13 あの日の奇跡

13 あの日の奇跡



永原にも永原なりに、辛いことがあったのか。

入院して落ち込んでいるときに、彼氏に親友と浮気をされるなんて、

腹が立つのはもちろんだけれど、情けないだろうな。


「無事に退院して、仕事の研修をしながらリハビリもやって、
そんな私に対して、明らかになったのが『浮気』なのかと彼を責め立てたら、
結婚を約束したわけでもないのに、誰をどう選ぼうが自由だなんて開き直られて。
瞬間的に頭に血がのぼりました。どうせなら目の前で車に飛び込んでやる! って」

「あの日のことか」

「はい、駅前の喫茶店に呼び出したんです。二人を」


目の前で驚かされて逃げてきた俺と違って、永原は二人を呼び出したのか。

はぁ……お前らしいといえばらしいな。


「それで、お前、二人の前で飛び込んだのか」

「どうせ口で言ったって、あの二人にはわかりっこないから。
インパクトで勝負だとそう思いました」

「……なんだそれ」

「まぁ、国定さんが前にいたのは、ちょっと計算外でしたけど」


横にいる永原を見たら、笑っていた。

笑うか、ここで普通。


「お前なぁ、ここで笑うなよ。俺が死ぬところだったんだぞ」

「そうですよね、でも、なんだかおかしくて」


永原は止めたことがさらに拍車をかけたのか、笑いが止まらなくなる。

両目に浮かんだ涙を、指でぬぐいながらまだ肩が動くなんて、

この女、全く……

俺が年末に死んだらどうするんだよ。

『本当の幸せ』も、『前向き』作戦も、何一つうまくいっていないんだからな。


「国定さん、人なんて信用しない方がいいですよ。平気で裏切るんですから。
私、ずっとそうでしたし」

「ずっと?」

「はい……」


永原は小学生の時、両親が揃って授業参観に来ると約束したのに、

父親だけ離婚して消えてしまったこと、

誕生日に約束したケーキを母親が忘れ、そのまま何もなくなってしまったこと。

学校で、教師に納得がいかないと詰め寄っていたら、同じ点数を取った友達より、

成績が悪かったことを、淡々と語っていく。


「期待なんてするから悪いんですよね。
ずっと、身の回りの人に裏切られて、嫌な思いをしてきたから、
学生時代も、友達と少し距離を置いて付き合っていくことしか出来なかった」

「距離ねぇ……」

「それでも、そんな私がやっと……信じた人たちだったんです。
それをまた、簡単に裏切って!」


会社へ入社以来、誰の意見も受け入れないような、

拒絶態度を取ってきた永原の言い分を聞き終えて、思い切り力が抜けた。

そう、本当に怒りも情けなさも吹っ飛んで、力が抜けてしまった。


「お前さぁ……俺に感謝しろよ」

「感謝?」

「そうだよ、あの日、俺があの場所にいたから、
事故に遭ったのに、ここで生きているんだぞ。
お前一人で思い切り、あのスピードを出した車に当たったことを考えてみろ」

「もっと衝撃があったって、言いたいんですか」

「そうだよ。俺がいなかったら、お前今頃……」


人差し指で、真っ暗な空を指差してやる。

あの杖を持った老婆のいる『雲の上』にいたはずだ。

選択権も与えられなかったんじゃないのか。


「そんなこと、誰にだってあることばかりじゃないか。俺だってあったよ。
約束したのに買ってくれなかったとか、先生にえこひいきされたとか。
あぁ、人なんて信用も出来ないって思うこともあるけれど、それでもさ……」


それでも、また信じてしまう。

きっとこの人は大丈夫だって……。



『うわぁ……いいですねこのホテル。
でも今、お金がないので、明日必ず申し込みに来ます』

『それじゃ住所をここに書きますね、パンフレット送って下さい』



そんなことを言って、平気で予約をキャンセルしたり、

住所をメチャクチャに書かれたりしても、また結局、信じることしかできない。

たまに、本当に来てくれる客がいたりして。

『この人を、自分が裏切らなくてよかった』って、そう思うときがある。


「相手が悪いんだってことばかり言うけどさ、
お前だって距離を置いて付き合ってきたんだろ。周りの人間を信用しようとしたのかよ。
この人、自分を裏切るかもしれないなんて思いを抱えたまま、
形だけの笑顔を見せられても、そんなもの、誰だって信用できないだろうが」

「形だけ?」

「あぁ、永原はいつもそうだろう。きっとダメだとか、やっぱりこうだとか、
そんなこと思ってばかりいるから、そういう人間しか周りにいなかったんだ」


あぁ、また暴走している。

持っている缶コーヒー、永原がこっちに向かって投げつけてくるんじゃないか?



「俺は、人を裏切るのなら、裏切られた方がいい」



哀しくなるのはどちらも一緒だけれど、後味の悪さは、違う気がする。


「そう思って過ごしていたら、9回裏切られて悔しい思いをしても、
たった1回『ありがとう』という手紙が届いたら、
それで全て水に流せる気持ちにはならないか」



『明日必ず、ここへ予約しに来ます』



ただの社交辞令、またいつものようにそっぽを向かれると思っていたのに、

次の日、お金を握り締めてお客様が来てくれたとき、

そう、この職業を選んでよかったと、心からそう思える。


「9人に裏切られてもさ、たった1人信用できる人と出会えたら、
それでまた頑張れるものだよ……」

「9人?」

「それくらい広い心を持っていれば、信用できる人に出会ったことに気付けるはずだ。
ほら……男に裏切られた、親に約束を破られた、先生にえこ贔屓された。
それでもさ、お前が事故で大変だからって、必死に守ってくれた上司がいただろ」


この不況の中、ハンデを背負う社員を、必死にかばってくれた人。

あの人に出会えたことだけで、得だと本当にそう思える。


「深見本部長のことですか」

「うん……あんな人、そう会えないと思うけどな」


うちの会社にも数えられないくらいの上司がいる。

その中であの人が『横浜支店』にいること、それが奇跡かもしれない。


「あの人じゃない人が上司だったら、お前、ここには今いないだろ。
事故で飛び込んだのに、男は戻らないし、仕事はないしじゃ、
もっと惨めだったんじゃないのか」


永原は黙ったまま、また缶コーヒーをコロコロ手で動かし始めた。





約束の日が来るまで、あと……99日


14 人の心

半年後の『リミット』、宏登が ↓ マークのような幽霊にならないように……(笑)
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