6 あの日のこと

6 あの日のこと



事故に遭った日、永原は間違いなく俺に突っ込んできた。

あの勢いからして、ただ渡ろうとしていたわけではなく、

暴走車に向かって、飛び込んだと思うほうが正しい気がした。

半年後も生き残る条件として、老婆に出されたのは、『本当の幸せ』。

元彼女の桃子が戻ってきて、気分よく過ごしている俺は、それでいいとしても、

鎧をつけ、周りを拒絶する永原は……


『前向き』なんて言葉を、受け入れるのだろうか。





「バカヤロウ! 女だと思って黙っていたら、いい気になりやがって!」


それから1週間後のことだった。

いつものように気持ちの入らないカウンター業務をしていた永原に、

男性客が切れたのだ。


「いい気になっているわけではありません。
キャンセル料金が予定通りかかると、そう申し上げているだけです」


家族旅行として申し込みをしていたのだが、急に子供が熱を出し、

その対応に追われていたため、キャンセルをする日付を勘違いしてしまったと、

男性客は言い切った。1日くらい多めに見ろと、勝手な理論を展開する。


「それは出来ません、何日前からキャンセル料金がかかるということは、
契約時にしっかりとお話しております」


永原は、また強気な態度に出て、どうしても動かせないと言い切った。

客はさらにヒートアップし、別の客がオロオロするくらいの大きな声を出す。

仕方がない、出て行くか。


「お客様、申し訳ありませんが、店内には別のお客様もいらっしゃいますので、
こちらへお越しいただけますか」

「なんだよ、そっちへ行けば、キャンセル料金が変わるのか」

「いえ、そうではありませんが……」

「ならいいんだよ、ここで。他の客にもわかってもらったらいい、
この旅行会社がどれだけズルイのか」


ズルイって……

そっちが全て悪いんだろうが。何逆切れしているんだよ。

これじゃ、どっちが悪いのかわからない。


「お客様……」

「なんだよ、お前」

「『横浜支店』の本部長をしております深見と申します。
カウンターではなく、こちらへぜひお入りください」

「対応する男が変わったって、仕方ないだろうが」

「仕方がないのかどうか、まずはお聞きください。
お聞きいただいて損するお話しでないことは、私が保証いたします」


平社員の俺たちには、大きな態度を見せていた客も、

さすがに肩書きが上の本部長が登場し、態度を変えた。

ブツブツ文句は言っているが、カウンターから奥へ一応席を動く。


「国定、永原、君たちも一緒に」

「はい……」


永原と俺は本部長に呼ばれ、奥の部屋にあるソファーに同席した。

本部長は客が予約していた店のパンフレットを取り出し、

キャンセル料の仕組みについて語り始めた。

仕込みの材料を仕入れる時期、寝具や部屋の準備、

そして……


「今回はご長男にアレルギーがおありだと、事前に伺っておりましたので、
旅館の方でも、材料や料理に色々と制限がございました。
他のお客様とは別メニューを組ませていただいております」


場所を変え、理由を一つずつ並べられたことで、男も冷静さを取り戻したようだった。

待っていた旅館側も、残念だと思っていること、

次回はぜひ、海の見える素晴らしいお部屋を用意して待っているとということ、

ここでもめてケンカをするよりも、そのほうが得なのだという意識を、

客に植え付けていく。


「この料金20%は、互いの信用料金だということで、
払っていただけませんでしょうか」


決まりを守ってもらえる客であれば、

さらなる要望にも答えようとするのが店側だと、本部長は最後に付け加えた。

本部長は、横柄な態度にも、わけのわからない文句にも、動じず冷静に受け答えをし、

最後はキャンセル料を、しっかりと払わせた。

丁寧に挨拶をし、お辞儀をし、一人の客をまた世の中へ送り出す。


「永原」

「はい……」

「君のやっていることは、基本的に間違ってはいない。
でも、サービスをするという点では0点だ」


0点……

本部長は永原に、そう告げた。


「教えたことをただこなすだけだと言うのなら、それはロボットにも出来る。
うちはロボットを就職させたつもりはない。
正論を出せばそれでいいと思っているのかも知れないが、
このやり方で、仕事が成り立っていると考えているなら間違っている。
壁を隔てて接客しても、相手には届かないぞ」


ただ、仕事をすればいいのだと言い切る永原。

確かに、感情はどこかに置き忘れているような、ロボットという表現はしっくりくる。


「お客様を信用すること、それと、同僚を信用すること。
怒りも悲しみも喜びも、感情は出してこそ伝わる。
君の研修は、それが理解できて初めて終了だ」


本部長はそう言いきると立ち上がり、俺の肩にポンと触れた。

どこか不満そうに口を結ぶ永原と、ここに残されるのは嫌なんだけどな。

扉が閉まる音がして、静かな空間に二人きり。


「国定さん」

「ん?」

「深見本部長に、事故の時のこと、あれこれ聞かれましたか?」

「事故のこと? いや……」

「そうですか……」


目の前に置いた書類を束ね、永原は部屋を出ようとする。

本部長が言っていた、同僚を信用する……これにチャレンジする気があるのかどうか、

聞いてみたくなった。


「なぁ、お前、あの日、どうして車に飛び込んだんだ」


飛び込んだ……

俺はあえてそう表現した。間違って、つまずいて、道路に出てしまったわけじゃない。

あれは絶対に、車に向かって飛び込んだんだ。



死ぬということを、覚悟して。



「プライベートなことです、語りたくありません」

「俺には、その権利があるだろ」


辛いことを思い出させるのかもしれない。

それでも、聞かないとならない気がした。

永原を『前向き』に変えていくには、真実を知らないと、どうしようもない。



「お前のせいで、俺だって死ぬかもしれなかったんだ」



今まで堅くて冷たかった永原の表情が、その瞬間、どうしようもなく哀しく見えた。





約束の日が来るまで、あと……121日


7 彼女の理由

半年後の『リミット』、宏登が ↓ マークのような幽霊にならないように……(笑)
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コメント

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なんだか・・

>「お前のせいで、俺だって死ぬかもしれなかったんだ」


青葉が一番恐れていた言葉、そして言って欲しかった言葉。
責めて欲しかったのかな?
そんな気がした。

流石深見部長!

上司の深見

yonyonさん、こんばんは

>青葉が一番恐れていた言葉、そして言って欲しかった言葉。

宏登が本音を言ったことで、青葉はどう返すのか。
それは次回へ続きます。
巻き添えですからね、怒ってあったりまえなんですもん。
うん……

そうなんです

pocoさん、こんばんは
ごめんなさい、お返事が遅れてしまいました。

>宏登の気持ち、まだ青葉には届かないようですね。

はい、老婆に何かを言われていることも、
青葉は知らないですしね。
今まで、上っ面だけだった二人。
宏登の怒りで、どう変わるのか……

続きもよろしくお願いします。