15 最後の旅

15 最後の旅



『少ない予算で悪いね、国定さん。忙しいのに面倒なことをお願いしてしまって……』


いつもお世話になってきた『淡路サイクリング』の奥さん。

ご親戚の旅行の手伝いを頼まれ、受話器を置いた横には、手書きのメモが残る。

申し訳ないが、優雅にあちこちをまわれる金額ではない。

でも……



『最後の旅』



治らない病を背負ったご主人が、長年連れ添った奥さんとの最後の旅。

そう思うと、少ない予算だからといって、決められたものをチョイスだけするような、

お気楽なことは出来ない。

かといって、何もかも選びなおしていたら、予算がとても合わなくなる。

12月、冬休みシーズンの始まる少し前、指定された日付はそこだった。



その日は、色々な仕事をしながらも、

ずっと『淡路サイクリング』のことが頭から離れなかった。

普段起きている出来事が、これで最後だなんて思って行動することはないだろうが、

それをわかっている人たちだからこそ、確かな思いを残したいだろう。

次がない以上、本当にいい旅行をさせてあげたい。


「本物かぁ……」




『本当の美』




以前、化粧品売り場の女性に言われたことを思い出した。

化粧をしただけで、『本当の美』を得られるわけではなく、

化粧をしたことで得られる満足感や喜びが表情に出れば、

顔を下に向けず、前へ向けることが出来る。

そうそう、難題にぶつかったからといって、下なんて向いていたら、

『本当の幸せ』だって見つからないだろう。

上っ面で整えようとした桃子との失敗を踏まえて、これはやはり……


「これ、ください」

「あ……先日の」

「はい」


男性用の基礎化粧品、こんなものでも、今の俺にはすがりたいものだった。

なんでもいい、永原がどうのこうのじゃなくて、

俺自身が前向きになり、日々を過ごすこと。

そうすればきっと、『本当の幸せ』への答えも、見えてくるはず。


買ってきた化粧品、風呂上りにつけろと書いてあったので、

説明どおりに手に取り体につけてみた。



まぁ……嫌な香りではないかな。



『戦闘開始』と自分に言い聞かせ、その日は早めに布団を被った。





しかし、気合だけ入っても、現実はなかなかついてこない。

『最後の旅』、思い出に残るようなものにしたいけれど、予算が予算だし……

それから毎日、仕事をしながら取り組んでみたが、

あの新しい化粧品を身につけてみても、これというアイデアがまとまらない。

悩んでいるだけで、10日間も過ぎてしまった。

このままダラダラしていたら、どこのホテルも予約が取れなくなる。


「宏登!」

「おはよう、どうした」

「なぁ、お前、あさって飲みに行かないか」

「なんだよ、またコンパか」


会社への道を歩いていると、同僚の剛が背中を叩いた。

飲み会への誘いがあり、思い切り発散できるかと少し心は動いたが、

今はそれどころじゃない。


「悪い、今はちょっとムリ」

「なんだよ連れないなぁ……。お前のところの新人が来ることになったって言うから、
お前も呼ぼうと思ったのにさ」

「新人?」

「あぁ、永原さんだよ、お前が一緒に事故に遭った」


永原が飲み会?

ノドから色々なものが飛び出るのではないかと思うくらい、驚いた。

あいつがそんな会に参加するなんて、何かがあるとしか思えない。


「第2営業部の神田が誘ったらしいぞ。本社で一緒に研修したって」

「へぇ……」


永原がどんな気持ちで参加を決めたのか、会に出て確かめてみたいとも思ったが、

やはり『淡路サイクリング』の件が片付かなければ、どうも乗り気になれそうもないし。


「ごめん、今回はやめておくよ。大事な仕事がまとまらなくてさ」


結局、誘いを断るだけしか出来なかった。





「はい、国定さん。書類、コピー機のところに忘れていましたよ」

「あ……ごめん」


営業部に入ると、さっそく永原から指摘をされた。

お客様の大事な個人情報なのに、誰かに持ち出されたらどうなるのかと、

小姑のように嫌味を言う。


「あぁもう、わかったよ。反省します」

「それなら、数字の計算ミスも、しっかり反省してくださいね」

「数字のミス?」


そう言われて自分でやっと書き上げた『企画』を見た。

どこにそんなミスがある? 適当に言いやがって。


「どこがミスだよ」

「総予算からしたら、この組み方にはまだまだロスがあります」

「ロス?」


永原はそう言うと、俺が残した書類を勝手にコピーして、

その上に赤字であれこれ書き始めた。迷っているホテルの片方を使うことによって、

提携しているタクシー会社を格安で利用することが可能だと言う。

観光の回り方にも、もう一つ工夫を凝らし、

連泊することで、さらに料金設定を下げることが出来た。


「いや、待て。このお客様は洋室希望なんだ。ここは和室のみだろうが……」

「このホテルには別館があります。来年から改修に入りますが、
日程的に、滑り込みセーフなはずですよ」

「ん?」


そういえば、確かにそうだった。

ツアー客などの団体受付は、12月もカットしてほしいと言われていたが、

個人客までもカットは、聞いていない。


「甘いですね、国定さん。まだ裏切り女のことでも考えていたんですか?」

「……うるさいなぁ、永原。何勝ち誇ったような顔をしているんだよ」

「お客様のために考えただけです。勝ち誇ってなんていませんから」


永原は自分で訂正を入れた紙を、俺の目の前に置き、カウンターの方を向いた。

ようはこっちに嫌味を言いたかっただけじゃないか。


あ、そうだった、聞きたいことがある。


「おい、お前あさって、第2の連中と飲み会に行くのか」


振り返った永原は、余計なお世話だというような顔をする。

はいはい、確かに余計なお世話ですよ。


「坂戸さんは、国定さんの同期で友達だそうですね」

「はい、そうですよ、それが何か」

「最初はお断りしましたけど、色々な人間が話すことを聞くのも、
勉強になるよと誘い直してくれました」

「はぁ……」


剛の言いそうなことだ。

優しく諭すようなセリフで、何度もコンパから『恋』に発展させたっけ。



「……だから信用できる人かもしれないと、そう思えたので」



永原はそう言うと、扉を開けた男性客に、いらっしゃいませ……と明るい声をかけた。



『信用できる人』

剛かぁ……確かにあいつは、軽そうだけれど、実はしっかりしているし、

永原の言うとおり、信用できるやつなんだろうけれど。

何か悪いことが起きたわけでもないのに、なんだかもやっとするのは、

俺の『雲の上』行きが、近付いているってことなんだろうか……

カウンターで明るく接客する永原を見ながら、自分だけが取り残されたような、

そんな気持ちになった。





約束の日が来るまで、あと……67日


16 本部長の手品

半年後の『リミット』、宏登が ↓ マークのような幽霊にならないように……(笑)
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