J&F(8)

J&F(8)



「ふぅ……」


今年の春から会員登録したジムで、スケジュール通りに汗を流す。

今日はこのままメニューをこなして、家に戻ろう。

史香も仕事が終わったら、来てくれることになっているし……



『何が食べたい?』



史香は、家に来る前に、必ずと言っていいほどこれを聞いてくる。

思いつくメニューが、あまり重ならないように考えるけれど、

『茶碗蒸し』をリクエストするのが多いんだよね。

単純に僕が好きだから……が理由だけれど、史香、嫌な気はしないかな。


「お疲れ様でした」

「あ……どうも」


あの人、YPラジオのディレクターさんだ。

以前、ゲスト出演したとき、挨拶をされた覚えがある。

それにしても、何度かここで会うけれど、

こんな時間にジムで汗を流せるものなのかな。ラジオの仕事って。


「もしもし、淳平です。メニューこなしましたので、家に戻ります」


先にスタジオへ打ち合わせに行った田沢さんに連絡をして、今日は終了。

地下に停めている車に乗り、史香との待ち合わせ場所へ。

青谷通りの直線。人通りもある場所だけれど、

それが逆に目隠しになる。

買い物や話しに夢中で、車の乗り降りなんて、誰も見ていないし、

興味もないからだ。


並ぶ木々の中に、1本だけ枝が2つに分かれている変わったものがある。

そこが僕らの決めた、待ち合わせ場所。

目立った混雑もなく、時間通りに場所へ向かうと、大きな袋を肩にかけた史香が見えた。

一度だけ鳴らすクラクション。

ゆっくりと車を停める。


「ありがとう……」

「待った?」

「ううん、大丈夫」


道を並んで歩く女子高生、そして携帯をいじりながら歩く男性。

誰も僕がここに来たことなど、興味がなさそうだ。


「どう、仕事は慣れた?」

「だいぶ動けるようになったかもしれません。
お店の人に怒られるようなこともなくなりましたし、そうそう、昨日なんて、
小料理屋のご主人に煮物をいただきました」

「煮物?」

「はい、野菜を運んだ時に、どう使うのですかって聞いたら、作り方を教えてくれて。
その日はメモをとったんですけど、昨日行ったら、試しに食べてみなって」

「へぇ……」



ほらほら、そうだろうと思った。

史香はこうして、自分の場所を確保していく。

不器用だけれど、誠実に目の前のことをこなしていくうちに、

それがとても重要で、大切なことだと知っている人たちから、

こうして受け入れられていくんだよね。


「だとすると、僕に披露してくれる日も、あるってことだろ」

「はい……頑張ります!」


何でもないような空気感。

でも、これは、史香とじゃないと感じられないもので……




僕にとっては、何よりも大切で……




君が特別な存在なのだと、思える時間。




誰がなんと言おうと……




僕の隣は、君が座る。





「ドラマ、決まるんですか」

「うん、ほぼ決定だって。来週、初めて編集部へ伺うことになるんだけどね」

「出版社かぁ……どんなところなのかな」

「今まで出版社が舞台の作品を演じたことはなかったな。
案外身近だからこそ、ネタにならないのかも」


包丁の音、フライパンで油のはねる音、

史香が来なければ、この家に響くことが無い音。


「あ……そうだ、来年撮影スタートのドラマ、フードコーディネーターとして、
彩ちゃんが入ってくれることになったんだ。史香、何か聞いた?」

「……エ? あ……いえ、とくに何も」

「聞いてないんだ」

「忙しいみたいです彩花さん。朝も、あまり会わないし」

「そう……」


『丸代青果』の娘である彩ちゃんは、フードコーディネーターの仕事についている。

コックのシーンがあるドラマなので、色々と世話になる予定だった。

史香とは年も同じだし、話しも合うと思ったのにな。



……まぁ、まだ入ったばかりだから、仕方ないか。





史香の料理を食べて、全てが満たされる。

今日は、このまま……ただ時が流れていけばいい。

夕食の片づけを終えた史香が、リビングに戻ってくる。

ソファーの隣に腰かけようとしたのを止めて、僕の膝を叩く。



……何驚いた顔をしているんだ。

初めてじゃないだろう……



ソファーを降りて、目の前に座った史香をしっかりと抱きしめた。

照れくさそうに首を傾け、僕の誘いに乗ってくれる。


「一昨日、会いたくて、夜中にアパートへ行こうと思ったんだ」

「一昨日?」

「あぁ……でも行かなかった」

「どうして?」

「限界まで我慢した方が、いいって判断したから」


頬を軽く指でつつくと、史香が振り返る。

唇を唇に合わせた後、僕の気持ちは史香のうなじに向かった。

ほんの少しだけ逃げるようになる体を、しっかりと抱きしめながら、

明日、太陽に邪魔されるまで、一緒にいよう……と伝えてみる。



そう、僕は限界まで我慢したんだよ……

ほめてもらわないとね。



幸せそうな史香の顔を見ながら、

耳元で『愛している』とささやいた。




J&F(9)


みなさんのおかげで、発芽室4才になりました!
これからも、変わらずにおつきあいください
記念、そして励ましの1ポチ、よろしくお願いします YORO(v´∀`o)SIKU☆

コメント

非公開コメント

親友に?

史香が彩さんに意地悪されてる事を知らない。

和と史香はきっと良い友達に慣れそうな気がする。
いつか会う日が待ち遠しい。

淳平が語ります

pocoさん、こんばんは

>こんばんは色々なお話しを読んでいますが、この二人が好きです。

ありがとうございます。
気に入る登場人物があると、話にも入りやすくなりますよね。
淳平が語るパターンは、なかなかないと思うので、
最後まで楽しんで下さい。

その前なんです

yonyonさん、こんばんは

>史香が彩さんに意地悪されてる事を知らない。

そうなんです。前回の『はーとふる・ぷち』より、前の話ですので。
淳平は史香の悩みに、気づいていないんです。

和と史香
『まっすぐ』さの質が違う二人だけれど、
確かにあうかも(笑)