さんは、ベテランのマネージャーが横でストップをかけているのにも関わらず、

楽しそうに思ったままの言葉で表現してくれた。



私は結構好きだけどね、こういう人って。





全ての取材を終えて、経理部へ書類を回す。

それで半地下編集部へ戻ればいいのに、足は自然と3階へ。

今日は『SLOW』の漫画家さんが、映画化記念のサイン会を開く日。

東原さんたちもみんな、あちこち忙しいだろう。



「ねぇ、諒。もうやめて……。あれこれ考えすぎるのはよくないって、
病院の先生に言われたでしょ」

「嫌なら実玖は帰ればいい」

「帰ればって……」

「やらなければならないことも、思い出さないとならないこともたくさんあるんだ、
もう、一人でタクシーにも乗れるし、病院にも戻れるからほっといてくれ」

「でも……」

「うるさい!」


田ノ倉さんの腕が近付く実玖さんに触れ、バランスを崩した実玖さんが、

書類の束に手を置いた。積み重なった紙が、机の下に落ちていく。


「……ごめん」

「大丈夫……」


そばに駆け寄って拾えばいいのかもしれない。

でも、私には二人の間に入る勇気が、出てこなかった。



84 過去か未来か


気になる諒の態度に、和の心は……
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コメント

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yokanさん、こんばんは

>テラスの君の記憶が戻ることを祈るのみ・・・かな

忘れられてしまった和と、そばにいながらも不安な実玖
どちらも辛い……のかどうか、
『ケ・セラ・セラ』と気持ちを前向きに出来るか……
さらにお付き合いくださいませ。