8 彼女の秘密

8 彼女の秘密



桃子は、特に倹約家というわけではないけれど、無駄にお金を使う女性でもない。

以前、付き合っていた頃も、お金を貸して欲しいなんて言われたことは一度もなかった。


「ごめん、嫌よね、そんなこと」

「そうじゃないけれど、桃子がそんなことを言うのは、初めてだし」

「それはそうよ、こんなこと、言いたくなんてないもの」


桃子はベッドの横でくるりと背を向け、申し訳なさそうに小さくなった。

俺はそんな背中をしっかりと後ろから抱き締めてやる。


「理由を聞いてもいい?」

「うん……」


桃子は、俺と別れた後、生活を変えたいと引っ越しをした。

少しだけ持っていたお金は、そこで無くなってしまい、

それでも毎月の給料があるからと思っていた矢先、

実家からお金を貸して欲しいと連絡が入ったのだという。


「父が入院したの。うち、自営業だから、経営は自転車操業なのよ。
余裕が無くて、母から急に電話があって……」


夏のボーナスで送金しようとしたのだが、会社の都合で遅れることとなり、

父の入院が先になってしまったと説明する。


「ご近所の病院でしょ、支払いを後にしてくださいなんて言うと、
うちの商売がうまくいっていないことを、宣言するみたいで、母が嫌だって言うの」


桃子の実家は『萩野モータース』という、修理工場だ。

行ったことはないが、確かに話には何度か出て来たことがある。

旅行代理店の営業でも、自営業だからこその見栄張りは、何度か遭遇した。



『こんな時だからさ、ちょっと景気よく旅行したいんだよね』



周りに警戒させないための見栄。何度か営業に向かった会社でも、

そんなやりとりはあった。きっと同じようなものだろう。


「わかった……10万でいいの?」

「宏登……ありがとう、貸してくれるの?」

「あぁ……桃子の頼みだし」


10万円という金額、俺にとって、決してはした金ではない。

だからこそ、桃子に貸すのだ。

二人が、これからまた、再出発するために……


「明日でいい?」

「もちろんよ、ありがとう。必ず返すから、返すから」

「あぁ……」


桃子は辛そうだった表情を一気に喜びに変え、『ありがとう』を何度も繰り返した。

彼女がここのところ、どこか上の空に見えたのも、

このことを言い出しにくかったからだろう。

また一つ、何かを越えたような気がして、キスが始まり、

どちらからともなく、また素肌に触れる。



『怒りの感情も、悲しみの感情も、出してこそ伝わる。
君の研修は、それが終わって初めて終了だ』



そう、どんな感情も、出さなければ相手に伝わらない。

深見本部長の言葉を、なぜか今、思い出す。

言いにくいことだって、言わなければならない時もあるんだよな。

桃子の吐息を耳に感じながら、俺はすっかり何かを悟った気分だった。





俺が参加しなかった合コンで、新しい彼女と出会えたはずの剛は、

まだ、力強い太陽が輝いているのに、心の中には枯れ葉が舞うらしい。


「おかしいんだよな、酒が入っていたからなのかな、良い子に見えたんだけど」

「お前の条件が厳しいからじゃないのか、もう少し広い心で相手を見ろよ」


相手の嫌なところを探したら、うまくいくものもいかなくなる。

『本当の幸せ』をつかんでいる今の俺は、結構、剛にも堂々と意見が言えた。





「ここかな?」

「だと思います」


『横浜支店』から電車に乗り、とある繁華街に出る。

今日はそこにある店へ、旅行の候補地となったパンフレットを運ぶのが仕事。


「ホストクラブの社員旅行なんて、あるんですね」

「そりゃ、社員旅行くらいどこだってあるだろう」

「女性から、ごっそりと集めたお金で騒ぐってことですか」

「そういうトゲのある言い方をするな、またお前が仏頂面して、
契約が無くなったらどうするんだ」


全く、永原は喜怒哀楽の『怒』だけが強い。

以前は、東京の『東支店』で契約をしていた団体さんだが、

事業内容の縮小などもあり、分散されたため、『横浜支店』が引き受けることとなった。

毎年、決まった時期に旅行を組み、ある程度の人数を確保してくれるため、

うちにとってはお得意様とも言える人達だ。

店長は、某有名国立大学を卒業した男性で、商売の才能もあるのだろう。

遅れて出てきた店にも関わらず、あっという間に売り上げを伸ばし、

売れっ子のホスト達は、テレビにも出ることがあると言う。


「わざわざ店まで来ていただいて、申し訳ない」

「いえ、こちらの都合で、『横浜支店』が担当になりましたので、
それくらい当たり前です」


髪の毛を金髪に染めている男性もいるし、見るからにケンカっぱやそうな男もいる。

目の前のオーナーは、ごく普通の風貌だけれど、

これだけのメンバーを仕切るのだから、相当の根性を持った持ち主だろう。


「で、お願いしていたオプションなのですが」

「はい……それは……」


隣の永原を見ると、あちらこちらを不機嫌そうな目で見ながら、

顔を動かしている。


「おい、永原、お前の出番だって。ほら、オプションの話」

「はい……」


ホスト達との温泉旅行。オーナーの希望はとにかく『静かな宿』。

普段にぎやかな中にいるからこそ、その正反対を望む気持ちは理解出来る。


「宴会場は、この広さです。
樽酒のご注文や、特別料理のお話しも、全て先方に許可を取りました」

「そうですか」


まだ若手のホストなのだろう。

どんなところなのか、何が出来るのかと、

パンフレットを奪い合いながらあれこれ意見を出している。


「オーナー、酒は持ち込みましょうよ。俺、日本酒好きじゃないんですよ」


『シャンパン』が好きだから、『ドンペリ』を持ち込みたいと言うホストに、

同調するホストが数名頷き始めた。

この男、売り上げが上位なんだろうか、結構堂々と意見を言うなぁ……


「申し訳ないですが、持ち込みはお断りします」


永原! お前、いきなり立ち上がって、そんなにハッキリと。

持ち込みは確かにNGだけれど、もう少し言い方が……


「永原、あのさ……お前」

「どうしてドンペリじゃないと飲めないのですか?
日本酒を本当に味わったことがありますか?」


いかにも不服そうな顔をしたホストと、全く反省色のない永原の間に挟まれ、

俺はただ交互に顔を向け、風の流れを見るしか出来なかった。





約束の日が来るまで、あと……101日


9 出会いの意味

半年後の『リミット』、宏登が ↓ マークのような幽霊にならないように……(笑)
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