【SATODUKA 2】

【SATODUKA 2】

次の日、深見からの連絡を受け、『山元建設』社長夫妻の若い頃を探り出す里塚。

調べているうちに、社長夫妻が元は青森の工務店で修行していた時に知り合ったこと。

そして、職人として最初に手がけた仕事が、仙台の『華の家』だったことを突き止める。


「あ、そうです……母は青森の出身で……」

「そうですか。ならば、間違いないですね。社長は、お二人の出発地点である『華の家』に
毎年訪れることで、初心を忘れない……と考えていたんじゃないかと……」


千夏は、里塚が見せてくれた書類を色々とめくりながら驚きの表情を見せていた。


「里塚さん、よくここまで調べましたね。私、父があんなことを言い出した時、絶対にあなたに対して
意地悪をしているんだと思っていました。一緒に住んでいた私でさえ、理由を教えてもらったことも
なかったし……」

「お父さんと話しをしないんですか? そう言えば、この間も……」


里塚は、父が頑固で話しをすることすら……と語っていた千夏のことを思いだしていた。


「親子なのに、本音で話しをしないんですか? 千夏さんは娘さんなんだから、営業マンの僕が
話しをするより、よっぽど愛情持って聞いてくれると思いますよ」

「……そうでしょうか……」

「そうですよ、一人娘でしょ?」


千夏は、紅茶に砂糖を入れ、スプーンで軽くかき混ぜる。いつも言いたいことをどこか

我慢して生きてきた。母がいなくなってから、さらに父との距離が開き。


「私、パティシエの勉強をしていたんです。そういうことが好きだったので。でも、母が亡くなって、
会社を手伝ってくれないかと言われたとき、断るだけの勇気がありませんでした。で、結局……。
今の仕事もやりがいはありますけど……」

「心に残ってるんですね……」

「はい。父は頑固で、ハッキリものも言うし、意見もしっかりと持っています。
私なんかが何かを言っても、きっと言いくるめられてしまうと思うと、言葉が出なくて……」

「でも、言いたいことを黙っていると、スッキリ眠れなくないですか?」


里塚は千夏が戻してくれた資料を封筒に入れ、横に置いた。


「僕はここに来る前は東京に勤務していたんです。その時、
すごく好きだった人がいたんですけど……」

「エ……」


里塚のいきなりの話しに、表情を変える千夏。


「僕より4つ、いや5つかな、年上で。僕じゃない人を、ものすごく一途に愛している人でした。
そんな一途さに惹かれてたんですけどね」


どこか照れくさそうに、語る里塚。ふっとよみがえる東京での日々。


「体調を崩したり、会社の状況が変わったりする中で、彼女は思うように仕事が出来なくて。
頼りにしたい人は遠い場所で仕事をしていて……。そんな折れそうな彼女を見ていながら、
何もしてあげられない自分……。僕は、元々黙っていられない性格なんで、
ついに爆発するように気持ちをぶつけてしまいました」

「……で……結果は……」

「結果はもちろんダメです。もしそれでOKだったら……」


里塚は自分の左手を千夏に見せる。


「ここにキラリと指輪でも光ってたでしょう」

「……」

「その時、すごく辛そうな顔をした彼女を見て、あぁ、この人は諦めないといけない人なんだなって
思ったんです。結果なんて告げる前から決まっていたのに、それでもハッキリ言わないと
気が済まなかったんですよ。その代わり、その後は結構あっさりしてましたけど……」

「今でも、その人を好きなんですか?」


どこか心配そうに、それでも興味深く聞こうとする千夏。


「うーん……思い出はありますよ。でも、想いはもうありません。
結婚して幸せになってくれましたし……」

「……よかった……」

「エ?」

「いえ……」


父親とは話せないと言いながら、里塚の前で素直に語る千夏。

里塚も、彼女の前で昔の思い出を語っている自分が、少し不思議な気分だった。


「絶対にいい企画を出しますよ。そうしたら……」

「……」

「お父さんと一緒に仙台へ行ってきてください。二人でゆっくり向き合って、
千夏さんの思っていることをぶつけてみましょう。僕みたいに砕けちゃうかもしれないですけど、
きっと、スッキリは出来るはずです」

