【SATODUKA 3】

【SATODUKA 3】

里塚が山元社長と約束をした当日。千夏は朝から、そわそわしながら会社の入り口を見つめていた。


「こんにちは」


玄関から入ってきた里塚は、心配そうに自分を見る千夏と目が合った。大丈夫ですよ……と

軽く微笑んでみせる。


「山元社長はいらっしゃいますか?」

「どうぞ……」


社長室へ通され、目の前のソファーに座らされた。作って来た資料を取り出し、社長の前に置く。


「先日お話を伺った、仙台『華の家』の企画書です。お部屋は『ひなぎく』をお取りしました」

「なぜ、ひなぎくなんだ……」

「ひなぎくのお部屋と、そこから別館に渡る廊下に、この旅の意味があるとわかりましたので……」


千夏はそう里塚が言った瞬間の父の顔を見た。表情を崩すことはなかったが、

どこか嬉しそうに笑っているように見える。


「この封筒は?」

「……」

「『華の家』の封筒だけれど……」


里塚はポケットから別の封筒を取り出し、社長の前に置いた。


「そちらの封筒には亡くなった奥様が、『華の家』の女将にいつも書かれていた
季節の挨拶が入っています。何年前のいつのものなのか、僕は知りません。
今回、この企画のポイントはここにあります」

「家内が書いたもの?」

「はい。毎年宿泊された後、年賀状、暑中見舞い、年に3度はお手紙のやりとりがあったそうです」


山元はその封筒をじっと見つめ、黙っている。


「お二人が毎年、『華の家』に行かれていたのは、職人になって最初の仕事が
この『華の家』のひなぎくの間と、渡り廊下だったからですよね。
いつも、いらっしゃると具合の悪くなった箇所はないかどうか心配そうにたずねられる……と
女将から、うちの仙台支店に勤める者が聞いてきました」

「あぁ……」

「今はもう、奥様はいらっしゃらないんですけど、『華の家』には、社長も千夏さんも知らない
奥様の思いが残っています。それを、旅の時に、少しずつでも見せてもらうことが出来たら……と」

