J&F(12)

J&F(12)



『BOOZ』にいたのはどれくらいだっただろう。

挨拶したり、途中で何度か仕事の電話が入ったり、別の場所から編集者が現れたり、

話しも途切れ途切れだったけれど、それでも、色々なクセは見て取れた。

誌面をまとめる時、空気が止まるような……まさしく、入り込みの感情表現は、

やはり喫煙シーンでもあったほうが表現しやすいのかな。

珍しく、誰もタバコを吸わない編集部だったけれど……


「あの菅沢って男、本当は社長の息子だそうだ。
奥さんの方へ引き取られたから苗字が違うらしいけれど、
まぁ、それだからあれだけ堂々とものも言えるんだろうな」


次の仕事へ向かうタクシーの中、田沢さんが手帳を見ながらそうつぶやいた。

社長の息子、そういう肩書きがあればと、確かに思うのかもしれない……

でも……


「そうですか、僕には逆に、何もかも投げ捨てているように思えましたけど」

「投げ捨てる?」

「はい、あえて、守るものを作らないようにしている……そんな距離を感じました」


自分の境遇に胡坐をかく人間は、今まで何人も見たことがある。

親が俳優だと言うだけで、オーディションも顔パスだったと笑う2世タレント、

自分はアイドルになった姉とは違うと言いながらも、

理想ばかり高く、結局『姉』という武器を振りかざし戦う妹、

しかし、そういった人は、必ずといっていいほど、周りを威嚇する。

『私の周りには……』と、なんとなく風をふかすのだ。

しかし、菅沢さんにはそれがない。

同僚や後輩のスタッフに対しての、言葉はきついが、心は優しい……



でも、深く入り込むことは、強く拒む姿勢。



「彼が、心を開いていく瞬間は、どこにあるんですかね」


単純に男として、興味を持った。

次にスタジオで会えた時、何を語るのか、


「さて、今日はSC(sweet cute)の取材でしたっけ?」


取材に打ち合わせに、顔合わせ。

こういった細かい仕事が多い日は、体が自由になるまで時間がかかる。

クリスマスまでは、とても史香とゆっくり会えそうもないな。



……はぁ



目の前の信号が赤になり、宗也のにやけたポスターの前でタクシーが止まった。

こういう気分の時、あいつの顔を見ると、なんだか無性に腹が立つ。




……寝てやる!





「へぇ……変わった男だったのね、菅沢って人」

「変わってはいないよ、個性的だということ」


取材用の衣装に着替え、いつものように米原さんのチェックが入る。

この5分ほどの間に史香と話をしようと携帯を鳴らすが、出てこない。


「おかしいな、今日は休みのはずなのに」

「何? 史香?」

「あぁ……今日は休みで、家にいるって昨日」

「史香だって買い物くらい行くでしょう。天気だっていいし、ほら、淳平。
後ろ向いてみて」

「うん……」


買い物かぁ……そうだな。

また後から鳴らしてみよう。



取材を終え、場所を移り、打ち合わせを済ませ楽屋でお茶を飲む。

その間も何回か携帯を鳴らしたが、一度も出てこない。


携帯っていいような悪いような。

すぐにつかまるものだと思っているから、逆に出ないと心配も倍になる。

何かトラブルでも起こったのだろうか。





初めて史香と携帯が通じると、その心配はさらに倍増した。


「熱? 寝てたのか」

『はい……市場の事情で2日お休みだと思ったら、熱が出ちゃって』


昼間から何度も鳴らして出なかったのは、病院に行ったり、

それなりの買い物をしたりしたため、

携帯を取る余裕がなかったと史香は言い出した。

新しい場所に勤め始めて、確かに疲れも出る頃だろう。


「……ひとりか?」


当たり前のことを、当たり前に聞いてしまった。

史香は小さな声で『はい……』と言った後、受話器を遠ざけながら、

何度か咳をする。

これから10分後には、次の取材記者がここへ来るだろう。

とても史香のところへ行って、様子を見る余裕などない。


『大丈夫ですよ、昼間に比べたら少し楽です』


君の声をいったい、何度聞いたと思っている?

その声で『大丈夫だ』と言われると、ただ辛さが増すだけだ。


「とにかく寝ていろよ」

『はい。明日もお休みですから、冬眠します』

「あぁ……」


楽屋に田沢さんが飛び込んできて、携帯を切るようにジェスチャーする。

また電話すると伝え、後ろ髪ひかれる声の糸をプツリと切った。


「大手菓子メーカー『文楽堂』の娘が、スタジオ見学に来ているそうだ」

「『文楽堂』?」

「『スティックビス』のCMの話がさ、少し前に事務所へ入ってきたんだ。
ここは挨拶して、ポイント稼いでおけ」

「CMのってことですか?」

「あぁ、そうだ。娘が日向淳平でと言えば、決定かもしれないだろう。
代理店の『博伝堂』は、押してくれているようだけれど、
まだ正式にオファーは届いていないんだ。
それでも、今日ここへ来るって言うんだからさ、なっ、淳平。これが決まったら大きいぞ」

「田沢さん、史香、熱を出したみたいなんです、結構苦しそうで……」

「史香? そんなもの自分でどうにかするだろう、子供じゃないんだから」




子供じゃないのだから、それはそうだろう。

でも……




田沢さんの言うとおり、取材班と一緒に、『文楽堂』のお嬢さんが楽屋へ入ってきた。

お邪魔してすみませんと頭を下げ、礼儀も正しい人だ。

目の前にいる編集者さんは、僕がまだ主役などほど遠い頃から、

よく声をかけてくれた人で恩もある。

この後、少しだけ付き合ってくれ……と言われて、とても断ることなど出来なかった。

スタッフとお嬢さんと僕達と、仕事終わりに食事をしながら、雑談に花が咲く。


「日向さんの『BLUE MOON』全て見せていただきました。
最初は怖いくらいだったのに、だんだんとのめりこんじゃって」

「そうでしょ、淳平の演技はね、深いんだよ……昔から俺、言ってたよな。
俺の目に狂いは無いわけ。お前が騒がれるたびに鼻が高くなるよ」

「はい……」


『文楽堂』のお嬢さんが、お店で買い求めたと、

首にかけた『BLUE MOON』のネックレスを見せてくれた。





今、何時だろう。





熱は下がったのだろうか。何か食べているのかな。

顔では愛想笑いを浮かべながら、僕は心の穴から何かが抜けていくのを、

ただじっと我慢するしかなかった。




J&F(13)


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