二人の休日

【二人の休日】

今日は平日。普通なら亮介を起こす時間。それは咲もわかっていたけれど、まだぬくもりの中にいる。



『明日、休みを取った!』



突然言い出した亮介。今日は咲の誕生日なのだ。出逢ってからなぜか誕生日には

楽しいことがない。最初の時には咲が倒れてしまい、それから2年は亮介が中国にいた。

やっと二人で過ごせる一日。


「何がしたい? 明日」

「……急なんだもの。何も考えてなかった」

「ごめん、もっと早くにと思っていたんだけど、ちょっと仕事が読めなくてさ」


わかっていた。そんな不満をちょっとぶつけてみたかったのだ。仙台に戻り、部長の席に

座っている彼が、どれほど忙しい日々を送っているのかは、側にいる自分が一番知っている。


「とりあえず明日は寝坊したい……」

「……」

「ダメ?」


亮介は笑いながら首を横に振った。咲の一つめの希望、それはまぶたがくっつくくらい

ゆっくり起きること。


……壁にかけられている時計を見る。

朝8時を回り、カーテンは朝の光ですでに熱を持っているようにも見えた。


亮介の腕枕から外れ、体を横に向ける。布団から肩を出そうとした瞬間、

亮介の右手がふわりと乗った。


「……」


姿勢を動かした手が乗ってきたのだと思った咲は、その手を自分の左手でゆっくりと外す。

そして脚を動かした時、同じように亮介の脚が咲の脚の動きを止めた。


「……」


亮介は起きている。そのことを確信した咲は、頭の下にあった腕を少しだけつねる。


「イテ……」

「もう、起きてるんでしょ?」


そう言って、ベッドから抜け出そうとした時、咲の体は亮介の体重で押しつぶされた。


「……ちょっと! ちょっとってば!」

「まぶたがくっつくくらいゆっくり起きるんじゃないの? 咲……」


耳元に息を吹きかけ笑っている亮介。咲が下でジタバタするのを楽しんでいる。


「まぶたがくっつく前に、潰されちゃう!」


咲の言葉に、亮介は体を元に戻す。咲は一回ベッドから出ようとしたが、

何かを思いだしたように体を亮介の方へ向けた。


「ねぇ、今日はなんの日だ!」

「……咲の誕生日……ちょう……」


咲は亮介の口を抑え、首を横に振る。いくつになったかは聞きたくないからだ。


「ダメ! 言わないで! 年令はいいの!」


亮介はわかったと頷いていた。咲は口を抑えていた手を外す。


「30歳おめでとう!」


文句を言おうとした咲の口元に指を置く。顔を近づけた亮介は指を外し、そのまま咲にキスをした。


「まだここにいれば?」

「一日が短くなっちゃうじゃない……。そろそろ起きないと……」

「……いいよ。こんなだらけた日があっても……」


そう言いながら、亮介は咲の胸元に手を入れていく。互いの唇が重なり、

咲が亮介の首に腕を回したその時、玄関を強く叩く音がした。


「咲ちゃん! 当番だよ、出てきてね!」

「……あ……はい!」


そうだった。今日は何ヶ月に1度の当番日。

マンションのゴミ置き場の掃除当番だったことを思い出す咲。


「当番?」

「そうだった……。隣の山根さんのおばあちゃんと一緒に……」

「……」

「ごめんね亮介さん……」

「せっかくプレゼントあげようと思ったのにな……」


亮介は、ベッドから抜け出し、着替えを出している咲を見つめている。


「プレゼントはあとでもらうわ。ねぇ、そろそろ起きてよ!」

「わかったよ……」


着替えを終えた咲は、軽く身支度を終え、当番に向かってしまった。


ゆっくりとベッドから抜け出し、コーヒーの準備を始める。咲が戻ってきたら希望を聞いてみよう。

亮介はそう考えていた。外出して一緒にプレゼントを買おう。

映画なのか、それともドライブなのか……。

そう考えていた時、携帯が鳴り出した。なんとなく嫌な予感がしながら、受話器をあげる。


「もしもし……エ?」


電話は仙台支店からだった。





「ごめんな、咲。休みだったのに……」

「何言ってるのよ。早く行かないと。みんなあなたの指示待ちなんでしょ」


昨日から夏休みのバスケット合宿に来ている大学生達に、食中毒らしき症状が出たと言うのだ。

もし、集団食中毒だとしたら、その後で組まれている団体客を、

その旅館に入れていくわけにはいかなくなる。振り替えが出来るのか、

それともキャンセルとなるのか、そして、現在は大丈夫な学生達が、

これから具合が悪くなることはないのだろうか。


「60人の中で5人だからな。可能性は大きいかもしれない」

「もし、食中毒だったとしたら大変よね。季節的にも危ない気もするし」

「あぁ……」


咲は両手でおにぎりを握りながら、そう答えている。


「ねぇ、一つだけでも食べていって。バタバタしていて食事なんて出来なくなるかもしれないし……」


亮介は申し訳なさそうに一度だけ頷いていた。


洗濯を干しにベランダへ出る。 咲のいつもの一日が始まった。のんびりしてしまったおかげで、

