J&F(5)

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史香が『丸代青果』に働き始めてから、1週間が過ぎた。

年末に向け、仕事が忙しくなった僕は、直接会うことが出来ず、

報告はもっぱら電話だけになる。


「怒鳴られた?」

『はい、でも私が悪いんです。指定された場所にきちんと置けなかったし、
約束の時間よりも10分遅れてしまったことを、連絡が出来なかったから』

「いや、それでも……」

『全然違う業界なのに、なんだか日向さんのマネージャーたまごとして、
一緒に行動していた時のことを、思い出しました』



たまご?

あ、そうか……史香、そういえばよく怒られていたな。



田沢さんから頼まれたものの、一つサイズ違いを買ってくることもあったし、

僕が指定した歯磨き粉を買いに出かけて、おいていかれたこともあった。

何気なくスタジオの隅に立っていて、

ケーブルひきをしているADに怒鳴られていたこともあったし、

差し入れを持って行かせたら、話し相手として捕まって、

休憩時間を棒に振ったこともある。



それでも……

最終的には、みんな史香を好きになっていた。

『あの子は、いい子だよね……』

そう、何度声をかけられたことか。

自分のことをほめられるより、鼻を高くしたっけ。


『日向さん、聞いています?』

「あぁ、聞いている。なぁ史香」

『はい』

「今は、覚える段階だからトラブルもあるだろうけれど、
いずれ史香の動きやすいように回りだすから、頑張って」

『……はい』


そう、いずれみんな、史香のよさに気付いてくれるはず。

きっと、温かい目を向けてくれるようになるはず。


「野菜ジュース、しっかり飲むから」

『はい……』



そう、たとえドロドロした触感でも、苦手なものが入っていても、

史香の気持ちがそこに詰まっているのだから、嫌だなんて言えない。


電話を閉じ、大きく深呼吸をすると、スタジオへ入った。

舞台設定の準備時間、立ち位置を決め、また修正に入る。


「淳平……」


久しぶりに会ったひかりが、僕を手招きした。

スタジオの隅に向かい、何気なく立ち話をする。


「ねぇ、少し時間くれない?」

「なんだよ、何かあったの?」

「ちょっと相談に乗って欲しいことがあるの」

「相談?」


長い間話しこむのは厳禁だ。

周りのスタッフたちに、何を言われるのかわからない。

ひかりはすぐに僕のそばを離れると、別のスタッフと打ち合わせを始めた。

色々な女優さんがいる中で、ひかりとの競演は回数が一番多い。

女性として好きなのかと聞かれたら、否定するかもしれないが、

同僚として、また仲間として見るのなら、決して嫌な相手ではない。

『やりやすさ』というものがあるのだとしたら、ひかりはそんな呼吸を持っている。


最初の撮りを終えて楽屋に戻ると、

『秋月出版社』へ出かけていた田沢さんが戻ってきた。

MBCの特別ドラマ枠に協力してほしいと、『BOOZ』編集部へ挨拶に向かい、

編集長の秋田さんからは、快い返事をもらったと上機嫌だ。


「それなら、本決まりになりそうですか」

「まぁな。向こうから連絡が入るだろう」

「菅沢さんには、会えましたか?」

「いや……編集部にはいなかったな。
いたのは秋田さんと飯島さんという女性の編集者と……あと……」

「あと?」


田沢さんは首をかしげたまま、名前が思い出せないと『BOOZ』をめくった。

編集部員の名前を指差し、及川という人物だと納得する。


「珍しいですね、田沢さんが人の名前を覚えてこないなんて」

「いや、行動は強烈に覚えているんだけどな、おとずれたときは彼以外誰もいなくて、
お茶を出してくれた後、ずっと背を向けていたから」



……背?



とりあえず新しい仕事が動きそうで、ほっとする。

来年は僕にとって、チャレンジの年にしようということは、

ずっと田沢さんと話してきたことだった。

ドラマが高視聴率を取ったからといって、

それに甘えていては、この動きの速い芸能界で、長く残っていくことなど出来ない。


その日の夕方から、雑誌のインタビューが3本あり、

『オレンジスタジオ』に缶詰状態だった。

最後にかかってきたのは『BOOZ』からの電話で、

秋田編集長からGOサインが出たことを、田沢さんが喜び、その日を終えた。





「すみません、ちょっといいですか」


ポスター撮影当日。

『BOOZ』の打ち合わせに、

以前、スタジオの入り口で見事に転んでいた飯島さんがやってきた。

菅沢さんからのOKは出たけれど、打ち合わせは全て彼女が仕切るという。

こういった現場に入るのは、あまりないのかな。

もの珍しそうに、あちこち見ながら感動している。





……なんだか、楽しそうな人。





撮影を終えて楽屋に戻ったのは、予定時間より30分後だった。

衣装を着替えるよりも先に、話しだけ聞かせてもらおう。

これ以上待たせているのは申し訳ない。


「すみません、すっかりお待たせして」

「いえいえ」


あ、そうだ、今日は午後に米原さんと会うんだった。

『野菜ジュース』飲んでる? って必ず聞くんだよね。

史香に変な報告をされると困るから、今のうち飲んでおくか。

史香、『オレンジスタジオ』に配達があるから、田沢さん経由で渡すんだよな。

案外、しっかりしているというか……


「野菜ジュースですね」

「あ……はい」


このセロリがなかったらなぁ、もっと飲みやすいのに。

まぁ、仕方がない、ここは根性で飲み干さないと。


「マメなんですね、ご自分で?」

「……はい」


ん? あれ? 野菜ジュースを男が作っていますっていうのは、不自然か?

この人、芸能記者じゃないはずだけれど……

そうか……女性の目って、こういうところに向くんだよな。


「菅沢さんのご予定はどうですか?」


飯島さんは、すぐに顔を上げて、予定表を取り出した。

よし、よし……興味を別方向に動かせたみたいだ。

史香が持たせてくれた『野菜ジュース』用のボトルをさりげなく隠し、

田沢さんが用意してくれたお弁当を、さらに勧めごまかした。



『ケ・セラ・セラ』の88~90話に逆シーンあり
88 低気圧の行方 89 資料室の再会 90 風の向こう


J&F(6)


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