【SATODUKA 1】

【SATODUKA 1】

二人の結婚式から2ヶ月。咲はすっかり深見家の主婦になっていた。

亮介を起こさないように気をつけながら寝室を抜け出し、いつものように朝食の支度をする。


「あとは……コーヒーかな?」


一緒に暮らし始めてみて咲がわかったこと。それは亮介が意外にも朝が苦手であること。

幸せそうに眠っている顔を見ると、そのままにしてあげたい気持ちにもなるのだが……。


「亮介さん、亮介さん起きて!」

「……うーん……」


そう、一度では起きない。それもいつものこと。2、3回同じように声をかけるが、結局、

布団を思い切り剥がす。


「はい、ここまで!」

「……はい……」


新聞を広げ、食卓に朝食の用意が全て並ぶ頃、亮介の頭もしっかりと目覚め始める。

咲はカップにコーヒーを入れ、前に置く。


「あ……ありがとう……」


亮介は読んでいた新聞を閉じ、少しトースターで温めた、クロワッサンを手に取った。


「あ、そうだ。今日、博多支店に連絡入れるんだった。あの、里塚君に……」

「エ……」


里塚……。咲は懐かしい名前に反応する。深見のいない東京で、咲を支えてくれた生意気な新人。

今は博多支店で頑張っているのだ。


「どうして里塚君に電話するの?」

「夏祭りツアーのことでね。あっちの担当が里塚なんだって。東北も夏は有名な祭りで
観光客が多いし、博多も……」

「祇園山笠でしょ?」

「そう、互いに書き入れ時だからね。色々と打ち合わせもあって……」

「ねぇ、結婚式の祝電もらったんだから、ちゃんとお礼言ってね」

「……あれに?」



『福岡にお越しの際は、ぜひお一人で……』



「それが大人の対応よ、亮介さん……」


咲の言葉に、わかってるよ……と頷く亮介だった。





「いってらっしゃい……」

「うん……」


いつものように玄関で見送る咲。亮介はスッと咲の頬へ顔を近づけた。咲はそれを軽くよけ、

笑っている。


「ん?」


いつもの挨拶を拒絶され、不満そうな亮介の肩へ手を置き、キスをする咲。


「仙台支店が博多支店に負けないように! おまじない!」


そんなセリフに、亮介は微笑みながら、咲のあごの下を指で弾いていた。





福岡博多支店、国内旅行営業部……。


「あ……はい。じゃぁ、それまでには流します。いえ、わざわざありがとうございました。
失礼します」


里塚は受話器を置き、大きく息を吐いた。隣に座っている先輩の柳本が

そんな里塚を見ながら笑っている。


「今の仙台支店の深見さんだろ?」

「はい……。担当の名前見たとき、まずいなと思ったんですよ。資料のしめ切りは5日後だけど、
里塚君なら3日でいけるよね……。それなりに用意して待ってるからさ……と」

「あはは……読まれてるな、お前の性格」

「……くそぉ……、腹が立つけど、そう言われるとそうしたくなるんだよな。
絶対に3日で資料送ってやる!」


里塚は持っていたペンで、資料を何度か叩いている。すると、前に座っている鈴橋奈津子が

里塚に声をかけた。奈津子は以前、東京西支店にいた深見に、指導を受けたことがあったからだ。


「あれ? 里塚君って、深見さんの知り合いなんでしょ? 結婚式の写真がついたハガキ、
送られてきたじゃない」

「よく知ってますね。ちゃっかり見たんですか?」


鈴橋の言葉に軽く反応する里塚。


「見た、見た……。あいかわらずいい男で、素敵だなって思ったけど、結婚しちゃったら
しょうがないわよね……」


まるで上から見ているような鈴橋のコメントに、呆れながら答える。


「結婚しようがしまいが、最初からまるっきり縁がないでしょうが……」

「何?」

「いえいえ……。昔、いい男だと思っても、あっという間にオヤジになりますよ、きっと。
……やだ、昔の顔しか知らなければよかったって……さて……」

「……エ? お前、どこで深見さんと知り合いになったんだよ」


柳本が遅れて話題に入ろうとする。深見の話しで盛り上がりたくはないのだが……。


「あのですね。以前にも言いましたが、僕は深見さんと知り合いではありません。
深見さんの奥さんと知り合いなんです」

「奥さん? お前……」

「なんですか?」

「深見さんと女を取り合ったのか?」

「エ! そうなの?」


里塚は柳本と鈴橋、二人の顔を交互に見ながらため息をついた。


「お二人は、僕が深見さんから殴られればいいと思ってます? あのですね、深見さんの奥さんは、
東京西支店の時の先輩です。そこのところは重要なので、ぜひ、お間違えのないように! 
僕はこれからもこの会社で、しっかりと生きていくつもりですから! じゃぁ、行ってきます」


