84 過去か未来か

84 過去か未来か



今日も相変わらず、横断歩道では『手をたたきましょう』が流れ出す。

田ノ倉さんが、あんなふうにもがいている姿を見ると、複雑な思いばかりが膨らんだ。



忘れられたことを知った時には、思い出してほしくて涙を流したのに、

今は……



『過去』を思い出すことは、そんなに重要なんだろうか。

今、生きていることを喜ばず、現実を置き去りにして、必死になるなんて……

どこか間違っている。



そう思い、心で叫ぶ私がいた。





「戻りました」

「おぉ、和ちゃん」


細木さんのデスクには、今日もあれこれお菓子が並んでいる。

美味しそうな一口みたらし団子。


「細木さん、昨日の献立、何を食べたか覚えていますか?」

「献立? 夕飯の?」

「はい……」


細木さんは覚えているよと笑い、昨日はご近所の食堂で、

焼き魚定食を食べたと話してくれた。

肉じゃがはその店の自慢で、玉子焼きは少し甘めの焦げ付きがいいらしい。


「それなら、おとといは覚えていますか?」

「おととい? なんでそんなことを急に聞くの?」

「そうですよね……」


そう……なんだろう、私、そんなことを聞いて。

細木さんが食べた量を、同じように食べられるわけでもないし。


「おとといかぁ……あれ? そう言われて見たら思い出せないな。
食べていないはずがないのに」


細木さんはそう言いながら右手と左手で茶碗とお箸を持つポーズをした。

こうしてみると、思い出すような気がすると笑い出す。


「いいんです、いいんです。そんなこと思い出さなくて。ごめんなさい」

「ん? いいの? 和ちゃん。うわぁ……でもなんだっけなぁ、気になるぞ。
他の記憶はどうでもいいけれど、食べ物の記憶がないのは、気になるなぁ……」

「いいんです。どうせ過去のことじゃないですか。
そんなことを思い出そうとしてあれこれ考えるのなら、
今日何を食べようかなって思うほうが、よっぽど楽しいですよ」

「楽しい? まぁ、そうだね。今日は何を食べようか……と思うだけで、
確かに楽しい」




そう……

過去を思い出すために必死になるなんて、ナンセンスだ。

そのために今をつまらないものにするなんて……




「さて、ではここに並ぶお菓子、どれから食べたらいいと思う?」

「細木さんの好きなものから食べたらどうですか?」

「……そうか、そうだよね。今、地震が来たら困るしね、
好きなお菓子のメーカーが、明日経営難で生産をやめたら、みんな買いだめになるし、
あの時にしっかり食べておけばよかった……って一生後悔するよ」

「はい」


小さな話が、なぜか大きくなる細木さんのたとえ話。

でも、とんでもなくおもしろいけど……


「おい、飯島」


菅沢さんが少しだけ顔を動かし、外へ出るようにと私に合図した。

なんだろう、編集部では言えない事?

無言のまま歩く菅沢さんいついていくと、『STAR COFFEE』に入ってしまう。


「すみません、ブレンド……と飯島は?」

「あ……カフェラテを」


いつもコーヒーは編集部で飲むのに、どうしたんだろう。

しかも、何も言わずにお会計もしてくれているし……





宝くじでも、当たりましたか?





「お前、何があった」

「……何って、なんですか」

「それをこっちが聞いているんだろう。
仕事中にボーッとしてみたり、そうかと思えば、針平に変な質問をしてみたり」

「変って……まぁ、変ですけれど」

「あの女に、何か言われたのか」


『あの女』とはきっと、実玖さんのことだ。

何かを言われたといえば言われたけれど……

それを菅沢さんに愚痴ることじゃないし。


「昨日、おばさんに会ってきた」

「昨日?」


そういえば、菅沢さん途中から消えていた。

どこかに取材かと思っていたけれど、そうじゃなかったんだ。


「諒のことで話があるってそう言って、あいつの記憶の消えている部分に、
お前がいることを話してきた」

「私?」

「あぁ……」


田ノ倉さんが、事故に会う前に私と過ごしていたこと、

何もなければ、親に紹介していたのではないかと、

菅沢さんは田ノ倉さんのお母さんに語ったらしい。


「おばさんが、お前に一度会いたいって。だから一緒に……」

「どうしてそんなことをするんですか」

「どうしてって? こっちが助けていかないと、
あいつがいつ思い出すかなんてわからないだろう」

「そんなことしたら、田ノ倉さんを余計に追い込むだけです。
それでなくても、失った記憶にもがいているのに」

「もがく?」

「何を忘れてしまったのかわからずに、苦しんでいるんですよ。
まるで、罪でも犯したように、おどおどした表情で。
それじゃ、今生きていることを、喜ぶことが出来なくなります」



みんな忘れている。

田ノ倉さんの車が、大破する事故だったこと。

足を骨折し、顔に包帯を巻いていたこと。

記憶が混乱していることばかりにこだわって、みんな……



田ノ倉さんに、また会えたことを……忘れている。



「携帯電話がなくなった」

「携帯電話?」

「あいつが事故にあったとき、助手席に置いてあったバッグは無傷だって、
康子さんが言っていた話を思い出したんだ」

「携帯が……なにか」

「お前と連絡した記録とかも残っているだろう。
そういったものを見たら、思い出すかもしれないとそう……」


通話の記録。

確かに、私と田ノ倉さんが互いに交わしたメールも残っているだろう。

でも、覚えていない人に突きつけるのは……


「それが無くなっていた。バッグを見せてもらったけれど、携帯だけがなかった。
問い合わせたら解約されている。事故で壊れたという理由で……」


話が……

よく見えてこない。


「もっと早く気付いておけばよかった」


目の前で後悔している菅沢さん。

私には、何がどう動いているのかさえ、わからなかった。



85 影の手


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コメント

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隠した?

次の瞬間何をするか、常に決断している。
そして過去は忘れられて行く。

すべて覚えていたら、頭の中は大混乱。

しかし、それを操作していいはずは無い。
携帯、実玖の仕業だね。

さて、真相は

yonyonさん、こんばんは

>すべて覚えていたら、頭の中は大混乱。
 しかし、それを操作していいはずは無い。

確かに、忘れて行くのが普通だよね。
でも、周りが知っていて、自分だけが知らない……のはやはり気分が悪い。

さて、操作されているのか、携帯も無くされたのか……
さらに続くのです。