J&F(3)

J&F(3)



田沢さんが呼び出されていなくなった楽屋に、お騒がせの後輩保坂が飛び込んできた。

そして、もう一人……


「日向さん、彼女は高部さんと言います」

「高部さん?」

「あ……あの、私、11月から事務所に入りました『高部まひる』と申します。
まだ、仕事という仕事は出来ていませんが、今日は保坂さんの仕事見学に来て、
それで……」


新人らしく、もうこれ以上頭が下がらないというところまで、必死に下げている。

そうか、本当に社長、女性タレントに力を入れているんだな。

今月に入って、挨拶されるの何人目だ?


「私が、ここへお連れしました。
事務所の先輩にご挨拶できる、いい機会かなと思ったので」


どこまでもずうずうしく出来ている、完全自由主義のタレント、

先輩保坂の後ろに立つのは、まだ、芸能界のことなんて何も知らない高部さん。

部屋の入り口部分で、入ることを躊躇している。

そう、この初々しい態度が普通でしょうが。


「どうぞ、遠慮しないで中へ入って」

「ありがとうございます」


保坂と並んで変わらないから、身長は165センチくらいかな、

髪はセミロング、目元にほくろかぁ……へぇ……ちょっと色っぽいよね。


「ハ……ヘ……クシュン!」


それに比べて、保坂……君のどこにあふれ出る色気がある?

そのクシャミ顔は、社長に怒られるぞ。


「あの……」

「はい」

「これ、『BOOZ』ですよね」

「あぁ、うん。高部さん、『BOOZ』を知っているの?」

「はい、私、この雑誌の『水蘭を探せ』で写真を載せていただいたんです」

「水蘭?」


高部さんは、緊張した顔から優しい笑顔に変わり、僕から『BOOZ』を取ると、

連載漫画のページを開いた。

主人公の『水沼蘭』を意識した企画が自分の運命を変えてくれたと、

懐かしそうな目を向ける。


「『水蘭を探せ』かぁ……おもしろい企画だね」

「はい、3名の中に選んでもらうことになって、
初めて、プロのカメラマンに写真を撮っていただきました。
緊張してしまって動けなくて、厳しいことも言われましたが、
そのおかげで、この世界でも頑張る気持ちになれましたし……」

「初の撮影は緊張するよ、誰だって」

「そうですね、私も緊張しましたよ、
魅力の80%くらいしか出せなかった記憶がありますから」




お前に聞いていないだろうが、保坂!

まぁ、いいや……




「そう80%ねぇ……」

「はい」




保坂は性格の50%くらいが出たら、あとは隠して欲しいと、

田沢さんがよく言っているけどな……




「ふーん……」

「はい」




この特殊な感覚が、度胸に変わるんだろう、きっと……




「だとすると高部さんは、この編集部の人はみなさんよく知っているの?」

「はい、お世話になりましたので」


雑誌の一番後ろに、編集者の名前が記載されている。

編集長は田沢さんの知り合い、秋田兼造さん、そして……


「細木さんはちょっとふくよかな体系の方で、お話がとってもおもしろいんです。
お菓子が大好きで、新商品のこともよくご存知ですよ。
飯島さんは一人だけ女性の編集部員さんで、明るく話しやすい人で……
編集部全体の空気を、すぐに和やかにしてくれます」

「及川……これ、信長って読んでいいのかな」

「……及川さんはよくわかりません」

「わからない」

「はい、一度もお話をしなかったので、でも菅沢さんは……」




菅沢郁

田沢さんからも名前が出た人だ。




「とっても、とっても、素敵な人です。『水蘭を探せ』の撮影時も、
菅沢さんがいてくれたから乗り切れました。もし、菅沢さんがいなかったら私、
きっと、こんなふうに芸能界に入ろうだなんて、思わなかったかもしれません」


高部さんはその名前を見つめたまま、隠すことなく嬉しそうな表情を見せた。

『芸能界に入るきっかけ』

どんなことがあったのか、彼がどういう人なのか聞いてみたい気がする……


「高部さん、その菅沢って人素敵な人? ねぇ、どういうふうに?
顔? それとも性格?」

「エ……私にとっては両方です」

「そうなんだ、顔がいいのが素敵なのは当たり前だけれど、性格って大事よね……」



保坂……君がそういうと、妙な説得力がある気がする。



あ……ほら、あんまりあれこれ聞くなって、高部さんが萎縮しちゃうだろ。

その後すぐに、ADが楽屋へ姿を見せ、保坂は高部さんを連れて出て行った。



菅沢郁かぁ……

いったい、どんな男なんだろう。

高部さんの態度に、また違った興味がわいてくるんだけど。


「おい、淳平、今うちの保坂が廊下を歩いていたぞ、ここへ来たのか、あいつ」

「あぁ、そうなんですよ。事務所の新人を連れて、挨拶に来ました」

「挨拶?」


田沢さんは扉を開き、どちらに行ったのかと右と左を交互に見る。

テーブルの上には、話題の中心になった『BOOZ』が残された。


「あいつ、基本レッスンの受講料、所属タレント中最高金額なんだぞ」

「最高金額?」

「補習、追試、追加……の嵐だったって、社長が頭を抱えていた。
少しは先輩と言われるようにでもなれば、自覚も出て、売り上げを出してくれるか?
今のところ赤字だらけで、プラスマイナスゼロになるのもはるか遠くだしな」

「さぁ……あふれでる色気だそうですよ」

「色気? 何を言っているんだあいつは全く!」


時計を見ると、本番まであと20分近くが残っている。

僕は畳の方へ体を倒すと、そのままタオルを顔に乗せ、少しだけ目を閉じた。




J&F(4)


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