耳にイヤホンをつけ、カバンを持ちホワイトボードへ向かう。『山元建設』と記入する。

そう、今、里塚の頭を悩ませているのが、ここの社長だった。





「こんにち……」

「あ、里塚さん!」


娘であり、事務を担当している千夏が、里塚の顔を見るなり、待っていたかのように

飛び出してきた。腕を引っ張られ会社の外へと出されてしまう。


「千夏さん、随分荒っぽいデートの誘いですね……」

「違います。今は入っちゃダメだって言おうとして……あ、すみません……」


引いていた手を離し、下を向き照れる千夏。里塚はそこに脱がれている靴を確認し状況を把握する。


「ジャパントラベルですか? それともスターツーリスト?」

「両方です……」


4年前に営業マンが引き起こしたミスで、営業活動も出来なくなった自分達。

なんとか状況を打破しようと、里塚はここへ通い続けているのだが。


「里塚さん……」

「はい……」

「どうしてうちにこだわるんですか? 確かに父は、建築協会九州地区の理事をしていますけど、
だからといって旅行会社を勝手に統一したりなどはしていないはずです。うち以外の会社で
そちらと取引のあるところもあるでしょ? だから、もし父が取引をしたとしても、
年に1度の社員旅行じゃ、たいした営業にも……」


そう、千夏の言うとおり、営業成績をあげるためだけなら、ここで時間を費やしているのは、

効率のいい仕事の仕方とは言えない。


「僕は、お父さんの記事を読んだんですよ。家に対する考え方……。あの記事を読んで、
これは社長ともう一度、仕事をさせてもらいたいと思うようになりました。家を造る時、
一番重要なのは、注文主が何を大事に思っているのか。そこが台所だったり、リビングだったり、
もしかしてトイレだったり……」

「……」

「建築会社がほらいいだろ、素敵だろ……と押しつけるようなものは、何もいいことなんてないんだ。
そんなことが書いてありました。それって、旅行業界でも一緒なんですよ。ほら安いだろ、
ほら素敵だろっていうのは、押しつけに過ぎませんからね」