「スッキリ……ですか」

「そうですよ。そうすると、次へ行くのも行きやすい」

「……はい……」


話しを終えた後も、立ち上がらずに座っている二人だった。





仙台、深見家。咲は食器を洗いながら、亮介の話を聞いている。

里塚の相手、『山元建設』の社長が、仙台にどんな意味を持ち、旅行に来ていたのか。


「ねぇ、旅行代理店の営業マンって、そんなところまで調べるものなの? 探偵みたいね……」

「エ? あぁ、普通はしないよ。4年前にあった出来事で、うちが取引してもらえなくなったらしいけど、
里塚には本来関係ないことだろ。営業成績考えたって、あいつは普通に仕事をしていれば主任にも、
俺のように部長にでもそれなりの時期がくればなれるはずだからね。
でも、世の中には、何か問題があると、放っておけない追求型の人間がいるものなんだよ」

「追求型?」

「そう。そう言って首を傾げている咲だって、どっちかというとそっちだぞ」

「エ? 私? 何か追求した? あなたの携帯見たり、昨日遅かったのはどこに行ってたの? 
なんて聞いたことないけど」

「……」

「ん?」


咲は食器を洗い終え手を拭くと、冷蔵庫からメロンを取り出した。


「そういうことじゃなくて。昔、電車事故で京都へ行けなくなりそうだった夫婦を
助けたことがあっただろ、覚えてる?」

「……あ、覚えてる」

「あれだって、君が名刺なんて出さずに黙ってしらん振りだって出来たはずなんだ。
それを出来ない……。まぁ、それが咲なんだけど」

「そうか、それが追求型ってことなのね……」

「そうだよ。全く、仙台支店にはなんの得にもならないのに、こうしてアドバイスに
時間を費やしている俺も、そっちの部類なのかな」


咲はメロンを切り、食卓に置いた。亮介はフォークで刺し、食べ始める。


「このメロンうまいね。スーパーで買ったの?」

「……ううん。利香が送ってくれたの。利香の実家静岡でね、お兄さんはメロン作ってるのよ」

「へぇ……」


咲もフォークでメロンを刺し、口へ運ぶ。


「ねぇ、亮介さんがヒントあげたんでしょ? 里塚君、きっと深見さんはすごい! 
って思ったんじゃない?」

「……んなこと思うようなやつじゃないよ、あいつは。この間だってけしかけてやったら、
ちゃんとそれに乗ってきた」

「けしかけた? やだ……ケンカしているみたい」

「ケンカ? 違うよ。あいつの中にあるプライドをちょっとくすぐっただけだって。
結果的に早く仕事が進むんだから」

「……」

「まぁ、人を動かすには、色々と技も必要なんだよ」


亮介は咲の方を向き、少し笑いながらそう言い返す。


「技ねぇ。じゃぁ、その技に乗った里塚君は、負けられない! って頑張ったんだ」

「そうそう……」

「でも里塚君の性格、よくわかるわね亮介さん。一緒に仕事もしたことないのに」

「わかるよ」

「ん?」

「あいつは俺の若い頃に似ているからね」


咲は、その通りかも……と頷きながら笑っていた。





「里塚、まだ残るのか?」

「あ、はい……あとは閉めていきますよ」


柳本はそれじゃぁ……と声をかけ、営業部をあとにした。『華の家』に行く理由もわかり、

あとは組み立てていくだけなのだが、最後の押し……になるものが見つからずに困っていた。

社長の前にインパクトのある提示の方法は、何かないのだろうか。


営業部の席を離れ、パンフレットが並ぶ店頭の方へ向かう。カウンター業務は終了していたため、

入り口にはカーテンがかけられていたが、少し空いている隙間に人影が映る。


その人影は千夏だった。気付かれないように入り口へ近づき、彼女が振り向いた時、

思い切りカーテンを開けた。


急に里塚の顔が現れたことに、驚き立ちつくしている千夏。里塚はその表情のおかしさに、

思わず声を出して笑っていた。


「どうぞ……」

「いいんですか? ここに入って……」

「いいですよ、お客様ですから」


カウンターの前に千夏を、そして反対側に座る里塚。


「何かあったんですか?」

「……あ、実は……これを……」


千夏はカバンから大きな封筒を取り出すと、里塚の前に置いた。

里塚はその封筒を開け、中を確かめる。中には何十枚ものハガキが入っていた。


「これは……」

「これは、母の和だんすから見つけたものです。ずっとやりとりしていた手紙のようなんですが、
相手が『華の家』の女将だったので」

「女将?」


里塚はそのうちの1枚を取り出し、宛先と差出人を確かめていた。宛先は山元光恵、千夏の母。

そして差出人は確かに『華の家』の女将。


「こんなふうにお手紙をいただいているということは、きっと、母も送っているんだと思ったんです。
手紙の内容が、『先日のお話は……』とか『建物の完成が……』とか、
母が語らないとわからないことだったので」

