J&F(6)

J&F(6)



この12月から、うちの事務所には一人のマネージャー候補が仮入社した。

以前は、制作会社で仕事をしていたようで、

業界にも多少は縁があるという理由で採用したが、

一人前と呼ぶにはまだまだで、田沢さんが時々仕事場へ向かっては、

何やら説教をしてくるらしい。


「はぁ……自分で動いた方が、ストレスがたまらない」

「僕ならいいですよ、一人で動けますから」


そう、一人だって動ける。移動はタクシーを使えばいいし、

行った事のないスタジオやテレビ局は、まぁ、都内はほとんどないし……


「何言っているんだ。日向淳平をひとりで動かす事務所がどこにある。
他から笑いのネタにされるぞ」


田沢さんは楽屋に入ると、すぐに500ミリのペットボトルを飲み干した。

近頃、少し痩せた気がするけど。


「それなら、曽根君を信用するしかないですね」

「それが出来たら、苦労しない」

「いいのよ淳平。田沢君は、こうして忙しくしているのが趣味なの」

「趣味ではない!」


米原さんが登場すると、空気が一気に和んでくる。

スタイリストとしても、一流だと思うけれど、田沢さんを相手にするのも超一流だ。


「それで、『BOOZ』の方とは打ち合わせしたの?」

「打ち合わせというか、まぁ、世間話をしたくらいですけどね。
菅沢さんの予定を持ってきてくれたので」

「なんだかキョトンとした女性編集者だったな、
あの子、帰りに全てを頭から飛ばしていなければいいけれど。
いや、資料も全部、電車に置き忘れた! なんて、やりそうだぞ」

「まさか……それはないでしょう」






ないでしょう、普通は……

普通なら……






田沢さんは、飯島さんという女性編集者のことを、そう表現し、

同じ女性としてかばいたくなると、米倉さんが言い返す。

確かに、出したお弁当に感動し、『いいですね……』と連発していたっけ。


「何、そんなにとぼけた子だったの?」

「とぼけてはいないでしょう。明るくてさっぱりしていたじゃないですか。
あぁいう女性だから、男性誌で仕事が出来るんだなと思いましたよ、僕は」

「そうそう、淳平のファンだって言っていたな、お母さんが」

「あぁ、言ってましたね」


米原さんから出されたシャツを手に取り、鏡の前に立つ。

軽く羽織ると、両肩の位置をしっかりと合わせられた。


「ファンクラブに入ろうとしたけれど、
ひかりとのベッドシーンにショックを受けて、やめたとかなんとか……」

「あらら、そうなの?」

「何を言っているんだと思ったけれど、まぁ、言わなかった」


田沢さんは、スケジュール帳を取り出すと、何やら書き込みをし始めた。

口と手と頭が、同時に別のことをこなせる、現代の聖徳太子のような人。


「田沢君はわかってないわね、女はいくつになっても、女なの。
好きな男が、自分以外の女とベッドに入るなんて、許せないのよ。
たとえそれがタレントであってもね」

「は? なんだそりゃ」

「勉強しなさい、熟女の気持ちを。若い女みたいに移り気じゃないから、
ファンとしては結構、貢献するのよ」

「貢献? あ、そうだ、淳平も写真にサインまでしてやって、お土産にしたよな」

「あれは『野菜ジュース』に突っ込まれたから、話題を逸らそうと……」

「野菜ジュース? あぁ、史香の作っている?」


そう、飯島さんがすぐに『野菜ジュース』のことを言い出さなければ、

僕もあれこれしなかったかもしれないが、そこは女性の編集者、

気をつけないと……


「何か言われたの?」

「『自分で?』って聞かれてさ、一瞬、ドキッとしたんだ。
そうか、男はあまり野菜ジュース作らないかもなって。
今までそんなこと聞かれたこともなかったしさ」

「へぇ……あはは……」


ネクタイを締めた米原さんが笑い出し、ちょっと待っての合図をする。

田沢さんはスケジュール帳から顔を上げた。


「何、どうして笑うんだよ」

「ごめん、ごめん。確かにボトルに手作り野菜ジュースって、
クエスションマークを呼ぶかもしれないわね。
くだらない女性誌が、ネタを探しもなくて困っている時、書かれそうだもの」

「女性誌に?」

「『日向淳平、自ら野菜ジュース制作の日々』って。
でも、キッチンものの仕事が来るかもよ、次のドラマはコックでもあるし、
そうね、それもいいかも」

「米原さん!」

「はいはい、まぁ、冗談はともかくとして、確かに違和感あるかもしれない。
スタジオでは飲まないほうがいいかも」

「……そう?」

「私から史香に言っておこうか」




……本当?