里塚流の理論を、じっと聞いている千夏。


「気持ちで動く人なら、きっともう一度、僕らと縁を持ってくれる……。そう信じてるんです」

「……でも、ものすごく頑固ですよ。一度言い出したらなかなか……」


父親のことを話そうとした千夏が、途中で言葉を止める。


「頑固なのは当たり前ですよ。多くの社員を抱える社長が、物わかりのいい人でどうするんですか。
それでなきゃ上には立てません」

「強いんですね里塚さんは。私なんて父と話しをすることさえ……」

「エ?」

「いえ……」


里塚は扉を開け、会社の中へ入っていく。何人かの従業員に頭を下げ、入り口に立った。


「千夏さん、ここで待ってますよ。最後でいいので、お会いしたいとそうお伝え下さい」

「……会うかどうか……」

「待ってますから」


千夏は里塚の勢いに負け、はい……と頷いていた。


入り口の横に置かれたパイプ椅子に座りながら予定表を見ている里塚の前に、

ライバル会社の営業マンが立つ。


「よっ、里塚。お前もしつこいな。無理なことは辞めておけよ。時間の無駄だぞ……」

「無駄かどうか、わかりませんよ」


里塚は軽く笑いながらその男を見た。そんな余裕を見せる里塚に、男は少し表情を変える。


「自信満々の鼻が、折られるのが楽しみだな!」


そういい捨てると男はその場所をあとにした。





社内にベルが鳴り、昼食の時間であることを告げる。それでも動かない里塚を心配そうに見る千夏。


「あ、社長はどこ?」


奧から戻ってきた別の社員にそう問いかける。


「エ……昼食後に協会へ向かうそうですよ。もう支度して出ていったような……」


その言葉に反応し、顔をあげる里塚。千夏はいたたまれなくなり、奧へ行こうと扉に手をかけた。

その瞬間、扉が開き、中から社長が現れる。


「……里塚君……」

「はい」


出かける支度を済ませた山元は里塚の前に歩いてくる。しっかりと視線を合わせ、そこに立つ里塚。


「君はいつまでこんなことをしているつもりだ? 営業マンとして時間を無駄にしていると
思わないのか?」

「無駄だとは思っていません。信頼を回復するには、相当な覚悟が必要だと思ってましたから……」

「君のミスじゃないだろう……」

「はい。でも、僕が仕事を引き継ぎました。うちの会社のミスであることには変わりありません」

「……」


父と里塚の顔を交互に見ながら、千夏は祈るように両手を組んだ。


「10月の終わり、仙台へ旅行に行く。これは私個人の旅行だ。理由は千夏に聞きなさい……。
提案の期限は2週間後だ」


そう告げると、部屋を出て行く山元。里塚はチャンスを与えてもらったことに、深々と頭を下げた。


「結婚記念日? それとも誕生日?」


里塚の問いに千夏は横に首を振る。毎年同じ時期に同じ場所へ向かっている……。

その示す意味がわからなければ、企画を組みようもないのだが。


「仙台の『華の家』に毎年10月の末に行く。これしか本当に知らないんです。
母が生きているときは二人で、母が亡くなってからは一人で……」

「千夏さんは?」

「私はおばあちゃんと留守番でした。行ったことがないんです」


子供を預けてまで、二人で出かけていたということは、それなりの理由があったはずなのだが。

里塚は千夏から聞いた、母の好きなものやよく行った場所などを聞き出し、営業部へ戻っていた。


「うーん……」


仙台にある高級旅館『華の家』。ホームページなどで調べてみても、

特に10月末にイベントなどをやっていることもない。


「里塚、これ……夏祭りツアーの最終人数。提出書類出来てるか?」

「……あ、はい……書きます」


仕事の時間全てを『山元建設』にかけるわけにもいかず、里塚は別の仕事を処理し始めていた。





「……ということです」

「わかった。ありがとう……」


それから3日。何もヒントが浮かばないまま時間だけが過ぎていた。書類をまとめ、

仙台にいる深見に電話をする里塚。


「……じゃぁ……」

「あの……深見さん」

「ん?」


里塚は『山元建設』とのことを深見に話し始め、『華の家』について、教えてくれないかと問いかけた。


「『華の家』に毎年?」

「はい、時期は10月の末だそうです。特に何かイベントがあるわけでもないし、山元社長夫妻の
個人的な記念日でもなくて……。正直、今、詰まってるんです。何か『華の家』について、
ご存じなことでもあれば……」

「うーん……確かにいい旅館だし、毎年訪れるような常連客が多いには多いんだよ。
あそこの女将は筆まめで、一度つかんだ客は本当に誠意を持って接するから
離れていかないんだけど……。その相手の言い方は、何か理由があるんだろうな」

「そうなんです……」





里塚からのSOSを家に持ち帰る亮介。食事を終え、お茶を入れる咲に話し始める。


「同じ旅館に毎年?」

「あぁ……。里塚が抱えている難問らしい。あいつ、一人で考えていたみたいだけど、
俺に何かないかって助けを求めてきた」

「あら……じゃぁ、助けてあげないと……」


湯飲みを亮介の前に置き、笑っている咲。深見は腕を組み、『華の家』のことを考える。


「なんだろうな……理由……」

「子供を置いて行くということは、子供さんが産まれる前のことよね、きっと……。
二人にとってすごく大切な場所なんじゃないの?」

「だろうね……」


深見はお茶を一口飲むと、咲の方を向き、いきなり問いかけた。


「なぁ、咲にとって大切な場所ってどこ?」

「エ?」


咲は一瞬驚いた表情をしたが、すぐに『あの頃』を思いだした。


「私にとっての大切な場所は、やっぱり西支店だな。あの営業部であなたと出逢って、
色々なことがあったし……。今はもう統合されてなくなってしまったけど……。ねぇ、亮介さん。
私ね、本当は結婚式をあの営業部で挙げたかったの」

「エ……」

「亮介さんが主任として来てすぐ、早瀬! って呼ばれて。書類の不備を指摘されて、
給料どろぼうみたいに言われて……」


咲は湯飲みを両手で持ち、少し照れくさそうに笑う。


「そうだったね……」

「始めはすごくイメージ悪かったのに。色々と知っていくうちに、あなたを好きになっていて……。
いつもね、手鏡を机に置いていたの。お客様が来た時、歯に口紅がついてないか、
襟元は乱れてないか……そう、チェックしてカウンターに行くように。
でもね、その手鏡で自分を見るふりをしながら、本当は、仕事をしているあなたを見てた……」


自分たちがこんなふうに過ごすことになるとは、思ってもみなかった時。咲はそう嬉しそうに語り、

亮介の方を向く。

そんな咲を優しい目で見つめ返し、軽く何度か頷く亮介。


「不思議よね。出逢った頃のことって、年数が経っていくのに、いつまでも鮮明に残っている。
一昨日の献立って言われても、なんだっけ? ってなるのに」


深見はその咲の言葉を聞き、パソコンの電源を入れる。

何かを思い立ったかのように『華の家』のホームページを調べ始めた。


「咲……もしかしたら、ものすごいヒントかもしれない」

「エ……何が?」

「君の思い出のこと……」

「そうなの?」


わけがわからず、お茶を飲みながら亮介を見つめている咲。夢中にPCに向かう彼に、

問いかけてみる。


「ねぇ、亮介さん。あなたにとって大切な場所はどこ?」

「エ……昔? それとも今?」

「どっちでもいいけど……」


PCに向かう亮介が、咲の方を振り返り、指で左の方を差した。

亮介が指差した場所は、ダブルベッドが置かれている二人の寝室。


「……もう!」


咲は少しだけ、呆れた顔で笑いながら、またお茶を飲んでいた。



                              里塚君、山元社長との勝負まで……あと11日






やっぱり深見だよね……

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