12 缶のコーヒー

12 缶のコーヒー



仕事で向かったホストクラブに、客として桃子がいた。

初めてこんなところに来てしまったという、普通のOLではなくて、

トップに立つというホストに、札束の扇子を作って騒いでいた。

それを見た俺は、怒ることも出来ずに、

逃げるように店を出て、街の片隅にあるベンチに座る。


隣にいる永原は、薄々感づいているくせに、正確に知りたいと言い出した。

だから、あの事故の日のことを、逆にこちらから問いかける。

言いたくないはずの永原の口は、何秒前と違って、しっかり閉じられた。


「ほら見ろ、お前だって言いたくないことは言わないんだ。
こっちにだけあれこれ聞くな」


そこで終わればいいのに、やっと現実への怒りが湧き上がってきて終わらなくなる。

黙っていていいのに、話すことなんて何もないのに、そうすることが出来なくなった。


「あぁ、そうだよ、お前の思っていた通り、あの女は知り合い。
いや、3か月前までは俺の彼女だった。そう、過去だったんだ。
それがさ、事故を新聞で知ったってたずねてきて、泣いてくれて。
それがあいつの優しさだと思って、よりを戻したつもりになっていたよ。
まさかさ……」


何を言っているんだ、俺。

永原に語る必要なんて、ないはずなのに。


「親が大変だから金を貸してくれって言われて貸したのに、あれだよ、あれ……」


あぁもう、本当に腹立たしくなってきた。

人が必死に稼いだ金を、あんなことに使いやがって。

涙流してウソついて、人に擦り寄ってきやがって、冗談じゃない。


「それなら思い切り、ひっぱたいてやればよかったんですよ」


永原らしい、真っ正面の意見だ。

お前なら、そうしたんだろうな、きっと。


「そうだな……」


そう、思い切りひっぱたいて、店から引きずり出して……

何しているんだ、正気に戻れって、体でも揺すってやれば……


「今からでも行きますか、ドンペリ残っているかも知れないし」

「残っているわけないだろうが……」


あいつ、『ごめんなさい』って謝っただろうか。


「今行かないと、帰るかもしれないですよ、あの人」


……いや違う。

今さら、桃子のことを責めになんて戻れやしない。

あれだけ盛りあがっていた俺の怒りは、隣の永原のヒートアップに反比例して、

あっという間にしぼんでいく。


考えてみたら、そうだったんだよな。

急に俺のところに戻って来て、泣かれて、

妙に積極的なあいつの態度に、疑うことなくシッポを振ったのは俺の方だ。




『本当の幸せ』




あの言葉があったから、どうにかしなければという思いが前に出てしまって、

目の前で掴めそうな幸せを、掴んでしまったのかも知れない。

その先とか、奥とか、全く見ることもしないで。


「国定さん、行かないんですか、殴りに」

「行かない」

「どうして」

「俺にも非がある」

「非? 国定さんにも悪いところがあるってことですか」

「あぁ……」


手に持ったままの、残りのコーヒーをノドに流し込む。

ブラックを買ったけれど、こんな日は甘いカフェオレでもよかったかな。


「あいつが戻って来て、男としてラッキーと思ったのは事実だし……」


永原の目が、『最低』だとののしっているように思えた。

あぁ、なんとでも思ってくれ、俺はそんなレベルですから。

頬に当たる夜風が、少し涼しさを増したかも知れない。

もう秋だと言った方が正しいのかも……


「出て行った元彼女を、すぐに部屋に入れて、泊めてあげたってことですか」

「あぁ……」

「今まで何をしていたのか、どうして戻る気持ちになったのか、
細かく聞く前にですか」


永原が目の前に立って、なぜか両手を腰に当てる。

なんだよ、その態度、お前に説教されることでもないと思うけど。


「まぁ、そうかもな。この事故でよくわかったんだって泣かれたから、
単純にそれを信じました」

「……最低!」


目だけでなく、口からも『最低』の言葉を聞くことになった。

普段なら言い返すところだけれど、自分でもそう思うわ。

本当、俺、『最低』。


斜め前にゴミ箱が見えた。空になった缶を軽く投げてみるが、

ふちに当たり、カツンという音を立てると、下へ落ちる。

なんだよ、こんなことも上手くいかないなんて、

俺、よっぽど運から見放されているんだな。


「さて、帰ろうぜ」


失敗した缶を改めてゴミ箱に入れて、軽く背伸びをする。

やってしまったっことは仕方がない。




「私、足に腫瘍が出来て、今年の初めに手術をしたんです」




永原の告白は突然だった。

話せと言ったわけではないし、正直、桃子のことがショックで、

永原のあの日の理由なんて、どうでもよかったけれど。


「放っておけば悪性の腫瘍になるかもしれないって言われて、
入院することになりました。医者は大丈夫だって言いましたけれど、
でも、私なりに色々と考えたんですよ。本当に大丈夫なんだろうか、
これからどうなるんだろうかとか、自分の未来はあるのかどうか……とか」


人は弱いものだ、そう言えば、俺の父親も白内障の手術をするだけで、

見えなくなったらどうしようなんて、あれこれ考えていたっけ。


「大学4年になってから、付き合い始めた彼がいて、
青葉は絶対に大丈夫だなんて、励ましてくれていたんです。
でも、私が悩んで入院して手術をしている時、そいつは裏で浮気してました」


永原の手の中で、コロコロと転がされている缶コーヒー。

飲むつもりはないのかな。


「その浮気相手が、私の中学から一緒の親友だったんです。
全くひどいものですよ、こっちは必死なのに、そんな不安な気持ちになんて、
本当は気づいてもいなかったってことでしょ。
私が間にいたことで、二人は知り合ったわけだし」


いつもは誰に責められても下など向かない永原が、下を向いている。

『お前の性格が悪いからだ』なんて言おうと思った自分の口を、俺は黙って閉じた。





約束の日が来るまで、あと……99日


13 あの日の奇跡

半年後の『リミット』、宏登が ↓ マークのような幽霊にならないように……(笑)
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コメント

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そうか・・・

こんばんは^^

なんでも否定的な永原さん、可愛くないのは心のあらわれだったのね。
人に裏切られた傷は深そう・・・

彼女を「前向き」 にするには、かなりの困難が!
頑張れ宏登!!

そして、桃子とどう決着をつけるのか楽しみだわ♪

うわ~

あー?どいつもこいつも最低だな!

でもさ、最低の奴にも言い分って有ったりするんだよね。

まー兎に角、ぐずぐず言っても仕方ない。
前向きに、本当の幸せを見つけなきゃ!

簡単そうで

なでしこちゃん、こんばんは

>彼女を「前向き」 にするには、かなりの困難が!
 頑張れ宏登!!

そう、『前向き』って簡単そうで、難しいよね。
宏登はどう向き合うのか、
もちろん、桃子とも……
最後までよろしくお願いします。

最低がいっぱいだね

yonyonさん、こんばんは

>でもさ、最低の奴にも言い分って有ったりするんだよね。

ねぇ、あったりするんだよね。
立場が違うと、色々と見方も変わるし。

とにかく時間は減っていく……
宏登と青葉のこれからも、見てやってください。