88 低気圧の行方

88 低気圧の行方



『SOFT』や『週刊文青』など大きな編集部では、

来客があった場合、編集部員が仕事をこなすデスクとは、

離れた場所で打ち合わせをすることが多く、

関わりのない人が何をしているのか、わからないこともあるが、そこは半地下編集部。

予算も敷地もないため、ちょっとカーテンをつけたような場所で話をしてくれて、

関係のない私にまで、内容が筒抜けとなる。


それにしても秋田編集長が、日向淳平のマネージャーと関係ある人だったなんて、

全く知らなかったわ。


「お父さんはお元気か」

「はい、昨年やっと会社から手を引きまして、今は趣味のカメラを片手に、
あちこち飛び回っています」

「そうか……いいなぁ、うらやましいよ」



編集長だって、占いの本を片手に、あちこちの喫茶店を飛び回っているじゃないですか。

スケールが違うだけですよ……



「それにしても、日向淳平の仕事で相談とは、驚いたな」

「同じスタイルを続けることを、本人が避けたいと考えているようで。
今、春開始のドラマも決まっているのですが、その後は少し変えていこうと……」

「そう……イメージチェンジは必要だろうけれど、難しいぞ」



イメージチェンジかぁ、人気俳優も大変だな。

でもどう変えるつもりなのか、メチャクチャ興味ありますけれど。



「難しいのは承知です。しかし、年齢的にも企業からの注目度をあわせてみても、
やはり今かと……。MBCさんからのお話もそこに重なりまして」

「MBCの特別ドラマかぁ……確かにいい枠だね」

「はい。うちとしてもいいお話なので、ぜひと思っておりまして。
しかし、まだ最終的なスポンサー許可が下りていません。
どうでしょうか、こんな状態ですがご協力いただけますか」


ドラマを作るのはもちろんテレビ局だけれど、お金を出してくれるのはスポンサー。

そのため、企画が上がっても、採用されないことだってある。

たとえ、人気俳優が出るとしても、それだけで大きなお金は動かない。


「もちろん、協力はしたいと思うけれど、いいのかね? 
日向淳平が『B級雑誌の編集部員』なんていう設定で」

「いえいえ、『秋月出版社』を影で支えているのは、
実はこの雑誌だということくらい、知っていますので」


そこから飛び出してきた話しに、私はすっかり心を奪われた。

『BLUE MOON』で高視聴率をたたき出した日向淳平は、

次の主演ドラマが春に決まっている。年が明けたらすぐに撮影に入るらしいが、

それと同時に、この企画の準備を始めたいのだという。


しかも、その題材が『B級雑誌の編集者』で、

色々な悩みを抱えた人たちと出会いながら、

成長していくというヒューマンドラマなのだ。

そのモデルとして選ばれたのが、この『BOOZ』で……





「嫌です!」





ほら、この人は言うと思った。


「なんだか時計が遅れているなぁ、電池でも足りないのか」

「秋田編集長、嫌だといいましたが、聞こえてますか」

「聞こえてはいるが、頭に入れようとは思わない」


日向淳平のマネージャー田沢さんは、役作りの参考にするため、

菅沢さんに協力を願い出た。編集長ったら……





『おぉ、菅沢かぁ。あいつなら俺がなんとでもするよ』





と、絶対に出来ないことを、大先輩の息子だという見栄を張りたい設定だったからか、

受けてしまい……


「郁。日向淳平はいい役者だぞ、それがお前を参考にしてドラマを作りたいだなんて、
これは光栄なことだと言えないか?」


母親が熱烈な日向淳平ファンの私と、実は隠れてファンの及川さんが、

揃った頷きで、編集長をフォローするが。



「おもしろおかしく描かれたらたまらないし、
あんな男に周りをウロウロされたら、迷惑なだけです。
しかも、まだ正式に決まってもいない話だって言うじゃないですか。
なくなったらどうなるんですか」



あんな男……って、こんな男に言われるなんて。

日向淳平ファンの母が聞いたら、悲しみます。



「編集長が引き受けたらいいんですよ。昔のことでも思い出して」

「うーん……」



は? 編集長。どうしてそこで考えるんですか。

あり得ませんよ、それ! 考えること自体、あり得ませんって!




