11 あちらの席

11 あちらの席



『横浜支店』から、ホストクラブまで、

永原と特に会話をすることなく、ただじっと外の景色が動くのを追いかけた。

本当に忙しいのかも知れないけれど、桃子の態度には少し疑問が残る。

やはり、きちんと話をしないと、

俺の『本当の幸せ』が、ますます遠のいていくようなそんな気がした。





「いらっしゃいませ、一昨日はありがとうございました」

「いえ……」


社長が直々に出迎えてくれて、まずは席まで案内される。

打ち合わせで決まった事項を、盛り込んだ書類の提出をすると、

中身を確認した社長が、しっかりと頷いた。


「色々とありがとうございました。これでOKです」

「いえ、こちらこそありがとうございました」


そう、人数的にも、価格的にも本当にお得意様と言ってもいいくらいだ。

しっかり頭を下げないと。


「今日はもう話しはいいでしょう。お約束通り、1杯、お付き合いください」


……来た、何か起こるのか、ここから。


「キュヴェ・ドンペリニョン・ロゼになります」


ロゼ? これって、普通のドンペリより高いんだよな、確か。

こんなもの、俺、飲んだことないし、こういうのって金持ちの奥様たちが頼んで、

ホストと大騒ぎするイメージしかないけれど……。

本当に口をつけて、いいのかな。

急に高額な請求書とか出されても、俺、払えませんから。


「あの……」

「なんでしょうか」

「私、お金ないですから」


いつもの永原らしく、言いたい本音をそのまま吐き出した。

社長は笑顔のまま何度も頷き、料金はいただきませんと念を押す。


「それなら……」


永原がグラスに口をつけたよりも少しだけ遅れて、俺も初めて口をつけた。

飲み心地は悪くない……まぁ、シャンパンだしな。


「どうですか? お金持ちが大騒ぎする、
女に貢がせて飲むようなとんでもない酒だと、そう思いましたか?」


確かにイメージはよくなかったけれど、味は……さすがだった。


「いえ……」


永原も、これには反論しない。


「何事も、ご自分で経験して意見を述べた方がいいですよ。
うちのホストにもそれはきつく言いました。安い日本酒を飲んだだけで、
全てを知ったような口をきいてはいけませんので。
今度の旅行では、本物の日本酒を味わわせてやるつもりです」