それは、僕にとってラッキーかもしれない。




「いや、でもさぁ……史香の気持ちも……」

「気持ちなら、家で飲めばいいものでしょう」





ごもっとも!





米原さんの機転で、史香の手作りジュースは、自宅のみということに変更された。

こういうのを、『ひょうたんからこま』と言うのだろうか。

その日の仕事は、思ったよりも早く終わり、

僕は田沢さんと別れた後、とあるマンションへ向かった。

教えられているのは部屋番号だけ。

一見、個人の家に入るようだけれど、ここは立派に営業中の店だ。

しかし、マンション作りになっていて、部屋ごとに料理を出してくれるため、

他の部屋に誰が来ているのかは、全くわからない。

ひかりはこの店の会員になっているため、よく利用している。


「いらっしゃいませ」


ドラマの撮影当時、ひかりと何度か食事をしたこともあった。

口が堅いスタッフが揃っているので、安心して話ができる。

今はツイッターなどで、勝手に情報が流されたりするから、

知らない店や、人が集まる場所には怖くて入れない。

自分の知らない角度からの写真など、見つけたときには、背筋が寒くなる。


「どうも……」

「ごめん、忙しいのに」


ここへ来ることは、もちろん田沢さんも知っている。

そして、史香にもきちんとメールをした。

もし、マスコミにばれて騒がれたとしても、問題ないように先に手を打っておく。


「話って何?」

「まぁ、食事をしながらでいいでしょ。私、今日、朝から何も食べてないの」


ひかりはそういうと、お店の人を呼び、注文してあったコース料理を運ばせる。

料理を出すタイミングも、すべて連絡しながらのため、

時間内であれば、こちらのペースで店員を呼ぶことが出来る。

じっくり話をしたければ、ある程度の料理数を先に頼むことも可能だった。




小さな子供が、走り回るような音もなく、

裏山に並んでいる竹の葉が、さわさわとすれる音だけが響く部屋。

ひかりは普段、色のはっきりとした服を着て仕事をすることが多いが、

実はこういった静かな場所を好んで、食事をする。


「私、芸能界やめないとならないかもしれない」

「やめる? どういう意味」

「『浜波商事』って知っているでしょ」

「あぁ、知ってる。貿易関係の大手だよね、それが?」

「……2番目の御曹司、昔から私のファンなんだって。それは知っていたから、
適当に挨拶もしていたし、事務所の会なんかでも招待していたんだけど……」


『浜波商事』

父親はスポーツ界との縁も深く、サッカーのスポンサーとしても有名な企業だ。

御曹司と呼ばれる息子が3人いて、

どれもマスコミが騒ぐほど、目立つ風貌をしている。


「……結婚……してくれないかって……」


まだ、話の全貌が見えたわけでもないのに、

これからとんでもない話が出てくる気がして、

僕は目の前のお茶を飲み干し、一度大きく息を吐いた。




J&F(7)


みなさんのおかげで、発芽室4才になりました!
これからも、変わらずにおつきあいください
記念、そして励ましの1ポチ、よろしくお願いします YORO(v´∀`o)SIKU☆

コメント

非公開コメント

あらっ

アッというまに6話。

史香の野菜ジュース、結局和の一言で家飲みに。
ラッキー!と思った?
見ている前で全部飲むのよ、案外きついかも^^

で、和は資料忘れたし(トホホ)

ひかりに結婚話?
御曹司と?それはそれは・・・

3分の1

yonyonさん、こんばんは

あっという間に6話なのは、1話が短いから(笑)
まぁ、毎日の更新だと、こんなペースでしょうね。

淳平と史香の話を通して、
今後の展開を予想……してもらえたらと思っています。

『ケ・セラ・セラ』でも、『はーとふる・ぷち』でもね。