J&F(13)

J&F(13)



自分の体が自由になったのは、日付が変わって1時間後だった。

田沢さんにタクシーへ押し込まれ、会を開いてくれたメンバーに挨拶する。

まだ、2次会へ向かう気なんだ。


「すみません、明日も早いもので、それでは……」


言いにくいことを言ってくれるのは、田沢さんの役目。

ここで逃げておかないと、どこまで付き合わされるかわからない。

店ではサインをしなければならないし、女の子たちからは写メの嵐だ。

『ツイッター』ででもつぶやかれたものなら、帰り道までふさがれてしまう。


「田沢さん……」

「今日はこのまま部屋へ戻れ」


何も言ってないのに、思い切り止められた。

タクシーの中では、個人名は出せない。

僕のことなど知らない人ももちろんいるが、

こういったところから、マスコミに動きが流れることもしょっちゅうだからだ。


「しばらくはムリだ」


史香に会うことは許されない。田沢さんはそう言っている。


「あっちの騒動が一段落したから、また分散し始めた」


あっちの騒動とは、樫倉英吾の事務所騒ぎのことだ。

しばらくワイドショーを騒がせていたが、確かに新体制も整い、

記事になるようなこともなくなった。

暇になった連中が、金になる写真を撮ろうと、動き始めてもおかしくない。


「……はい」


マンションの前でタクシーを降り、そのままエレベーターへ乗った。

扉が開くのはほぼ玄関前、そのまま鍵を開け、誰もいない部屋へ入る。

カーテンを閉め忘れた部屋に、月明かりが入り込み、

姿見の前に立つと、どこかボーッとした自分がいる。


僕の具合が悪くなると、史香は必ず飛んで来た。

落馬した時だって、胃痙攣になった時だって、僕を心配して……ここへ……

それなのに……




「お前、行って顔見てやらないんだ……」




答えの戻ることない自分の姿に、腹立たしさをぶつけてみたが、

気持ちなど晴れやしない。

ソファーにおいてあったクッションを、姿見に向かって投げつけた。





次の日は、大阪で収録があり、さらに名古屋にあるスポンサー企業へ立ち寄った。

朝から飛行機に乗り、さらに移動車で、なかなか一人になれない。


「日向君、久しぶりだね」

「お久しぶりです。先日は、差し入れをありがとうございました」


大手車会社の営業部長。CMに以前出演したことがある。

その時にいただいた車は、2台、今もうちの事務所にあり、社用車として健在だ。

こちら方面へ来たときには、田沢さんが必ず立ち寄る場所。


「また、うちのCMに出てよ」

「もちろんです、お話をいただけたら検討させていただきます」

「本当? だってさぁ、『BLUE MOON』はライバル社の車だったじゃない」

「あれは……枠のスポンサーですからね」


『BLUE MOON』の企業スポンサーは、確かにライバル会社だった。

だから、CM交渉の話が、延びてしまったことは間違いない。


「でもなぁ……メチャクチャ金額上がっているでしょう」


テレビ局の楽屋などだと、遠慮がちになる会話も、本社となれば向こうのテリトリー、

言いにくいことも結構、本音で言ってくる。


「いえいえ、そんなことはありませんから」


僕はこういうとき、具体的な言葉を発しないことになっている。

オフレコだとしても、僕の言葉は、影響力が大きいからだ。

『いい』も『悪い』も僕だけでは決められない。

適当にあわせる顔をして、田沢さんにお任せする。

後ろに立ってただ黙っているだけなら、空の体だけ、ここにおいておきたい。




史香……熱、下がったのかな。




「東京へいらした時には、ぜひ、一席」

「おぉ、頼むね」


やっと営業部長の押しから解放され、僕らは本社を出ることになった。

面倒くさい時間だけど、こういった行動が、次へつながることも間違いない。

『日向淳平は天狗になっている』などと、妙な噂を流されたら、

それこそ面倒なことになる。



結局、時間に追われ、史香に電話をする余裕もないまま、また、次の日を迎えた。





その日から新ドラマのリハーサルがあり、初めてセットのあるスタジオへ入った。

今回裏方として参加してくれる彩ちゃんを見つけ、すぐに駆け寄る。

今朝、史香が仕事に復帰できたのか、それを聞いてみたい。


「前島さん? 今朝、お店に出ていたけど」

「出た? 店に?」

「うん……思ったよりも早く元気になりましたって、笑っていたけど」

「……そう」


多少の無理はあるのかもしれないけど、まぁ、仕事に出られたのならよかった。

全く、それならそうと、こっちに連絡を寄こせばいいのに。


「ねぇ、淳平君」

「ん?」

「前島さんって、淳平君の仕事にあまり興味ないの?」


彩ちゃんは『丸代青果』の娘であり、史香と僕のことも知っている。

史香とは年も同じだし、仲良くなれると思ったけれど、

その表情は少し曇りがちで……


「どうして?」

「どうしてって……」

「まぁ、興味がないわけではないと思うけれど、細かいことをあれこれは言わないな」

「何も言わないの? 心配にならないのかしら」


彩ちゃんが、信じられないと言いたげに、少し呆れ顔をした。

史香のことだ、僕のことなどあまり店では話題にしないのだろう。

それは史香なりの『気遣い』だと思うけれど……


彩ちゃんの不満そうな顔に向かって、僕は少しだけ愛想笑いを浮かべてみた。




J&F(14)


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