「これは、家内が女将に書いたものだろ。それをこんなふうに使うことに抵抗はなかったのか?」

「……なので、このお手紙を……」


山元は先ほど里塚がポケットから出した女将からの手紙を開け、読み始めた。


本来ならどんな理由があるにせよ、個人的にもらった手紙をこのような形で使うことは

許されないことなのかもしれないが、いつも手紙の内容が、社長や娘さんのことであったこと、

そして、ここへ訪ね、この手紙を出して欲しいと言ってきた深見という営業マンを、随分前から知り、

信頼していること。そして、その深見が力を貸してやって欲しいと言っている里塚を

信頼していること……などが書かれてあった。


「この深見と言うのは、君のところの社員かね」

「はい。仙台支店の者です。今回、僕だけではなかなかコンタクトが取れなかったので、
応援を頼みました」


山元は黙ったまま封筒を開け、亡くなった妻のはがきを取り出していた。


「昭和60年か……」


少し茶色がかったはがきには、丁寧な字でその当時の妻の思いが残されていた。

黙ったまま読み続け、そのはがきを自分の斜め後ろに立っている千夏に手渡す。


「エ……」

「読んでごらん。お母さんがお前を育てている様子が書かれている……」


千夏は父からそのはがきを受け取り、ゆっくりと読み始めた。2歳になった娘が、

少しずつ言葉を覚え、かわいらしく振る舞うようになったこと。それでも夜中にグズグズと泣き、

眠い目をこすって起きるのが時々辛くなること。父親は仕事に必死で、

なかなか子育てを手伝ってくれないこと……。


「……お母さんの字ね……」

「あぁ……」


時々、腹の立つことはあるけれど、また『華の家』に二人で訪れ、思い出を語ることが

楽しみになっていること……。

千夏はそのはがきをもう一度じっくり見ると、父の手に戻していた。


「私、手のかかる子だったのね、小さい頃……」

「そうだぞ。もう、子供は大変……って、あの頃、お母さんの口癖だったからな……」


そんな二人の会話を黙って聞いている里塚。


「里塚君……」

「はい……」

「『華の家』の女将と、家内がこんなふうにはがきや手紙を交わしていたことは知らなかったよ。
年賀状くらいは出しているものだと思っていたけどね」

「そうですか……」

「ちょっと体調を崩した時には、それをあらかじめわかったうえで、
食事をコントロールしてくれたり……。そう言った手間をしっかりかけてくれる女将だからな」

「……」

「その女将が、こんなふうにはがきをよこしてまで、君たちの期待に応えようとしてくれたというのは、
その深見という人間を相当信頼してのことだろう……」

「はい……」


山元の言うことを、そのままじっと聞いていた里塚。深見の仕事ぶりを信頼した

女将の協力がなければ、この企画は成り立たなかったのだ。


「きっと、その男も気持ちで動く男なんだろうな……」

「……はい……」

「4年前に君の会社の営業部員が、花瓶を割ったんだ。妻が大事にしていた
思い出のあったものでね。……いや、割ったことは仕方がなかったんだが、
1週間も経たないうちに同じものがありましたからと言って、その場に置いていった。
見た目の形は元に戻ったので、それでいいのでは……という気持ちが、どうも僕には許せなくてね」

「……」

「見えるものだけ、そこにある形だけ整えればいい……そんな旅行会社とは、つきあえない……
そう思ったんだ。私は家を造る時、依頼人の気持ちをまずしっかりと聞くことから仕事を始めている。
見た目が邪魔ですからと木を切るのではなくて、その木に思い出があるなら、
どうにかして残せないかと考える。それが仕事なんじゃないかと……」