「……手紙……か……」

「父も、この存在は知らないと思います。私はこの手紙を見て、逆に母がどんなふうに
女将に手紙を書いていたのか知りたくなりました」



『あそこの女将は筆まめで一度つかんだ客は、本当に誠意を持って接するから
離れていかないんだけど……』



この間、深見に『華の家』のことを聞いた時も、女将が筆まめだとそう言っていた。

そのことを思い出す里塚。


「千夏さん、ありがとう! 迷っていた部分が埋まるかもしれません」

「エ……」


里塚の嬉しそうな言葉に、少しだけ照れる千夏。


「絶対に、お父さんとの仙台旅行、実現させますからね!」

「はい……」

「……で……」

「エ?」


里塚は千夏の方を向く。何を話してくれるのだろうかと待っている千夏の顔がそこにあった。


「千夏さん、夕食済ませました?」

「……いえ……」

「じゃぁ、お礼におごりますよ、どうですか?」


千夏は嬉しそうに一度だけ頷いていた。





次の日、里塚は仙台の『華の家』に電話を入れていた。とりあえず深見から

話しを入れてもらっていたので、やりたいことは伝わったようなのだが……。


「えぇ……確かに、山元社長の奥様には、亡くなるまでずっとお手紙をいただいてましたけど……」

「それを御主人に見せていただくわけにはいかないでしょうか……」


いくら家族だとはいえ、女将としては個人的にもらったものを利用することは……と

いい返事はもらえなかった。里塚はそれでも諦めずに何度も連絡を入れる。


「はぁ……」


社長から企画の提出期限と決められている日が近づいてくる。最後の壁を越えられずに、

頭を抱える里塚だった。





「深見部長、『華の家』の女将です」

「……わかった」


そんな里塚の熱意に、どうしたらいいのか……と女将が深見宛てに電話を寄こしたのは

5日経ってのことだった。


「お久しぶりです……すみません」

「いいえ。深見さんが忙しいのは知ってますからね」


深見が東京へ主任として赴任する前から、付き合いのあった女将。時代を感じさせる作りの旅館は、

今日も従業員がしっかりと動いている。


「相変わらず予約でいっぱいですね、女将……」

「いえいえ……。今はリーズナブルな旅館もホテルも増えているので、難しい問題も多いんですよ」


女将はお茶を入れ、どうぞ……と勧める。


「福岡の山元社長夫妻は、常連さんなんですね」

「えぇ……修業時代にうちの改築に関わったからって、毎年必ず宿泊にいらしてくれました。
6年前に奥様が亡くなられてからは社長お一人で……」

「そうみたいですね……」


女将は一冊のファイルケースを手に持って、椅子に腰掛けた。


「実はこれに、社長の奥様との手紙が全部入っているんです。里塚さんの熱意もわかりましたし、
社長にお見せ出来ないような内容のものはありません。もうずっと、ご家族のことを
書いてくださっていたので……でも……」

「……わかります。これは、女将宛のものですから……」

「えぇ。営業のために使用していいのだろうか……と」


深見はその通りです……と何度か頷いていた。


「でも、こうして深見さんがすぐにいらっしゃるということは、里塚さんって方が、どんな方なのか、
なんだかわかる気がします」


女将はファイルを深見に差し出し、どうぞ……と一言付け加えた。


「女将……僕は中身を見ません。里塚にも見せる必要はないと思っています」


深見は差し出されたファイルをそのまま女将に戻す。


「もしよろしければ、1枚だけ封筒に入れていただけませんか? 僕がそのまま里塚に送ります。
中身を見るのは、山元社長だけでいいんですから……。今回は、うちの会社の信頼を取り戻すための
仕事です。社長はこれからもずっと10月末にここへいらっしゃるでしょう。その時に、また、
思い出を見せてあげていただけませんか?」

「……思い出を……」

「……」





「……ということで、里塚宛てに封筒を送ったから。それを社長のところへ持って行け。
いつの手紙を入れたのかは、女将からも聞いてないし、内容も知らない。
あくまでも俺たちが出来るのはそこまでだからな……」

「……ありがとうございます」

「頑張れよ!」

「はい……」


里塚は受話器を持ちながら、深見に向かって、深々と頭を下げていた。





深見からの封筒が里塚へ届き、全ての書類を揃えていく。

このプレゼンで、今までの苦労が報われるのかどうかが決まるのだ。


自分を助けてくれた深見、父親と向かい合いたい千夏、そして、会社の名誉回復と、

あらたな自分への挑戦のため……。


「もしもし、里塚と申します。先日のプランが出来ました。明日、お時間を空けていただけますか?」


勝負の日は、目前に迫っていた。



                               里塚君、山元社長との勝負まで……あと1日






やっぱり深見だよね……

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