太陽はすでに高い位置にある。夏の日差しが咲を照らし、白いタオルが眩しく見える。


「さて……今日も頑張ろう……」


食器を洗い、掃除機を取り出した。





「深見だけど、それからどうだ?」

「今、学生達の病院を出たところです。榎本からの報告だと、他には腹痛の学生はいないようです」

「そうか……原因はわかったのか?」

「治療をして落ち着いたら、担任の先生が調べるようですけど……」


亮介の目の前には、明日からの予定表が置かれていた。夏休みに入り、団体客を振り分けるのは

難しい。バスケット合宿の後にも団体客が決まっている旅館。報道されて騒がしくなる前に、

手を打たないと。


「あとでもう一度連絡をくれ」

「はい……」


集団食中毒……そう疑いながら仕事を進めていた午後、結果はあっけなく知らされた。


「エ? 学生達の持ち込み?」

「はい。その5人は2部屋にわかれていて、どうも話しを聞いたら全員が昨日の夜に
こっそり持ち込んだものを食べていたらしいんです。お腹がすいたからだったのかも
知れないですけど……」


「そうか……。旅館の方も調べてみたけど、食中毒になりそうな雰囲気ではなかったから
おかしいなとは思ってたんだけど……」

「全く、一日振り回されました」


それはこっちのセリフだと亮介は言いたくなったが、ご苦労様……と社員に声をかけていた。


最悪の事態を考えながら、振り分けていた他の旅館やホテルに謝罪の電話を入れる。

そんな時間を過ごしていると、時計はあっという間に21時を回っていた。


「もしもし……咲?」

「あ、どうだった?」

「うん、学生の人騒がせで済んだよ。悪かったな、予定が変わっちゃって」

「よかった……たいしたことにならなくて……」


同じ旅行会社に勤めていた咲。亮介がどんなふうに一日を過ごしていたのかがわかるだけに、

心配も当然のことだった。


「なぁ、食事は済ませた?」

「ごめん、済ませちゃった。亮介さんまだじゃないの? 戻って食べる?」

「……あるの?」

「あるわよ……」


社員達を退社させ、家に戻る。夕食を済ませ一息ついた時には、23時を過ぎていた。





「結局、何も出来なかったな……」

「仕方ないわよ……」


咲は寝室のドアをパタン……と閉めると、先に横になっていた亮介の隣にスッと入っていく。


「プレゼントもさ、一緒に買いに行こうと思っていたから準備もしてなかったし。
帰りにせめて花でもと思って店を探したけど……ダメだった……ごめんな、咲」


咲は横で首を振り笑っている。


「2年も離れていたからなのかな……。私ね、亮介さんがこうしてそばにいてくれることが
すごく贅沢な気がするの」

「……」

「それに、誕生日ももう嬉しくなくなってきた……。だって、……歳だし」


年令の部分を誤魔化すように言う咲。亮介は自分の左腕を咲の頭の下に入れる。


「そんなふうに言うなよ。咲は変わってないんだから……」

「……それって進歩してないってこと?」


その咲の問いに、無言で首を振り否定する。


「違うよ。俺にとっては、昔も今も変わらないってこと……」

「……エ?」

「西支店の時もさ、仕事終えて直帰すればいいのに、わざわざ支店へ戻っていた」

「どういうこと?」

「咲の顔を見てから帰ろうって……そう思ってた」


自分を見つめる咲と目が合った。偶然のように知り合ってから、もうじき4年になる。


「ウソ……」

「本当だよ。いつのまにかそう思うようになっていた。中国にいる時だって、この仕事が終われば、
君が待っている……ずっとそう思っていたんだから……」

「……」

「今も昔も、君が待っている……。そう思うことが俺の支えなんだ」


咲は嬉しそうに亮介の胸に顔を埋めていた。恥ずかしいからなのか、顔をあげないまま話しを続ける。


「そんな話し聞いたことなかったな……。すごく嬉しいけど……」

「照れくさいだろ。あらためて言うなんて。今日は特別だからね」


腕枕にしていた手で、咲を引き寄せる。


「ねぇ……」

「ん?」

「365日、こんなふうに過ごせたらいいな……私……」


咲は顔をあげ、亮介を見る。


「365日、会社に呼びだされたくないけどな……」


咲の気持ちを知ったうえで、あえてそうふざけてみる。


「もう! そういう意味じゃないってば!」


ちょっと拗ねたような表情の咲。亮介は体を横に向け、咲の顔を自分の方へ向ける。


「咲……日付変わっちゃうよ」

「ん?」

「今朝、プレゼントはあとでって約束しただろ……」


咲は亮介の首に腕を回し、さらに顔を近づける。


「誰へのプレゼントなんだか……」

「……」


二人は見つめ合い、ゆっくりと互いの唇の感触を、楽しむようにキスをする。

亮介の手が咲に触れていき、吐息が聞こえ始める。

素敵なことはなかったけれど、少しだけ残った誕生日を、ゆっくり味わう二人だった。





やっぱり深見だよね……

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