「……」

「旅行も、本来の目的は……きっと目に見えないこともあるだろう……」


里塚は山元社長の顔を見ながら、記事を読んだときの印象そのままだ……と思っていた。

この人を動かすのは、お金やお世辞ではない。


「里塚君」

「はい……」

「このまま『華の家』に予約をしてくれ。ぜひ、また家内の思い出を見せていただきたい……と」

「……はい。ありがとうございます」


里塚は立ち上がり、しっかりと頭を下げた。そんな里塚を見ながら、ほっとした笑顔を浮かべる千夏。


「来年の競争には君も参加するといい……」

「はい……」


その時、里塚の視線に、千夏の顔がふっと入ってきた。立ち上がり、部屋を出て行こうとする山元。


「社長!」


里塚は、千夏の方を一度だけ向き、視線を合わせる。


「今回、女将と奥様がはがきのやりとりをされていると、ヒントをくれたのは千夏さんなんです。
千夏さんが、お母さんの気持ちを読んでみたい……そう言われたので……」


山元が千夏の方を向くと、千夏は口を開こうとした。しかし、その勇気がないのか、黙ってしまう。

里塚はなんとか千夏から言わせようとするのだが、その一歩を出せずに、下を向く千夏。


「……ぜひ、今回の旅行は、千夏さんも一緒に……」

「……」

「……お父さん、私も、一緒に行ってみたい……」


なんとなく流れる二人の空気を感じ、少しだけ口元を緩める山元。


「着いてきなさい……」


その答えに千夏が顔をあげると、何度か小さく頷く里塚がそこにいた。





「ありがとうございました。なんとか終わりました……」

「そうか。で、結果は?」


里塚は営業部に戻り、すぐに深見に連絡をいれた。


「知りたいですか?」

「当たり前だろうが。遊びじゃないんだぞ!」

「……はい。OKもらったのと、来年の社員旅行レースにも参加できることになりました」

「……参加だけか……」

「いえ、参加さえ出来ればこっちのものです」

「……」

「……あれ?」


里塚らしい自信たっぷりのセリフに、少しだけ呆れる深見。


「咲も心配していたから、そう伝えておくよ」


懐かしい咲の名前を聞き、ふっと思い出がよみがえってくる。

あの時、彼女が一途に思い続けていた男は、やっぱりすごい先輩だったと実感する。


「よろしくお伝え下さい。本当に、今回は深見さんと『華の家』の女将のおかげですから……」

「里塚の頑張りだろ……一番は……」

「……まぁ、それは自分で言うことじゃないですから……」


謙虚なような、大胆なような不思議な男。深見は一度軽く咳払いをすると、最後にこう言った。


「なぁ、仙台はいいところだぞ。お前も一度来ればいいんだよ。
あ……、その時はぜひ、素敵な彼女とご一緒に!」

「……」

「じゃあな!」


自分が送った祝電への嫌みとも取れる深見のセリフに、思わず笑う里塚だった。





それから……。


「少し早いですけど、予約取りましたので」

「ありがとうございました」


里塚は仙台行きのチケットを持ち、会社にいる千夏に手渡した。


「里塚さんの協力で、なんとか一緒に行くことが出来ます」

「頑張って、しっかり話してきてくださいね。社長はちゃんと聞く耳を持っている人ですよ。
僕はそう思います」

「はい……」


千夏は何度も頷き、笑っている。


「でも、これでしばらく里塚さんにも会えませんね」

「エ……」


そうだった。もう、ここで会ってもらえるように時間をつぶす必要もなくなったのだ。


「少し残念です……」


素直に気持ちを語る千夏。里塚はカバンからパンフレットを取り出した。


「友達と旅行とか……いえ、一人でどこかに行きたい……でもいいですよ。僕は営業マンなので、
すぐに来ます」

「……」

「……それに……」

「……」

「映画見ようかな……とか……でも……」

「エ……」


二人の視線が合い、照れくさそうにそらしてしまう。


「いいんですか? そんなことでお呼びしても……」

「はい。千夏さんなら……」


嬉しそうな千夏を見ながら、里塚が話しを続ける。


「今年はお父さんと仙台ですけど、来年は僕と行きますか? 仙台……」

「……エ?」

「冗談です」


笑いながらそう言う里塚を見て、千夏も笑顔を見せていた。





そして、仙台深見家。


「やっぱり違うよね。お料理も、お風呂も、ほら、お皿だって……すごい高級そう」

「……」

「ねぇ、亮介さん。いつにする?」

「……」

「どうしたの?」


ソファーに座りながら『華の家』のパンフレットを嬉しそうに見つめている咲。

亮介はそのパンフレットを取りあげ、ため息をつく。


「なんで、あいつの営業成績をあげるために、俺が自腹切るわけ?」

「……いいじゃないの、別に」


はがきを貸して欲しいと頼んだ時、『華の家』の女将に交換条件として、

夫婦で泊まりに来ること! と言われた亮介。


「東北で3本の指に入る旅館だからね……そりゃ、全て素晴らしいよ、もちろん値段も……」

「まぁ、そうだけど……。でも……」

「行くよ。咲のそんな嬉しそうな顔見たら、行かないなんて言えない。夏は忙しいから、
秋になってからかな……」

「秋ね……楽しみだな」


亮介からパンフレットを取り返し、もう一度読み直している咲。そんな咲の肩を引き寄せ、

一緒に覗き込む亮介。


「長野のお母さんを誘ってあげようか。どうせなら……」

「エ? 母を? それなら横浜のご両親だって誘わないと……」

「いいよ、うちは。あの二人は、ほら、修善寺のあそこへ毎年勝手に行くんだから」


亮介が咲に『最初のプロポーズ』をしてくれた場所。そこは深見の両親が、

毎年結婚記念日に出かける旅館だった。


「長野のお母さんは一人なんだ。咲にもきっと、会いたいと思うよ……」

「……ありがとう」


長野に一人残る母を気にしてくれる亮介の気持ちが、嬉しくなる咲。


「じゃぁ、今回は二人で行って、よかったらまた、誘ってあげることにする……ね?」

「わかった」

「約束……」

「うん、約束……」


咲の出した小指に、自分の小指を絡める亮介。そのまま自分の方へ指をひっぱり、合図をする。


互いに顔を近づけキスをする二人。里塚のおかげで舞い込んできたプレゼントに、

心があたたかくなる咲だった。


神からのプレゼントは……まだ届いてないけどね……。






やっぱり深見だよね……

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