「いや……それは、やめておくよ、郁。向こうの許可が出ないだろう」




あったりまえじゃないですか。

日向淳平が演じる役のモデルが、秋田編集長だということになったら、

ファンの間で『デモ』くらい起きますよ。

いや、『水攻め』くらいされるかもしれません。


「なぁ、郁」


全く、この菅沢低気圧、

怒りと偏見という栄養素を手にし、さらに勢力を増している。

わがままのヘクトパスカルは、最上級だ。


「迷惑だけではないぞ……もちろん、いいこともある」

「いいこと?」


編集長は、こんなことが起こると予想していたのか、

『BOOZ』のグラビアを飾った数名のタレント写真を取り出し、デスクに置いた。

その中の1枚は、『高部まひる』さん。


「実は、ある提案を事務所側にあらかじめしてあって、
そのフォローを田沢君にお願いしている」

「提案?」


編集長が提案したのは、『DOプロダクション』で活躍する数名のタレントを集め、

1冊の写真集を出すという企画だった。

看板役者の日向淳平がいるとはいえ、事務所の規模としては大手とはいえないため、

出版社との企業提携も、まだ確立されていない。


「この保坂優という女の子は、MVの出演から人気が出始めて、
日向のドラマにも、脇役として顔を出すことになった。
それに、この『HINAKO』というモデルは、
昨年秋から化粧品会社のモデルに抜擢されて、人気も上がってきているだろ。
うちでも特集を組んだはずだ」


編集長の口からは、流れるように企画の趣旨が発表された。

いつも、カレンダーの数字を追いかけている人とは思えない変わりっぷり。


「日向が郁のイメージで役を演じる中でも、この写真集作りが撮影される。
そうだ……コラボ企画! ということになる。もし、ドラマ作りが延びたとしても、
この企画だけはそのまま続行される」



『コラボ企画』



確かに……



「『高部まひる』さんも、入れてもらえるのですか?」

「そうだ、そこはしっかりとお願いしてある」

「そうなんですか。彼女もこの企画に入れてもらえたら、
また、『BOOZ』の認知も上がりますよね。うちから飛び出してくれたタレントですから」

「そうなんだよ、飯島さん」


なんだかウキウキしてきた。

『日向淳平』に『BOOZ』と『高部さん』がからんでくれて、

さらに『菅沢さん』と『テレビ』に『写真集』が……


「素人さんが急にレポを書けなくなったことも、
本当はとても繊細な感情の中で動いている女の子たちのことも、
それから、きわどい内容でも、手を抜かずに取材して、
雑誌を作っている私たちのことも……世の中にわかってもらえるチャンスですよね」





……日向淳平に堂々と会える、チャンス……ですよね!





チャンス、チャンス……

と、何度も口にしてみたけれど、目の前の低気圧は、全く表情を変えてくれない。


「郁……」


問いかけに答えない菅沢さん。この無言の時間が、くせ者なのよ。


「編集長、それだけ言うのなら、俺に一つだけ条件があります」

「条件? なんだ」


低気圧の目が、私を睨み……


「チーフは飯島で。交渉も全て、飯島がこなすというのなら……」


低気圧から吹いていた右巻きの強風が、突然左巻きの暴風に変わる瞬間だった。



89 資料室の再会


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コメント

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はーとふる

あらら・・淳平に会えるチャンス!だと思っていたのが、
何やら仕事で大きなチャンスが?

ここは頑張り所だな。今は諒のことはあまり考えないように・・


フフフ淳平が演じる郁って?史香はどんな風に想うかしら?

あっちこっち

yonyonさん、こんばんは

>ここは頑張り所だな。今は諒のことはあまり考えないように・・

諒には諒の、郁には郁の、そして和には和の日々が……
さらに淳平の日々もからんでいきます。

淳平の演じる郁?

……そりゃ、史香は首を傾げる状態じゃないのかな(笑)