何事もやってみないと、ダメだってことだ。

永原が普段、客を見ただけでダメだと判断して、トライしない性格だってこと、

社長は見抜いたんだろうか。


その時、ものすごい大きな歓声が上がり、若手のホスト達が何人か立ち上がった。

羽振りのいい客でも来ているのだろう。


「すごい盛り上がりですね」

「あぁ……今日は『スピリットデー』ですから、
今日の売り上げで今月のナンバーワンが決まるんです」

「ナンバーワン……ですか」

「はい」


俺たちの前で料理を出してくれた若手のホストは、

その盛り上がりの輪を、羨ましそうに見つめた。

ここへ入ったのなら、あんなふうになりたいと思うものなのだろう。

囲んでいた輪から一人の男性が外れ、その奥にいる男と女が目に入った。


「うわぁ、国定さん、急に立ち上がらないでください」


隣の永原が、お酒がこぼれるなど余計なことを言っていたが、

それどころじゃない。ホストのトップと言われた男は、

一昨日、永原とケンカをしそうになった鼻っ柱の強そうなやつで、

その男の横で札束の扇子を広げ、肩を組まれ嬉しそうにしているのは……


「……桃子」


どういうことなんだ、お父さんが病気で商売が大変なんだろう。

お母さんが一人で奮闘していて、せめてお金だけでも送りたいと、

そう俺に言ったはずだった。


「国定さん、座ってくださいよ」


隣にいた永原が立ち上がる。座って、知らないふりをした方がいいのだろうが、

自分の体が自分の意志で動かない。


「何見ているんですか?」


輪を作っていた若手が何人かこちらを向き、遅れて奥にいた桃子と目があった。

驚きを見せたのはほんの一瞬で、笑みを見せていた口元はキュッと閉まる。


「誰か、お知り合いですか?」


あの10万円は、いや、20万円は、ご両親のために使うのではなく、

この男の売り上げに、貢献するためだったのか……


「国定さん、何しているんですか」


目の前にいる桃子の表情が、申し訳なさそうなのなら、

自分が悪いことをしているのだと、本当にわかっているのなら、

まだ、許せたのかも知れないけれど……

あの挑戦的な目は、完全に開き直っているとしか思えない。

『あなたに何か言われるような、間柄ではないのだから……』

そう宣言しているようにさえ、見えてくる。


「今日は、これで失礼します」


出された料理に手をつけることなく、俺はその場から出て行くことしか出来なかった。



ちょっと待て、どうして俺が、ここから逃げなければならないんだろう。

タイミングよく開いたエレベーターに乗り込み、無意識に下のボタンを押す。

扉が開いたので体を前に押し出し、悪夢を見たビルから素早く出た。


駅って、どっちだったっけ?


「国定さん!」


自分の名前を呼ばれてふり返ると、両手を腰に当てた永原が、

とんでもない顔で立っていた。





夜の繁華街も、ちょっと別の道を歩けば、ベンチがあるような公園にぶつかるものだ。

夜風はだいぶ涼しくなったけれど、まだ冷たいコーヒーの方が、飲みたくなる。


「ほら……」


2本を買って、1本を永原に渡した。

耳にイヤホンをつけたサラリーマンらしき男性が、

ジョギングの格好をして、颯爽と横を通りすぎる。


「あの女の人、知り合いだったんですか?」

「答えたくない」


永原に、事実を語る必要などない、そう思った。

いや、永原も普通じゃないことにうすうす気づいているはずで、

それをわかっていて、あえて聞いている。

桃子だって、こっちを見たままさすがに固まって、声も出せなかった。

無言の視線に気づけていたのなら、大人だろ、悟ってくれ。


「私、正確に知る権利があると思います」

「権利? 何言ってるんだ、お前」

「せっかくのドンペリ、一口しか飲めなかったんですよ、
国定さんが飛び出したせいで」

「飛び出してなんかいない」

「本来、出るタイミングではないところで出たんですから、十分飛び出しています」


うるさいなぁ……

自分はあの日のこと、語らないくせに、俺にだけはしつこく迫るのか。


「……なら、お前も言えよ、あの日、どうして飛び込んできたのか」


そう返せばきっと、無言になるだろう。

案の定、勢いよく言葉を出していた永原の口は、ピッタリと閉じた。





約束の日が来るまで、あと……99日


12 缶のコーヒー

半年後の『リミット』、宏登が ↓ マークのような幽霊にならないように……(笑)
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コメント

非公開コメント

ドンペリ

やっぱり、ホストだよな〜そんな予感したんだ。
しかし嘘をつくにしても、親の病気は・・・

宏登の「本当の幸せ」もまだ先みたいね。

果たして青葉は語るか??

ホストに・・

やはり、桃子の嘘だったんですね・・・2回目の10万辺りからおかしいなと思えましたが。。。
それに、ベタなホストへの貢ぎ金とは・・・
宏登ショックだろうけど、もうお金貸してとも来ないだろうから、この時分かって良かったんだよね?

やはり!

pocoさん、こんばんは

>やはりまとまったお金はホストだったんですね。

はい、桃子はホストにお金を使っていた……ようです。
宏登と青葉のそれから……は、次回で!

当たったね

yonoyonさん、こんばんは

>やっぱり、ホストだよな〜そんな予感したんだ。
 しかし嘘をつくにしても、親の病気は・・・

予感がしましたか、そうだよね、急にお金が……だもんね。
親さえも病気にしてしまうくらい、桃子が病気なのかも。

宏登と青葉のその後は、次回で!

ウソでした

yasai52enさん、こんばんは

>やはり、桃子の嘘だったんですね・・・
 2回目の10万辺りからおかしいなと思えましたが。。。

あはは……みなさんの疑いの眼差しが、当たりましたね。
目の前で見てしまった宏登は、やはりショックでしょうけれど、
そうそう、わかってよかったんだ……となるかどうか、
それは次回へ!