3 自分の鏡

3 自分の鏡



『横浜支店』は駅前にあるため、はじめから旅行を予定していなくても、

時間つなぎに訪れ、あれこれ注文をつけては、結局申し込みをしない客も多い。

だいたい、スタートすぐにやる気のあるなしは見て取れる。


「予算は1万円! ねぇ、どう? これなんかさぁ。少しは安く出来ないの?」

「そうですね、1万円ですと近場ではこちらはいかがでしょうか」

「……これ?」

「はい」

「なんだかつまらなそう、料理もありきたりだし」


ほら来た、今はテレビでも1万円あれば1ヶ月生活出来るのだから、

旅行業界も工夫してレベルを上げろなど、自分勝手な意見を述べ始めた。

こうなってくると決める気持ちなんてさらさらない。

相手をするだけ時間の無駄だ。さっさと帰ってもらったほうがいい。

ただ、それを露骨に出すのは、厳禁だけれど。


「今、お出しできるのはこれだけです。
それ以上のプランでしたら、旅行のご予定を変えていただかないとムリですね」

「ムリ? 今あなたムリって言ったわね」

「はい……」


おいおい、永原。お前の言っていることは正しいけれど、

その言い方はマニュアルに反しているだろうが。


「あの……お客様」

「何よこの社員。最初から私に予算がないことをバカにしているでしょう。
もういいわよ。二度と来ないから!」

「お客様、おい、永原」


永原が相手をした客は、俺が止めようとしたにも関わらず、

文句を言いながら店を出て行った。

永原はその客の後姿を見送りながら、大きくため息をつく。

なんでお前がため息なんだ、ため息が出るのはこっちだろうが。


「なぁ……」

「はい」

「お前さぁ、もう少し言い方があるだろうが。研修で習わなかったのか、
とにかくお客様の要望はしっかりと聞いて、それから料金設定の話をしろって。
あれじゃ、頭から反対されたと思って、感情逆なでするだけだ」

「最初から決める気持ちなんてないこと、
国定さんだってわかっていたんじゃないですか?」



はい、わかっていましたよ、いましたけれど……



「わかるよ、でも、それを露骨に出したらまずいだろう。
気持ちなんて変わるかもしれないし。ほら、若い女性同士なんだからさ、
ファッションの話なんかで盛り上がったり……」

「そうでしょうか」


永原はそう言うと、資料をしまいカウンターから離れてしまった。

別の客が店に入り、永原ではない女子社員が前に出る。


「私、口もうまくないし、
お客様にあわせて、ファッションの話をするのも苦手です。
いいんです、出世欲もないですし、会社の隅にいられたら、それで……」


永原は席に戻ると、広げた資料を整理し始めた。

時計を見ると、まだ仕事が始まってから1時間しか経っていない。

腹……減ったな。

客の前であれこれ言うことは出来ずに、結局その話はそこまでとなった。





「お前に似ているんじゃないの、考え方」

「俺に似てる? あいつが?」

「そうだよ、お前もよく言うじゃないか。予算がないくせに、あれこれ言うなとか、
最初から決める気持ちがないやつには、やる気が起きないとか……あ、そうそう、
営業に行って、いかにも新しい服を着ましたって女を見ると、目をそらしたくなるって」

「俺、そんなこと言ったっけ」

「言っていたよ、俺、何度そんな話を聞いたことか」


坂戸は同じ『横浜支店』でも、法人担当のため、

一般客を相手にすることはほとんどない。

修学旅行や研修旅行だと、また営業の技術も違ってくる。


「そうか……俺、そんなに愚痴っていたんだ、お前に」

「まぁな、愚痴らないヤツなんていないだろう、普通」


『後ろ向き』な言葉って、自分が言っているときには感じないのに、

人にガンガン突きつけられると、腹が立つものなんだな。



あいつ……

俺のように、中途半端に生きてきたってことなんだろうか。



今日と同じように、明日もまた、別にどうってことのない日がやってくる……

そう思い続けて、生きているんだろうか。





「あぁ……終わらない」


カウンター業務は、客が来なくなれば終了! という単純なものではない。

客が多い日は、どうしても事務作業が後まわしになってしまい、

こんな残業も多少はあった。また、客からどんな要望が出たのか、

どんな企画に対して食いつきがよかったのか、担当者の感想をまとめあげて、

営業部の上に提出しなければならない。

どんな数字を見てあれこれ言うよりも、

一人の客が思う気持ちの方が大事だというのは、本部長の考え方。

休んでいた分、早く感覚を戻したいのもあるし、

仕事を他のメンバーにかぶせてしまった分、これくらいはやらないと。


「国定、まだ残っていたのか」

「あ……本部長。すみません、入院していたら、仕事も遅くなりました」

「何言っているんだ、それだけ口が動けば大丈夫だ」


カウンター業務を終了した社員たちの契約書類を見る。

俺たちが復帰してから1週間。永原は、一人の客も取っていない。


「体は辛くないか、復帰してまだ日も浅いんだ、無理するな」

「無理はしていません。適当に歩いたりして、気分を変えていますから」


そう、無理はしていない。体は自分が思っていたよりも、よく動く。


「永原はどうだ」


本部長は、一緒にカウンター業務を担当する永原の様子をたずねてきた。

新しい職場に決定し、

いきなり事故でつまずいた社員のことを、気にかけているのがよくわかる。


「本部長、出過ぎた意見かもしれないですけど、いいですか?」

「なんだ、少し身構えるような言い方だな」

「あ……いや、いいです」

「途中で止めるな、いいから言ってみろ」


普通なら、何を意見するのだと言われるだろう。

でも、この人は違う。

俺はそう思いながら、重たくなりかけた口を、もう一度開いた。





約束の日が来るまで、あと……130日


4 昔の彼女

半年後の『リミット』、宏登が ↓ マークのような幽霊にならないように……(笑)
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コメント

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がんばれ!

“深見”懐かしい名前^^
この名前を聞いただけで
なんだかウルウル、なして~???(笑)

永原さん、これからどう変化していくんでしょう?
宏登、ガンバレ!

重要な役目です

yokanさん、こんばんは

>“深見”懐かしい名前^^

ありがとうございます。
今回は脇役になりますが、しっかり上司として登場します。

青葉と宏登の半年後が、どんな景色になっているのか、
どうか、応援してやって下さい。